朝日。人間やめるってよ
「そりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!」
「…!…っ………くっ……」
少しずつ私の動きがナナシさんを上回り始めた。
しかしまだこのスピードに頭が慣れていないのか、反応が遅れてしまうことがある。
それさえ慣れてしまえば…この勝負もらった!
「…あなた…何者なの…こんなに強いなんておかしい…」
「ただのJKだよ」
「こんな女子高生が…いるわけない…」
JKのことを女子高生と言い直せるってことは…やっぱり日本人説が濃厚になってきた。
「ナナシさんはいつからこの世界にいるの?」
「…そんな昔のこと…覚えてない」
「そっか。…王都を壊したのはどうして?」
「そうしないといけなかったから。人が絶滅すれば…私の存在も…」
「??」
ナナシさんの言いたいことがわからない。
どうして人類を絶滅させる必要があるのだろう?
考えられるのは…ナナシさんの一際目立つスキル【無限転生】と関係しているのだろうか?他のスキルは見覚えのあるスキルが多いけど、これだけは異質だ。
もし転生先がこの世界の赤ちゃんだとしたら…人が繁殖する限りナナシさんは転生し続ける。そんなスキルなのかもしれない。それだとナナシさんの現状と一致する。
ならこのスキルをなんとかすればいいのかな?
私は一旦攻撃を止めてナナシさんから離れる。
「…?」
「【選定】…ナナシさんのスキル【無限転生】の排除!」
イルキさんのスキル編成を見て取得したスキル【選定】。イルキさんはワイン造りの工程で種やらを排除するためにこのスキルを使っていたけど…スキルにも応用できるかもしれない?
「………」
「………」
しーーーーーん。
あ、あれ?失敗?
ぴかーんと光るわけでもなく、「ハイジョニセイコウシマシタ」とか機械音声が流れるわけでもなく、何の音沙汰もない。鑑定で調べても【無限転生】は残ったままだ。
「…何かしようとしたようだけど。無駄。私も何百年もかけて消そうとしたけど消えることはなかった」
「そんな簡単にはいかないかー」
案外いけると思ったんだけどな。
それじゃあ私にできることはない。ロキを呼んでみるくらいか。それは戦いが終わってからでもいいかな。
「それじゃ、再開しますか」
「…」
ナナシさんが無言で構えを取る。
構えてくれるだけいい関係になったのかな?
また接近戦をしようとしたところで、突然目の前に火の玉が出現した。
反射で何とか躱せたけど…ナナシさん突然!
予備動作もなく、声も発することなくいきなり魔法が発動した。
そんなこともできるんだ!魔法は掛け声必須だと思ってたよ!
新しい発見に思わず笑みがこぼれる。
自分で試してみよう。心の中でファイヤを唱える。
すると魔法が発動する。
お。できた!
「…妬ましい」
「え?」
「…」
「急に魔法を向けないで!」
そこからは魔法戦となった。
はたから見ると2人とも突っ立ったままで魔法だけが出現し続ける現実感のない光景になっていることだろう。
この無詠唱魔法の利点は後出しであってもほぼノータイムで同時に魔法が発動できるところだね。
むしろ後出しのほうが有利かもしれない。
ナナシさんが火魔法を発動させてくるのなら私は水魔法を即座に発動させればいいし、水魔法なら風魔法で対抗すればいい。
ようは後出しで弱点魔法を出せば打ち負けないのだ。
ナナシさんもそれは早々に悟ったのか魔法戦はほんの数分で幕を閉じた。
それからはまた近距離戦に戻ったけど、もはや私が負けることはなかった。全てのステータスで上回り、ナナシさんの手の内をすべて完封しそして…
「…あ…」
「私の勝ちだね」
足払いでナナシさんを転ばせてモーニングスターを突きつける。
戦いは私の勝利で終わった。
ーーーーー
速さも、力も、防御力も、魔法でも、全てにおいて圧倒され私は負けた。
数千年も生きてきて、それでも数十年しか生きていないであろう少女一人にも勝てないのだ。改めて自分の無能さに吐き気がする。
「…殺して」
「…」
次転生したら、誰とも会わずにひっそり過ごしてひっそり死のう。人類を絶滅させるなんて私には不可能な絵空事だったんだ。
そう考えながら死を待っていたけれど、一向に目の前の少女は私を攻撃しようとしない。じっと私を見ている。
そして、ついに少女が動き出した。少女が私の服を掴む。
「【クリーン】」
「…?」
その少女は私を殺そうとはせず…
私の赤く染まった服を綺麗な元の白色に戻しただけだった。
意味が分からない。
「…何をしてるの?」
「服に血がついていたでしょ?気になってしょうがなかったんだー」
いや、そういうことを聞いているんじゃない…
「ナナシさんはさ。これからどうするの?」
これから?見逃されたらってこと?
