にやつきながら鉄球の付いた武器で殴りかかってくる女がいるらしい
「ほや!そりゃ!たりゃ!」
「…」
私とナナシさんが向かい合って戦い始めてから数分が経過した。
まだまだ私のほうが弱いけど、味方の絶妙なフォローのおかげでギリギリ戦線は保つことが出来ていた。
例えばモーニングスターが壊れたら瞬時に夕陽が【武器生成】で新品の武器を手元に創り出してくれる。手品魔法でも直せるけど、スカーフで隠して…なんて悠長なことをやっている余裕がないから助かる。
私が完全に避けられない攻撃は、葵の空間魔法【穴】でまったく別の場所に攻撃をずらしてくれるため致命傷は避けられている。
そしてナナシさんが動きづらいように、ナナシさんの足元や手元に芽衣が四角い結界を置いてくれる。すぐに壊されるけど、動きがワンテンポ遅れるため何度か助けられた。
そんな私たちの完璧な連携を見て、愛娘たちも思うところがあったようだ。
「凄いね!ママたち」
「ん。でも私たちにもやれることはある。そうでしょう?」
「そうだね。メアちゃん!…朝日ママの分身を創るよ。【創造魔法】!」
「私も…【幻惑魔法】」
「おお!ナイス!ユア!メアちゃん!」
私の周りに私そっくりの分身が次々と創り出される。鑑定で調べると驚くことに私と全く同じステータスを持っている。何体かはステータスがないからメアちゃんの魔法だと思う。
しかも私の動きに合わせて動いてくれるので連携が取れる。
ナナシさんは流石に面倒なのか、全員は相手にしないで1人ずつ消す作戦のようだ。他の攻撃は無視している。
「やるわね。ユア。メアちゃんも」
「えへへ」
「できることはしたいから」
「いい子に育ったよね~」
「くっそぉ。俺も何かしたいけど…サポート系の魔法がないんだよなぁ」
「フェル君。応援するだけでも力になるんだよ~」
「そうか?がんばれ!ねえちゃん!」
「頑張って!おねえちゃーん!」
フェル君とリルちゃんの応援が聞こえてくる。
ありがとー!返事する余裕は無いけど!
「【武器生成】【武器生成】【武器生成】【武器生成】【武器生成】…ああもう!朝日が増えたから追いつかないわ!朝日!地面にばらまくから適当に取りつつ戦ってちょうだい!」
「おっけー!」
次々と地面にモーニングスターが出現する。躓いてゲームオーバーなんてダサいことはしたくないので変身魔法で翼を生やし、少し飛びつつ戦う。
でも飛んでいると拾いに行く手間が発生する。
さてどうしたものかと考えていると…すぐに葵が適応してくれたのか、武器が壊れたはしから空間魔法で手元まで持ってきてくれる。
「葵サイコー!」
「ん」
「空も飛べるのか…先生のライバルなだけはある」
「器用なものだ」
ルコアさんと「天使の羽」という魔具を開発した際に実験で空中戦を体験していてよかった…意外に制御が難しいんだよね。
私の分身も空を飛んだり、武器を拾う係がいたり、臨機応変に対応している。
それから更に時間が経過し、調子が上がってきたのか徐々にナナシさんの攻撃をより正確に捉えられるようになってきた。カウンターも狙えるくらいよく見える。
だが、ナナシさんも本気になってきたのかだんだん速く、強くなっていく。
「かれこれ10分近く戦っていますが…朝日はあそこまでなぜ動けるのでしょうか?正直ステータスと動きが合っていません。考えられるのはオリジナルスキルですが…この模倣超越というスキルでしょうか?」
「ママは模倣超越のスキルを持っているんですか!?ルコアさん!」
「ええ。鑑定ではそう出ていますけど…知っているのですか?ユア」
「はい!キイロ先輩…ロキって神様が同じスキルを使っていました!」
「神様の使用していたスキルですか。能力は?」
「相手のステータス、魔法を模倣して、それを上回るスキルです」
「…強すぎますね」
「はい。もしママがそのスキルを使っているのなら…もしかしたら、勝てるかもしれません」
そう。私はユアとロキの戦闘の話を聞いた時からこのスキルの凄さに内心驚いていた。
なんとなーくで昔に取ったスキルがそこまで壊れ性能だったとは…
今までは自分より高いステータスを持つ相手とガチンコで戦ったことが無かったからスキルの能力がわからなかったのだけど、今回の戦いでは役に立つと考えていた。
だから私が正面切って戦う提案をしてみたんだけど…
このスキルは徐々に模倣していく能力のようで、強くなるには時間がかかるらしい。
おかげでかなり肝を冷やす場面が何度もあったけど…心強い味方のおかげでナナシさんを本気にさせるまでには拮抗できるようになってきた。
勝負はここからだよ!ナナシさん!
