神崎悠の見方
私は神崎悠、一条高校の生徒。親友は篠宮由紀、家族構成は父と母。
いつも通り学校に来て、いつも通り席に座る。
「悠ちゃん、おっはよー!」
「おはよう、由紀」
そしていつも通り親友の由紀に挨拶を返す。クラスのみんなにも由紀は挨拶をし、そしてみんなも挨拶を返す。
いつも通りの光景、でも私は知っている。
この篠宮由紀が昨日までの”篠宮由紀”ではないことを。
では、誰なのか?彼女は整形して由紀そっくりになった全くの別人なのだ。
しかし、彼女にその意識はない。記憶の上書きをされているから。
なんのSFだと聞いた人は笑うだろう。でも、私は信じている。
本物の由紀は昨日死んだのだから。私の目の前で殺されたのだ。
由紀は病気にかかっていた。殺人症候群、通称殺人病に。
物騒な名前の通り、物騒な病気で人を殺すことが普通だと思うのだ。
私だって最初は理解できなかった、でも、理解させられた。
お腹がすいたから食べ物を食べるように、知人にすれ違ったから挨拶するように、当たり前のことのように人を殺す。
由紀が、そうだったのだ。自然に当たり前のように私を殺そうとした
そしてより良いものを求めるため、欲を満たすため、病気は進化する。
それのことを私が話すことはできない。話せば私が殺される。
そして恐ろしいことにこの学校には、殺人病にかかったやつがいるのだ。
でも、私がそいつを探すことはできない。理由はある。
昨日、マネキンを見た後、刹と話したことがあるからだ。
『探しちゃいけない?』
『そ』
刹がマネキンの傷口を縫う糸をナイフで斬っていく。よくそんなことできるよなと思いながら、耳を傾ける。
「簡単にいうと目をつけられちゃうから」
「目を?」
「そ」
マネキンから皮をはがす刹、私は完全に青ざめているだろう。もう見ていることができなくなり、思わず目をそらした。
「悠ちゃんは歩いている道に目立つ小石があって、それが歩くのに邪魔だったらどうする?」
「・・・端にけとばす」
「でしょ?変な動きしてると、目立って自分の行為を邪魔しているように見えちゃう」
ガタガタと音が聞こえるが絶対マネキンの方は見ない。
「だから蹴り飛ばされるよ、病気にかかってるなら何の躊躇もなくヤるよ」
つまり殺されるということ。躊躇なく。
音がやんだので刹の方を向くと、なにか丸めたものが小脇に抱えられていた。
多分、皮なんだろう。まるで敷物を丸めているようだと思ってしまった。
「せっかく生き延びたんだから死にたくないでしょ?」
きょとんとした顔で首をかしげる刹はあまりに現状に合わない。私がうなづくとニンマリした笑い顔になって、持っていたナイフをしまった。
「大体、今回は本当に特例なんだよ。生かして見逃すなんて」
「・・・特例・・」
「そ、悠ちゃん。君だからこその特例」
私はこの男、刹にあった記憶はない。他に特別なことをした記憶もない。
そんな表情をしていたからか、刹は言葉を続けてくれた。
「覚えてないならいいよ。でも、君だから俺は守ってあげたし、教えてあげた」
ふんわりと優し気に、でもどこか寂し気に語る。
「俺だけ、覚えてれば、大丈夫だから」
「だから、できればもう関わらないでもらいたい、このことには」
その表情は声と一緒で、優し気で悲し気で、温かみのある笑みだった。人らしい、そんな表情だった。今までとギャップがありすぎてガン見してしまった。
「そろそろ戻らないと時間がやばい」
その言葉に時計を見ると確かにヤバい時間だった。もう夜になってしまう。
刹をみればさっきの表情はなくなっていて、元のニンマリ笑いに戻っていた。
「さぁさぁ、帰ろう!!真っ暗になってしまう前に!」
「君の知る日常へ!」
校門前まで送ってくれた刹は、そのままどこかに行ってしまった。
私は家に帰り、刹のいっていた設定どおりのことを話したのである。
今のところ誰かがいなくなったなんて噂は流れていない。一日だけだからか、ただ休んでると思われているのか、わからないけど。
昨日のことを考えていれば、時間はあっという間に過ぎて、気づけば放課後になっていた。
特に変なことは起きていない。由紀は友達と帰るようだし、今日は一人で帰ろう。
この事件に首を突っ込むことは、ギロチンの穴に頭突っ込むのと同じようなものなのだ。いつ吹っ飛ばされるかわかったものじゃない。
刹もあまり関わってほしくなさそうだった。もう会うこともないんじゃないだろうか。
「やぁ、悠ちゃん、ちょっといい?」
そう思っていた数分前の私を殴りたい。
さっきまでのシリアス感を返してほしい。