「また人間を殺そうとしても…あなたが止めるんでしょ?」
「そうだねー。それ以外で」
「…だったら…私はもう何をしていいのかわからない…どうやって生きていけばいいのかもわからない…」
「…」
「もう私には生きていく気力もない…」
「だったらさ。私たちと一緒に暮らさない?」
「…は?」
「ナナシさんを一度笑わせてみたいんだよね。どうかな?」
…この子が言っていることが理解できない。
あまりに突拍子もない発言に思考が停止していると、少女…朝日だったか…の仲間が駆け寄ってくる。
「ちょっと朝日!?今なんて言ったのかしら?」
「ん?ナナシさんと一緒に暮らしてみたいなーって…だめ?」
「いやいやいや…そいつは…王都を破壊したんだぞ?重罪人だ。…人も殺している。そんな奴を許せるのか?」
そうだ。私は何人も何人も人を殺している。
「確かにそれは簡単に許しちゃいけないことだよ」
「そうだろう」
「だからって、簡単に死刑にしたって意味ないよ。ナナシさんはたぶん…死んでも別の場所で生き返っちゃうんだよね?」
「…そうよ」
「だったら、別のことで罪を償ってもらわないといけないよね?」
「…そうだな」
「だったら、私たちで王都を再建しようよ!それで、たくさんの人を今度は救う!これだけだったらまだ甘いかもしれないけど、当面の罪滅ぼしにはいいんじゃないかな?」
「え?私たちも再建の手伝いをするってこと~!?」
「楽しそうじゃない?」
「「「「「「…」」」」」」
全員が朝日を白い目で見ている。
それはそうだろう。私もこの人が何を言っているのかわからない。
「それとさ。ナナシさん」
「…なに?」
「その無限転生をもっとポジティブに考えればいいんじゃないかな?」
「…はぁ」
「そのスキルは裏を返せば、ずっとこの世界を満喫できるってことだよね?それってとっても素敵なスキルじゃない?」
「…」
その発言だけは許容できない。
こいつは…何も知らないからそんなふざけたことが言えるんだ。
「…ふざけないで」
「?」
「あなたにこのスキルの何がわかるっていうの!?何年も…何百年も…何千年も…!たくさん死んで、たくさん苦しい思いをして!でも生き続けなくちゃいけなくて…!………あなたにそんなことを言う資格はない。次同じようなことを言ったら許さない。あなたなんかにこの苦しさは理解できない」
「…」
能天気にも程がある。この人とは永遠に理解し合えないだろう。
そう思いつつ睨み付けると、朝日は更に理解不能な行動に出る。
「…よし!わかった!ロキー!!出てきてーー!観てるんでしょー!」
突然上を向き、神様を呼ぼうとする朝日。
無駄よ。私がどれだけ願っても来てくれることはなかったんだから。
でも神様はあり得ないことに朝日の要望を聞きつけてきた。
『…ボクはこれでも神様なのだけれど?あんまり気安く呼ばないでくれるかな?』
「しばらくはもう呼ばないから!許して!」
『…はぁ。まったく。それで?ボクに何の用だい?ちなみに無限転生のスキルは消してあげないよ』
ロキ様がにやにやしながら問いかける。
そういえば…ロキ様と朝日は容姿が似ている…ロキ様のご尊顔を拝見したのは何千年も前のことで忘れてしまっていたけれども。
「違いますー!私にも【無限転生】ちょうだい」
『…正気かい?』
「ちょっとこら!朝日!!考え直しなさい!何を言っているのか分かっているの!?」
「もちろんだよ。夕陽も一緒に受け取ろうよ」
「はぁ?…無理よ。私は常識人だもの。そんなもの受け取ったら碌なことにならないに決まっているわ」
「ええー」
頭が真っ白になる。胸が締め付けられる。
この朝日という人間は…どれだけ私の心をかき乱したら気が済むんだろうか?
