そして彼女は歩きだす
嫌なことを忘れるために私は日々魔物を狩り続けることにした。
死んでも転生し、動ける年齢になると街を出て魔物を狩る。レベルはぐんぐん上がる。狩りの効率は上がっていく。
そうしていくうちに街の近くの魔物が減り、魔物以外の種族の生活圏は広がっていった。
私がよくリスポーンする街を中心に各種族の数は増え、その街はいつの間にか王都と呼ばれるようになっていった。
同時期に各地方で魔王が誕生し、魔物が跋扈する時代は幕を閉じた。
魔王の制御のおかげで強大な魔物が突然村や町を襲うことは減り、集落の近くまで来る魔物は知能が低い魔物に限られつつあった。
人口は爆発的に数を増やし、5つの大きな街が生まれるまでになった。
私ははいつの間にか勇者の称号を得ていたが、特段興味もなかっから放置した。
「ナナシ様。お食事をお持ちしました」
「…あぁ」
「失礼します」
「…」
私は王城で暮らしていた。
生まれたらいつの間にか王城で育てられるので自分の家のようになっていた。
ナナシはそのころは知らなかったが、王都ではこんなお触書が回っていた。
【戦神が亡くなる時、同時に生まれた命に戦神は宿られる。王都を守護してきた戦神様を見つけた場合直ちに王城に預けるべし。戦神様は決して泣かず、知性の輝きを放っているため発見は容易である。戦神様を生んだ家庭には莫大な富を与えよう】
ナナシは初代王が存命の時から存在し、何世代も王が変わる中、常に王城で暮らしていた。
姿形は違うが。
王家は自分たち以上の存在としてナナシを扱い、しかし行動は絶対に制限しなかった。
だからナナシも特に何も言わずに王城で生活をしていた。
「…今日は何しよう」
最近は魔物の数が減り、王都の周囲の魔物は冒険者だけで事足りるので王城の外を出ることも少なくなってきた。
レベルも上がりきり、生きる目標が無い。
しかし生き続けなければいけない。
ただ漫然と生きることにも飽きたので、仕方なくこの世界についての知識を一通り学ぶことにした。
スキルのことやこの世界の常識などを知ることで、もしかしたらこの無限転生を解除できるかもしれないという期待もあった。
一番確実な方法はロキ様に解除してもらうことだとは思うが、あのレベル100を超えた時に一度会って以来音沙汰がなくなってしまったので、自分で何とかするしかない。
「まず本を読む環境を整えないと」
とりあえず城にいた一番偉そうな年寄りに世界中の本を集められるか尋ねた。
老人は嬉々として毎日様々な手段を駆使して王城に本を集めてくれた。
「…ありがとう」
「いえいえ。何かございましたらいつでも申し付けてください」
大量の書物を受け取ってからしばらくの人生を本とともに生きた。
「ん?」
何度か転生を繰り返して世界中の本を一通り読んだ。
そしてふと…周りを見渡して近くにいた人を見た時、不思議な感覚に囚われた。
人の区別が出来なくなっていた。
3人ほど視界に人がいるのだが…全員同じに見える。
あれだろうか…動物の区別がつかない…みたいな?
「…ま。いいか。鑑定すれば名前出るし」
いまさら人と関わろうなんて考えは持ち合わせていない。
それからも私は残りの書物を読み耽った。
「元気な赤ちゃんが生まれましたよ!」
「おお!…おいおい!これ!戦神様じゃないか!?」
「か、かもしれないわね…ど、どうしましょう…!私たち大金持ちになれるわ!」
「(はぁ…やっぱりだめか)」
書物は全て読み、スキルの研究もし、多種多様な死に方を試してみてわかったことは…この無限ループは抜け出せないということだった。
でも一つだけ試していない方法がある。それはアルズワルドから人間がいなくなれば或いは…というものだった。
しかしさすがにそこまでは踏ん切りがつかず…消極的に生きていくしか私にはなかった。
そしていつものように王城で育ち、いつものように無気力に過ごす。
だがその日常も終わりを迎える。
最上級のベッドで寝ていると寝室にわらわらと人間が集まってきた。
「…なに?」
「これはこれは戦神様…夜分遅くに申し訳ありません」
話し始めたのはその群れで一番偉そうな人間だった。
得意げにそれは話し続ける。
「突然で申し訳ないのですが、戦神様にはこれより牢で暮らしていただきたく思います」
「なぜ?」
「もうあなたは必要ないからです」
勝手に私の世話をして、勝手に必要ないと言われて私はなんと答えればいいのだろう?
ただ、出ていくのは別に構わないが牢屋は都合が悪い。実験ができなくなる。
「それは困る」
「ええ。ええ。わかりますよ。今まで何不自由なく過ごされてきたあなた様にはつらいでしょうが…いい加減目障りなんですよ」
それまで上機嫌に話していたのに急に態度が変わる人間。
「戦神だが何だか知りませんが、何もしないでただ生きているだけ。それなのにお前がいるだけで国の財政は圧迫されるばかり…あなたはこの国にとっての蛆です。害悪でしかありません。生きている意味ないですよ。でも今あなたを殺してもどうせどこかで生き返り、あなたを生んだ民に褒賞を与えなければいけない。まったく忌々しい…だからせめて牢屋で死なない程度に飼育してあげますよ。…もう一度言いますが、あなたはこの国にとっての害でしかありません。せめて私の見えないところで地べたに這い蹲っていてください」
「…」
その人間の言葉を聞いて笑う人間、じっと私を見る人間。様々だったが…
それを見て遥か昔の過去が呼び起こされた。
どの言動だったのか…どの態度がキーになったのかはわからないが、頭の中で山根しずかだった頃の記憶が蘇る。
その忌々しい記憶に耐え切れず頭痛で突然頭を抱えた私を気味の悪いモノでも見るように、人間の長が私を牢に連れて行くよう指示を出す。
「…触らないで」
「命令ですので」
「…やめて」
私は私の腕を掴もうとした2人の兵士を強引に振り払い…ただの肉塊にした。
もう何か…すべてがどうでもよくなっていた。
「なっ…!反逆するのか…!お前の面倒を見てきた王家に…!許せん!今すぐ殺せ!」
数人の兵士が私に向かって槍で刺してくるが、傷1つ付かない。
剣でも、魔法でも。私がその場で何もしなくても兵士の攻撃は次第に収まる。
「ば…化け物…」
「…ファイヤ」
「ただのファイヤで…っ!?」
私の手のひらには天井に届く大きさの火の玉が浮かんでいる。
みるみる寝室の温度は上昇し、人間の長は悲鳴を上げる。
「やめろ!こんなことをしていいと思っているのか!おい!誰か止めろ!」
「もう黙って」
人間どもの中心に火の玉を投げ入れる。
悲鳴は一瞬ですぐにその場から命が消えた。
同時に火は城に回り、私が火をまき散らしながら城を徘徊したこともあり、あっという間に城は焼け落ちた。
「あー…やっちゃった」
ついに大量に人を殺してしまった。
でも不思議と何も感じない。
その勢いに任せて王都もすべて壊した。
あんなに葛藤していたのがバカみたいだ。
でもこれで終わったわけじゃない。まだたくさん人はいる。
「…とりあえず歩こう」
他に4つの大きな街があるから順番に回らないといけない。
こうして私の新しい目標が決まった。




