再出発
息つく暇もなく連続攻撃が襲いかかる。それを辛うじて躱しているが、こちらから攻撃を仕掛ける余裕はない。
「躱してばかりではダメです。その武器は受け流して相手の懐に飛び込まなければ意味がないのでしょう?」
リヒトの言う事はわかる。だが、実際に大剣を小太刀で受けるとなるとかなりの勇気がいる。わかっていても身体が動いてくれず、ついつい躱そうとしてしまうのだ。
大剣が袈裟掛けに振り下ろされる。俺はその攻撃をバックステップで躱す。このパターンも幾度目だろうか。
後ろに跳びながら攻撃の手を考えていると、リヒトが今までにない動きを見せる。袈裟掛けに振り下ろした勢いのまま一回転し大剣を投げつけてきたのだ。未だバックステップの最中だった俺は躱しきれず、大剣は俺の胸を直撃し、俺はそのまま雪の積もった地面に倒れる。
「おぉ、勇者よ……。死んでしまうとは情けない……」
アイラが地面に倒れた俺を覗き込んで名セリフを口にする。
「気を失ってたのか……?」
投げつけられた大剣をまともに喰らって気を失ったようだ。木剣でなかったら即死だったろう。
「すみません。ちょっと力が入ってしまいました」
リヒトが謝ってくるが、俺が対処できないのがわるいのだ。
「いや、気にするな。対処できない俺がまだまだってことさ……」
「それでも、だいぶ良くなりましたよ!リヒトさんの攻撃が見えるようになったじゃないですか!」
クリスが俺を励ますように声をかける。
自画自賛ではなく、自分でもだいぶ動けるようにはなったと思う。フォーリアに来て動けるようになってから一ヶ月、毎日稽古をつけてもらっている。実戦が少ないのでレベルは低いままだが、動きだけなら以前の力に頼り切った俺より良くなってるはずだ。
ただ、相手のリヒトは正真正銘のチートだ。おそらく一割も実力を出してないだろう。
「食事の用意ができましたよ」
アーシェから声がかかる。夕食には少し早いが、陽が落ちると一気に冷え込むため早めに切り上げて家の中に入る事にした。
早めの夕食を摂り、俺はアレクシス・クシュナーの遺した本を読む。この人物は、ミュンヘンに住んでいた親父の友人のアレクシス・クシュナーと同一人物で間違いなさそうだ。今まで読んだところだと、アレクシスがファフニールに連れてこられてアイラと暮らした三年間の事やフォーリアの迷宮を攻略した事、六英雄やアトモスと戦い、アイラが眠りについた事が書いてあった。その後何十年分かの日記のようなものがあったが、不思議な事にこの人物は歳をとってないような気がした。他人の死には触れているが自分の体調や老化に対して何一つ記述がないのだ。そして、自分の妻の死を記述したところで終わっている。ファフニールの力というやつで生きている可能性があるな……。
こっちの世界に来たきっかけになったレストランの火事の事は俺も憶えている。確か小学五年の夏休みだったはずだ。大惨事だったが死者もなく、アレクシスも無事だった。今もミュンヘンで暮らしているはずだが……。
「ミツハル……。話があるのですが……」
リヒトが俺の前に立ち、座って本を読む俺に声をかけてくる。アーシェも一緒のところをみると大体の察しがつく。
「俺の事は気にするなよ。今はお前たちの足手まといになるだけだからな。お前たちだけのほうが効率がいいだろ」
リヒトとアーシェが俺の言葉に驚きの表情を見せ、お互いの顔を見合わせてから、リヒトが尋ねてくる。
「一緒に来てくれないんですか?」
「言った通りだよ。今の俺は足手まといにしかならない。自虐でも遠慮でもなく効率を重視するならお前たちとクリスの三人だけのほうがいいだろう?」
聞いていたのかクリスが話に加わってくる。
「ボクはミツハル様に添い遂げます!」
「添い遂げるって……。相思相愛みたいに言うなよ……。でもクリスがいれば心強いよ。別に今生の別れって訳じゃないんだ。俺はここの迷宮に入ってレベルを上げるよ。強くなってお前たち二人に追いついたら、その時は一緒にミーニャを捜してくれるか?」
「もちろんです!アトモスを倒してミーニャちゃんを救いましょう!」
そう言うリヒトの言葉に熱がこもっていた。アーシェの表情も決意に満ちているように見える。愛の力って凄いな!
「で、お前たちはどこに行くつもりなんだ?」
「まずはニースの実家に行き、メトで私達にかけられた嫌疑を晴らします。それから南の隣国ダフット王国に入ろうと思っています」
なるほど。アーシェの家は六英雄の末裔で貴族らしいから何とかなるのかもしれない。今は自給自足でもやっていけるが、消耗品の補充はできないしメトにもこそこそと転移しなければならない不便な状況だから助かる。
「そっちのことはよろしく頼むよ。で、いつ出発するんだ?」
「次のルグ祭が近づいていますので、現在の教皇が変わる前に赦免してもらうためにも明日には出発します」
「えー!?アーシェちゃんいなくなったら誰がゴハンの準備してくれるのぉ?」
俺達の決意を台無しにするようにアイラがゴロゴロしながら食事の心配をする。
「自分でやれ……」
翌日、リヒトとアーシェがニースに向けて旅立ったのを見送り、俺達はフォーリアの迷宮の探索を開始した。