『彼女を見てもらえれば一目瞭然だけど…かなりの高確率で心を保てなくなるよ』
「悪いことは言わない。それだけはやめたほうがいい」
この人は完全に甘く見ている。
「私のように永遠に生き続けなくてはならなくなる」
「ずっとこの世界を満喫できるってことだよね?それって最高じゃないの?」
屈託のない笑顔で返してくる朝日。
く…狂ってる…頭おかしいよこの子…
ロキ様は笑っているけどそれ以外は完全に引いてる。
「それにもしやりたいこと全部をこの世界でやり切っちゃったらさ、別の世界に行けばいいんだよ!」
「はぁ?」
「地球とアルズワルド以外にも住めるところはあるよね?ロキ」
『…そりゃ無数にあるよ。ボクが創った世界もあと何個かあるし』
「ほらね?いろんな世界を見て回るのも楽しそうじゃない?永遠なんてあっという間だよー!」
「…例え別の世界があったとしても、そこに行く方法がないじゃない」
「そこはほら!時間は無限にあるんだから開発すればいいんじゃないかなぁ。あ!いっそ神様を目指すとか!?どう?」
名案!とばかりに手を打つ朝日。
もうこの子は手が付けられない…
『神様を目指すなら、そこにいる二神から修業を受ければいいんじゃないかな?』
「へ?芽衣と葵?」
「え?葵ちゃん…人間…だよね?」
「芽衣こそ」
『あは。お互い気付いてなかったの!?間抜けだなぁ。そりゃステータスも個体もお互い偽装してはいるけどさぁ。普通気付くよね?バカなの?神なのに?』
「し、知らなかったよ~」
「わんだほー」
「ちょっ…と待ちなさい…芽衣と葵が神様?それで朝日は不老不死になって?つまり私だけ先に死んじゃうってこと?………いやいや落ち着きなさい私。早計に考えちゃだめよ…よく考えなさい…ぶつぶつ…」
「えーー!葵と芽衣が神様って本当なの!?」
「ん」
「うん。そうだよ~。あのロキとそっくりな朝日ちゃんを観察するために日本で過ごしてたんだよ~」
「同じく」
「ほえー。もしかして夕陽も?」
「私は人間よ!」
「だよねー。それで…神様ってなろうと思ってなれるものなの?」
「そうだね~。人間から神になったものは何人かいるよ~。私から見て…朝日ちゃんも十分素質あると思うけど~」
「ん」
「そうなんだ!神様目指したいね!せっかく長生きするならさ!」
『…なるほど。そういうことか』
「ん?ロキなんか言った?」
『いや?なんでも。それで、本当にスキルを与えていいのかな?』
「どんとこい」
「やめ…」
『ほい』
「え?もう?…あ。ほんとに追加されてる」
「そんな…」
ありえない…ありえないありえないありえない…本当にもらっちゃった…
私と同じスキルを手に入れてしまった朝日が私に手を差し出してくる。
「さて。これで運命共同体だね!ナナシさん!」
「…」
「改めて誘うけど…行くとこないならうちに来なよ」
「…もう好きにして」
暫く何も考えられない…
こうして私はなし崩し的に朝日の家でお節介になることに決まった。
次話、最終回予定です。




