殺人症候群とは 2
博士の衝撃的な言葉に、悠は言葉を失った。しかし疑問が出てきて、何とか震えそうになる声を抑えて、通常の声を出す。
「・・・その、なんでそれが虚の犯行だってわかったんですか?」
確かに殺人症候群感染者はそういうことをする。しかし、それが虚の犯行だとどうしてわかったのか。
「虚は自分の行動をカメラで撮っていたんだ。悪趣味だよ・・・その映像を刹が虚と出会った時に、自分の身を守る為に盗ってきていたんだ」
「・・・刹が多くの人を見捨てたっていう・・・」
「そう、それでわかった。だからこそ、”守る”本質の刹を処分することなんてできなかった。政府は虚に対抗できる術をなくしてしまうから」
真っ赤に染まったビルの一室の真ん中でたたずむ真っ赤に染まった男。
ドアを開け、警官がその男を認識したとき、男、虚はすでに警官の首に手を伸ばしていた。
首が握りつぶされ、警官が倒れる。虚はその体を踏みつけ笑いながら部屋を出ていった。
博士の頭の中に、虚が撮った映像が浮かぶ。地獄絵図なんてレベルのものではない。
意識のあるまま腹を開かれる男、つま先がつくかつかないかぐらいでぶら下げられた女、密封された小さな透明な箱に閉じ込められた子供、ゆっくりとつぶされる青年、大きな水槽に入れられ、徐々に増していく水かさに怯える大勢の人。
「毒を以て毒を制す。刹は、自分の身を守る為に政府の下にいるんだ。さすがに、国家の武力じゃ勝てないことがわかってるから」
「なるほど・・・お互いの利益が一致した結果なんですね」
「そう。虚は奪った本質を進化させて、一般人相手に試そうとする科学者気質、しかも快楽主義者、しかも頭もそれなりに回る。最悪なんだ」
頭を抱える博士に、悠も頭を抱えたくなった。聞けば聞くほど虚という人物はやばいということがよくわかる。
「刹の本質が虚に奪われれば、大参事だ。あいつの唯一の欠点が”己を顧みない”だからね」
「あぁ、虚も言ってましたね・・・」
己を顧みない。つまり自分を守る行為は最優先ではなく、己の快楽を満たすことが最優先なのだ。
「だから、虚がどこにいるか追って、犯行を隠したりできる。罠にもはまってくれたりするんだ」
「・・・なんというか殺人症候群感染者の中でも、おかしい部類に入る人物なんですね」
「そう、あいつは別格。普通の人間じゃあいつに会って生きてるやつなんていないよ。患者の中でも刹ぐらいだ」
博士はそこで話を止めて、冷蔵庫に向かう。そして中から水を取り出すと二つのコップに注いで、一つを悠に渡した。お礼を言って受け取った悠は口をつけて一口飲む。
「虚の話はここまで。殺人症候群もここまでかな。それで、僕のことだけど・・・」
博士も水を飲んで、一息ついた。相関図の書かれたホワイトボードをちらりと見て、そこに書き込む。
「僕は、かなり前から殺人症候群を研究してるんだけどね。こんな病気を研究しているといろいろ危険があったりして、死にかけることが多いんだ。だから、記憶だけ他の体に上書きして、ある意味生きながらえている」
「それって・・・・感染者を処理した後にする上書きと同じ・・・」
「あ、それも刹話してたんだ。そうだね、それと同じだ。ただ違うのは、上書きしているということを”知っている”ということ」
元と書かれた小さな丸が隣の丸に矢印を伸ばし、さらにその丸がその隣の丸に矢印を伸ばす。それがいくつも続いて、・・・とされた後に現在と書かれる。
「僕的には、寝て起きたら違う体になってるからあんまり気にしたことはないんだけどね。この方法の利点は、もし僕が感染しても、不安定な初期なら体を捨てることでなんとか免れるってこと。だから僕はこうして長く研究してられる」
刹は治療法は見つかってないと言っていた。確かにこれは治療法ではない。実際、死んでいるのだから。他人の体を乗っ取って、精神だけ生きているようなものなのだ。
「僕はこれを受け入れているし、僕がいなくちゃ研究は進まない。特例なんだ」
「でも、これにはリスクがある。何度も記憶を上書きするんだ。元々人間が耐えられる記憶量を超えてしまう。今となっては10年も体はもたない」
メモリーと書かれた箱に情報と書かれた紙が積み重ねて書かれる。
「だから子供の体なんだ、大人よりまっさらな部分が多い。そして多少無茶がきくから」
悠は絶句するしかなかった。SFとしか言えない話、そしてこの研究所、隠されていた真実。
「さてと、今のところわかるのはここまでかな・・・」
ビィィィィと電子音が鳴る。それはカプセルから鳴り響いていた。博士は嬉しそうに近くにあったパネルを操作する。
「ちょうどいいや、刹が起きたみたいだ」
ピッと短い電子音が鳴って、カプセルから水が抜かれる。そして空気の抜ける音がして、カプセルが開いた。悠は思わずそちらを見た。
ペタペタと水を含む音がして、刹が博士の元へ歩いていく。博士はいつの間にか用意していたバスタオルを投げ渡した。
「博士、俺、どれくらい寝てたの?」
「1日ってとこかな。一回神崎さんを家に帰して事情説明のために来てもらった」
「ふーん・・・あ、悠ちゃん無事?」
「・・・・」
悠は刹を見て、再び絶句した。ちぎれていた腕がくっついており、ナイフによってできた傷は綺麗に塞がっていた。
「・・・博士、なんかしたの?悠ちゃん、全く反応しないんだけど」
「・・・さっきの話がショック大きすぎたのかな?」
「え、何話したのさー」
「それはだね・・・」
タオルで頭を拭きながら話を続ける刹、博士は垂れる水を特に気にすることはなく、答えていた。
固まったままの悠に刹が顔を近づける。
「悠ちゃん?」
「・・を・・・」
「?」
「服を着ろぉぉぉぉ!!」
「ぶっ!!」
悠は傍にあった白衣を刹の顔面にぶつけた。
液体の中から出てきた刹は全裸だったのである。健全な女子高生の悠にはあまりにきつすぎたのだった。