アレクシス・クシュナーその2 アトモス
『キミは誰だい?』
目の前に浮かぶ黄金に輝く魔石が、三年前のあの時聞いた声で私に話しかける。
「私はアレクシス・クシュナー。あなたに会うためにやってきた」
『そうなんだ。じゃぁ、どこかに飛んでいるボクの意識がキミをここに連れてきたんだね』
「あなたは三年前に私に語りかけてきたファフニールではないのか?」
『ボクはそのファフニールとは違うよ。彼もファフニールだけどボクもファフニール。そしてキミもファフニールさ』
まるで謎かけのようだ。私もファフニールとは一体どういう理屈なのか。
『キミは別の世界からやってきたんだろう?別の世界に飛んでいるファフニールには実体もないし力も弱いから誰かを複製して器を作らなければならない。ファフニールという同じ名前でも全てを共有しているわけじゃないんだ。目的は一つだけどね』
「目的?」
『この世界の秩序を守ることさ。また誰かが悪さをしようと企んでいるんだろう?さぁ、手にとってボクを連れ出しておくれよ。一緒にこの世界を守ろう』
私は黄金に輝く魔石を手に取る。その瞬間に脳内に私ではない別の記憶が入り込んでくる。その膨大な記憶の量に目眩を覚える。
『さぁ、いこう。アトモスに見つかる前に片付けないと』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんな事は出来ません!神がお許しになるはずがありません!」
広い石造りの大聖堂に若い女性の声が響く。女性の正面にいるのは豪奢な神官衣に身を包んだ老人だけだ。
「これはルグ様の神託なのだ!そなたはルグ様の神託に意を唱えるつもりか!?どうなのだ!?ロンデリオン卿よ」
女性に負けじと老人も声を張り上げる。
「しかし……、それでは……」
「まぁ、いいんじゃないの?相手は蛮族なんだ。多少痛い目にあわせないとわからねぇって。なぁ?他のみんなもそう思うだろ?」
ロンデリオンと呼ばれた女性と老人の間に若い男が割って入る。
「オーリス卿!」
「ルグ様のご意思であるならば異論はありませんな」
話を黙って聞いていた初老の男もオーリスの意見に賛同する。他に控えていた三人も頷いて賛同を表す。
「ヴェルドレット卿まで……」
「えぇい!兎に角これは神託なのだ!そなたら六人はフォーリアに赴きファフニールを討伐するのだ!案内役はここにいるフォーリアの魔術士二名に任せてある。さっさと仕度をしてとりかかるがよい!もう一度言うぞ!これは神託なのだ!」
老人は話は終わりだと言わんばかりに各人に背を向ける。
「そんな……」
ロンデリオンの呟きだけが取り残されるが、その場にいる人々は次々と大聖堂を後にする。ロンデリオンも渋々と従うしかなかった。
「お見事でした!教皇ザロモン!拍手喝采といきたいところだけど、あいにくとボクには手がなくてねぇ」
老人だけが残る大聖堂に男とも女とも取れない声が響く。
「ユリウス……。今は出てくるなと言ったであろう」
ザロモンと呼ばれた老人が灯りの魔石により出来た自分の影に話しかける。
「おやおやぁ?ボクがあなたに指図される憶えはないんだけどねぇ。一体誰に向かって口を利いてるんだい?」
「五月蝿い……。少し黙っていろ!」
「なんだい?まさか怖気ずいちゃった?最初に話を持ちかけたのはキミじゃないか。だからボクはキミに知恵を与えたし、教皇にもしてあげたんじゃないか」
「ルグ様を絶対的な存在にしなければならんのじゃ。そのためにだけ生きてきたんじゃ」
「それは実に……、アハ……、アハハハハハハ。実に素晴らしいよ!キミはまだ知らないだろうけど、教えてあげる。あれだけファフニールの力を欲しがってたキミたちのルグはとうの昔に怖気づいて草葉の陰で震えているよ。アハハハハハハ」
「何を言っ……て……」
ザロモンの影が膨張し、人間ではあり得ないほどの大きさに膨れ上がる。
「な、何をする気だ!」
「ファフニールの力を本当に欲しがっているのはボクさ!キミが作った冒険者ギルドだっけ?あれを作って魔石の力に制限をかけてくれたおかげでボクに敵はいなくなる。ボクはファフニールの力を集めて世界作り直す」
「計ったな!ユリウス!」
ザロモンの手が光り輝き影を打ち砕こうとする。
「アハハハハハハ!私利私欲に溺れて真っ黒になったキミが光の力でボクに対抗するなんて!滑稽だよ!アハハハハハハ」
影はどんどん拡がりザロモンを飲み込む。
「ユ…リ…ウス……」
「アハハハハハハ!ボクの本当の名前はアトモスだよ!キミの身体は大事に使ってあげるからね!」
全てを影に呑まれた後には先程までと同じくザロモンが立っていた。
「教皇様。どうかなされましたか?」
扉を開け神官衣の男がザロモンに声をかける。
「アハ、老人の身体は失敗しちゃったかな?」
「は?」
「なんでもないよ」




