殺人症候群とは 1
『囮になってもいい、でも一つだけ条件がある』
悠は刹の目をまっすぐ見つめながら言った。
『必ず守ってほしい』
『私は、そんな正義感のある人間じゃないし、囮になるのだって、早く事件が解決してほしいから』
『でも、自分の命をかけるほどだとは思えない』
『だから、必ず守ると約束してほしいの』
『刹は強いでしょ?』
刹はニマっと笑った。
『もちろん』
『”守って”あげる』
会って二日しかたっていない。それでも、悠は刹のその言葉を信じた。震えそうになる手をおさえて、囮になった。
刹は、”守る”ために携帯をいつでも持っていたし、離れすぎない距離で待機していた。
そしていざという時の、ワン切りの電話コール、非常事態、つまり悠に命の危険がある時、それが鳴らされて、刹は悠の元に向かった。
そして”虚”と会い、戦闘となった。
そして約束した通り、刹は悠を”守った”。そして動けなくなった刹の代わりに悠が博士という人物に連絡を取った。
「・・・と話を聞く限りそういうことなんだよねぇ・・・」
カルテを持つ白衣を着た少年がかけている眼鏡を光らせながら呟いた。くるくると回る椅子を回し、近くに座っている悠の方を向いた。
「でも、ちょっと気になることがあるんだよね」
「はぁ・・・」
「んー・・・神崎悠さんは殺人症候群についてどこまで知ってる?」
「えぇっと・・・性格や性癖によって殺し方が異なること、”共感”になると感染すること、人を殺すことを普通だと思うこと」
「うんうん、そんなとこだ」
少年は椅子に乗ったまま滑り、ホワイトボードの元にいくと、ペンで悠が言ったことを書いた。
「性格、性癖をまとめて、”本質”・・・多分、虚が言ってたんだろうけど・・とまぁ、書いておくよ。”共感”、これは感染元になる状態のこと。そしてこの病気の特徴が、人を殺すことを”普通”だと思うこと」
キュキュキュっと赤いマーカーでそれぞれの単語に線が引かれる。
「この”本質”ってのは人によって違う。例えば、虚。彼の本質は”奪う”こと」
「奪う?」
「物を”奪う”、言葉を”奪う”、”奪う”ためなら命を”奪う”ことなんて普通だと思ってる。彼は殺人症候群にかかって長いから大分、進化してる。かなり危険な存在だよ」
少年は困った表情になってため息をついた。
「他には五十嵐海人君、彼の本質は”食べる”、探求心型かな・・・食べたことのないものをお腹いっぱい食べたいと思ってたんだと思うよ。だからカニバリズムになった」
少年がピッと指を指した方向には、大きな試験官があり、目が片方ない頭が浮かんでいる。悠はそちらを向くことはせず、ホワイトボードだけを見ていた。
「それでもいきなり、人間を食べるっていうのはおかしいと思うんだよ。最初はなんか症状が出る。異常に食べたり、兎とか犬とか普段食べないようなものを食べようとしてみたりとか・・・」
「でも、五十嵐君はいきなり人だ。多分、虚がなんかしたんだろう」
少年は五十嵐と虚を赤い線で繋げて、悠の方を見る。
「殺人症候群患者にとってどれだけ、本質が作用するかわかってもらえたかな?」
「・・・はい」
「そこで、おかしなことの説明だ。まず、刹なんだけど、彼もまた殺人症候群感染者だ」
悠は驚きはしなかった。予想ができていたのだ。刹の言動、行動、考え方は由紀と似た感じだったのだ。一線を越えた、別世界の人間。
生きている世界が違う。そんな存在に感じていたのだ。
「彼の本質は”守る”こと。おかしいだろ?人を殺すことには躊躇ないのに、”守る”なんだ。”守る”ために人を殺す」
「そしてこの本質は、自分に強く作用する」
「つまり彼は、自分の身を”守る”ことを最優先するんだよ」
自分の身を最優先する。つまり、虚との戦いの時、刹は悠を見捨てる可能性があったことを少年は言っているのだ。
しかし、刹は片手を、ナイフの刺さったまま、縫い付けられていた地面からとり、悠を助けに向かった。
自分の身を”守る”ならそのまま逃げていたほうが、生きていた確率があったのにもかかわらず、悠を守ったのだ。
「他の人間だったらこうはあり得ない。実際、刹は前に虚に襲われたとき、多くの人間を見捨てた。その時彼が言ったんだ」
少年の脳裏に浮かぶのは、血まみれになった刹の姿。そして言った一言。
「『自分を守った、それが普通のことだから』と・・・つまり君を守ることは普通じゃないことなんだ。でも、彼は守った」
その言葉を聞いて、悠は刹が自分のことを『特例』だと言っていたことを思い出した。
でも、悠は刹にあった記憶はないのだ。それでも、刹は言っていた。
『君だから俺は守った』と。
「・・・多分、刹に聞いても君を守る為、平然と嘘つくからな。でも、君もよくわかってないんだろ?」
「はい」
「ならしょうがないさ、君のことはとりあえず保留だ」