ーーーーーーーー
初めは障害物にしか見えなかった。
ふらふら歩いていたら突然何人かの人間が襲ってきたので、力任せに追い払おうとした。
でもどんどん数が増えてきて、非常に鬱陶しくなってきた。
一度本気で壊そうとして、実際もう全滅できると思ったところでまたたくさん増えて振出しに戻ってしまった。
いや。振り出しどころの話ではない。
なんだろう。このがむしゃらに向かってくる人間は?
倒そうとしてもなかなか倒せないし、数は増えるし、どんどん強くなっていくし。本当に人間なんだろうか?
私が本気で戦って倒せない人間なんてもはやこの世界に存在しないと思っていたのに。
そして私は久しぶりに。本当に久しぶりにまじまじと他人の顔を見ることにした。目の前の鉄球がついている武器で殴りつけてくる女性を。
目の前の女性はあろうことか笑っていた。笑いながら私と戦っていたのだ。
もっと違う顔を想像していたから驚いて、思わずその顔を覚えてしまった。
その女性はまるで楽しむように。心の底から笑っているように見える。
久しぶりに認識したその女性の笑顔を見て…私は妬ましくて、憎らしくて、イライラして、鬱陶しくて…でも羨ましくて。
私は無意識に話しかけてしまった。
ーーーーーーーー
戦いが加速するにつれて、さすがのナナシさんも私を無視できなくなったのか私を注視するようになってきた。
それがとっても嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。
おっと。戦闘中だよ!私!
でもやっとナナシさんが私を意識してくれたのだ。誰だって無視されていた人から注目されたら嬉しいでしょ?
それがモチベーションになり、より戦闘に集中できていることも事実。なら笑顔のまま戦おう。
そして私の戦闘能力がようやくナナシさんに追いつき始めた時、あのナナシさんが話しかけてきてくれた。私の目を見ながら。
「…どうして笑っているの」
「だんだんナナシさんが私を意識し始めてくれるから?かな」
「…気持ち悪い。笑わないで」
「自然と笑っちゃうんだよ!それに私、真顔で戦ったことないし」
「…変な人」
「朝日だよ。私の名前」
「…朝日…いや…聞いてない」
「ナナシさんの元の名前は?それともずっとナナシさん?」
「…そんなもの、覚えていない」
話しながらも攻防は止まらない。
「もう速すぎて2人が何をしているのか見えないぜ!すげえな!」
「私の創造魔法で創った朝日ママも、ついていけなくて遠巻きに見ているだけだよー!」
「同じく」
「やることない」
「だね~」
「朝日は大丈夫なのでしょうか?妻の夕陽から見てどうですか?」
「そうですね。大丈夫でしょう。今もきっと…笑ってますよ。朝日は。見えなくてもわかります」
もう味方の声は聞こえない。ナナシさんに集中しないと刹那の間に勝負が決まってしまうから。ただナナシさんのことだけを考えて動く。きっとナナシさんも同じはず。
勝負は確実に終わりへと近づいていた。