刹に連れられるまま私は公園に向かい、ベンチに座る。
刹は紙袋からハンバーガーを取り出し、紙をとっている。服装は昨日と似た感じだった。
「そういえばニュースみた?」
「朝は見たけど・・・学校にいる時、あまり携帯いじらないから」
「なら、知らないか」
一口、ハンバーガーをかじり、飲み込むと何ともないことのないかのようにつげた。
「前捕まった犯人、死んだって」
「え」
「・・・いっとくけど、俺、殺してないからね」
私が何か言いたげな視線をしていたんだろう、刹はふくれっ面で答えた。その表情は昨日と同じく人間味を帯びてるけど、言っている中身が中身なので、複雑だった。
「でも、殺されたのは事実。ニュースでは自殺だけど」
「・・・今回の事件に関係が・・・?」
「間接的にね。問題は感染源を殺した犯人だ」
「感染源?」
「あぁ、いってなかったっけ・・・斬りつけ事件の犯人が感染源、でも”共感”するのが早い」
新しい情報に目を瞬かせた、そんな私を見ず、刹は目線を前にしたまま話す。
「”共感”、相手も共感してほしいって病気を移す行動をし始める。自分の性格にあって、殺さない行動をする」
「だから”共感”?」
「そ。自分とおんなじ考えになってほしいって感じ。あの男はまだ不安定だったから感染しなかったかもしれない子がいるかもしれない。というかそこのところもよくわかってないんだけどね」
ハンバーガーをかじりながら器用にしゃべる刹。口元を汚さないあたり慣れているのだろうかと考えた。
(【人を切り殺したい気持ちを抑えられなかった】、【あの人たちを殺すつもりはなかった】、犯人はそういっていた。あっている・・・)
昨日の朝のニュースはそういうことだったのだ。
「だから、”共感”状態になる前に殺さないと、感染者が増えるばかりだ。さらに進化すれば犯行もうまくなるから見つけにくくなる」
それが、刹の積極的に人を殺す理由だった。だから昨日「めんどう」とか「疲れる」といっていたんだ。
「・・・犯人は殺されたって言ってたけど、目星はついてるの?」
「ついてる。でもこれ以上は答えられない」
初めて、刹は私に答えられないといった。今までは自分から喋っていたこともあったのに。
(でも、そんな刹が話せないということなんだから本当に話せないことなんだろうな)
「でも、”共感”は大分、人を殺してからなんだけど・・・」
「え?」
刹の独り言のようなつぶやき。
私は思わず考え事をしていて下がっていた頭を、刹を見た。
刹はどこか苦々しげな表情をしていた。なにかあったのか。
「んー・・・まぁ、そこんとこは置いておいて、マネキンの犯人だよ」
明らかにごまかしたような言い方だ。でも私はいえないことなのだと判断して突っ込みはしなかった。
「わかったの?」
「わかんないけど・・・性的思考はわかった」
「・・・え?」
「殺人症候群は性格とか性癖が現れやすいから。犯人はカニバリズムだよ」
「カニバ・・・リズム・・・?」
カニバリズム、人を食べる性癖だったっけ?じゃあ、マネキンに被せられてた皮の中身は。
「んぐ・・・皮は食べない派だったんだろ。綺麗に洗ってあった。それに頭がないのも理由かな」
ハンバーガーをかじった口の端から赤い液が垂れる。
ケチャップだとわかっていても、今の話を聞いていては違うものに見えてしまう。
というかこんな話しているのによく食べ物を食べれるよね。
「目、脳、舌、人間の頭には動物で現すと珍味の部位が多い。骨は隠す場所がなかったから・・・っていうのもあるけど、多分解体している時間がそこまでなかったんだろうな。多分、どっかに捨てられるよ」
最期の一口を口に放り込んで飲み込む。刹はなんてことなく食事をしながらその話をし終わったのだった。
「それで、私になにか相談でもあるの?」
「んー・・・話せないことが関係してるんだけど、早くカニバリズム野郎を捕まえなきゃ、ヤバいことになりそうなんだ」
(もうすでにヤバいことになっている)
そう思いながらも、言葉に出さなかった。刹と私では考え方が違いすぎる。
「昨日は関わらないでほしいって言ったけど、協力してほしい」
「協力?」
「そう、カニバリズム野郎を見つけるために」
表情は笑っている。しかし、その目は真剣だ。
「それとなくいなくなった女子生徒がいないか調べてほしいんだよ、囮のために」
「・・・昨日言っていた、目をつけられる行為をしろってことだね」
「そう」
目をつぶる。思い浮かぶのは昨日のことだった。豹変した由紀、転がる首、笑う刹、赤い制服、そして昨日の刹の優し気で悲し気な表情。
スッと目を開け、私は口を開いた。