カラカラと椅子を動かしながら、立てられた大きなカプセル状の機械の元へ滑っていく少年。悠も立ち上がって近くに行く。
上の一部分が透明になっており、中が見えるようになっているそれは稼働していることを表す緑色のランプがついていた。
「刹は・・・」
「だーいじょうぶ、治るよ。そのことについても説明しようか」
心配そうな悠に対し、少年は明るくそういった。そしてもっていたカルテをカプセル近くに置く。
「まず自己紹介から。僕は博士、そう呼ばれているよ。こんな子供の姿だけど、精神年齢は何十年と生きているからね」
「私は、神崎悠です。高校一で、一人っ子です・・・」
「んー、疑問だらけって顔だね・・・君、知りたい?」
刹は悠に大まかなことは教えていたけど、詳しくは教えていない。博士はその部分を知りたいか聞いているのだ。
でも悠は気づいている。これ以上知ったら決して日常には戻れないことを。
しかし、今更だと思ってしまうほど、悠は非日常に触れてしまっていた。だから、うなづいた。博士はそれを見て椅子を滑らして、再びホワイトボードに向かう。
「じゃ、大まかな説明始めていっちゃおうか」
博士はホワイトボードをひっくり返し、黒いペンで単語を書き始めた。『殺人症候群』『刹』『虚』『政府』『博士』『五十嵐』『篠宮』と悠も知っている単語だ。
「まず”殺人症候群”、これは秘密裏に”政府”研究が進めている病気。いまだ謎が多いけどね」
政府から殺人症候群に矢印が書かれ、研究中とつけられる。
「次、感染者。虚、刹、五十嵐、篠宮」
それぞれに殺人症候群から矢印がひかれて感染と書かれる。
「刹はその特殊な本質から、感染者を殺すことを許可された人物。僕らは”狩人”と呼んでいる」
刹の横に”狩人”と書かれ、政府からの矢印の横にバックアップ・フォローと書かれた。
「五十嵐君や篠宮さんみたいな初期感染者を殺したりする。それが彼の仕事」
刹から五十嵐、篠宮に矢印が引かれ、処理と書かれる。二人の名前にはバッテンがつけられた。
「これが意外と難しくてね、一撃で仕留めないと異常な反撃をしてきたりする。刹もほとんど一撃で仕留める」
「一撃で・・・?」
「初期感染者は不安定で、死にそうになるととんでもないことしでかすんだよ。全身に銃弾浴びても笑って爆弾爆発させたり、火炎放射器に指突っ込んで大参事引き起こしたり・・・怯え、恐怖がなくなるんだ」
想像しただけでゾッとするような出来事を淡々と報告するかのように話していく博士。悠が少し彼も感染者なのではと思ってしまうほどだった。
「女性に言うことではないけど、性犯罪者とか最悪だよ・・・殴っても、刺しても、犯し続けたりするんだから」
「・・・」
「それぐらい危ない病気なんだよ。そしてさらに厄介なことがあるんだ」
博士は、殺人症候群に線をつなげ、線の先に単語を書く。
「『再生力』と『耐久力』?」
「そ、感染者は傷の治りが早い。腕が吹っ飛んでも、くっつければなんとかなったりするし、さらに打たれ強いんだよ。よりよい殺人を多く行うために進化してんの」
虚は切りとばされた腕をくっつけていた。刹もあれだけダメージをくらいながらも動いていた。
「だから刹は大丈夫、死なないよ。カプセルの中ならさらに傷の治りが早い」
博士がカプセルを見たのに合わせて、悠も見た。
カプセルの透明な部分から見えるのは、液体の中にいるためか髪がゆらゆらとゆれる、刹の顔だった。口元には酸素を送るためのマスクがついている。
「で、今回あった虚だけど、最初に言った通り彼の本質は奪う、しかも進化して厄介になってる」
虚から五十嵐に矢印が伸びる。
「彼はね、他の感染者の本質を奪うことができるんだ。それに気づいてからは積極的に感染者を狙うようにしてるみたいなんだけど・・・それがさらなる悲劇を招いた」
博士は、近くにあった新聞のスクラップを取り出して悠に投げ渡す。
「政府は、感染者を積極的に狙うならってことで放置してた部分もあるんだ」
記事には『ガス爆発により大量の死者』と書いてあり、細かに書かれている。悠にもその記事は記憶があった。親が話していたのを小さいころ聞いた記憶があったのだ。
「その事件、虚が起こした事件だ」
「え・・・」
「奪った本質を進化させて、よりよい殺人、大量殺人を起こした」
記事には何十人もの死者が出たことが書かれている。そしてもう一つ恐ろしいことが書かれていた。
「虚は被害者をバラバラにしたり、つぶしたり、吊るしたり・・・手に入れていた本質を使って、様々な殺し方をした。しかも、多くの殺人を犯したことで進化した彼は、計画も練り、政府が気づいたときには手遅れだった」
「あまりにひどくて、誰が誰かもわからない。だから政府はガス爆発にしたんだ」
博士は顔を青ざめ、目を伏せた。