エルフの少女クリス
ムルステ村には俺だけ行く事にした。なるべく早く到着するためには一人で走ったほうが早い。素材などは持たず転移用の魔石だけ持っていけばいい。そうすれば後からいくらでも運べる。
アーシェとミーニャには休んでもらう事にした。年頃の女の子には休みも必要だろう。なんだか自分が物凄くおっさんな気分になってくる。二十四歳ともなればネトゲで小学生や中学生におっさんと煽られる年齢だ。
「それじゃ、行ってくるよ。早ければ今日の夜か明日には一度戻るから」
「はい。気をつけて行ってらっしゃい」
「お土産よろしくー!」
なんだか出張に出かけるサラリーマンの気分になりながらメトを走り抜ける。
北門からメトを出て街道をひた走る。ムルステに行くには急な登りが続くが、ステータスが上がった今ではなんという事もない。
メトを出て二時間ほどで峠の頂上に到着する。約一ヶ月前にここで異世界に来て初めての戦闘を経験し、多くの人の死も目にした。ミーニャに出会ったのもこの場所だ。走る速度を落とし立ち止まる。
この世界に来てまだ一ヶ月ちょっとだというのに、以前からこの世界にいて妙に馴染んでいる感覚がある。リヒトの身体だからなのかも知れないな……。リヒトの声は聞こえなくなっているが、不思議ともう会えないという気分にはならない。きっと戻ってくると確信している。
「おっと、急がないとな……」
街道脇に作った簡単な墓標に黙祷し、また走り出す。この速度なら夜にはムルステに到着出来るはずだ。攻略するにも武器がいる。しかも折れない強い武器だ。
しばらく走ると前方に馬車や人影が見えてきた。向きからしてメトからムルステに向かう商団かも知れない。いきなり走り抜いたら驚かれそうだな。少し歩くか……。歩いていても徐々に近づいていく。どうやら商団は街道で止まったままのようだ。
「どうかしましたか?」
俺は商人風の男に声をかける。
「子供がいなくなったんだ。この辺りは魔物も出るし……。はぁ、困った」
「誰か捜しに行っているのか?」
「はい。護衛に同行している冒険者が森に入って捜索していますが……」
男は俺の格好をみて驚く。
「あなたは冒険者の方なのですか?随分と軽装のようですが……」
速く走るために防具や武器は置いてきている。
「あぁ。ムルステに向かっている途中なんだが……。手伝おうか?」
「それは助かりますが、大丈夫なんですか?魔物もいますよ?」
「まぁ、大丈夫だろ。少し待ってろ」
いなくなった子供の母親だろうか。俺の手を握り懇願してくる。
「どうか娘を見つけ出してください!まだ五歳になったばかりなんです。お願いします!」
「任せておけ。必ず見つけてくるよ」
俺は母親にそう言うと森の中へと入る。残念ながら他人の魔力や気配を感じる魔法は知らないので、聴力と視力だけで捜さなければならないのだが、木に阻まれ視力は役に立たない。昼だというのに森の中は薄暗い。
耳をすませて集中するが、人の声などは聞こえてこない。森の中をひたすら駆けて捜すしかない。
森の中に入って十分ほどになるが、まったく手掛かりが見つからない。子供ならそんなに遠くには行っていないと思うのだが……。方向が違ったのか?反対側に移動しようかと思った時に人の声が聞こえてくる。話し声ではなく悲鳴だ。
声の聞こえた方向に走る。幾分開けた場所に小さな少女がいた。その少女を庇うように一人の冒険者が立っている。数匹の犬のような魔物に囲まれている。
犬の魔物が次々と飛びかかるが、それをなんとか手にしたレイピアで防ぐ。冒険者は尖った長い耳に長い銀色の髪を一本に束ねているエルフだ。短いスカートからスラリと延びる白い脚を動かし剣を振るう姿は苦戦しているにもかかわらず美しく見えた。
「きゃぁぁぁー」
一匹のシュタルクフントがエルフを飛び越え少女に襲いかかる。
「しまった!」
エルフの反応が遅れるが、少女に噛み付く寸前で俺がそいつを捕まえる。首を捕まえたまま地面に叩きつけると「ぎゃん」と一声発して痙攣し始めた。首の骨が折れたのだろう。
「怪我はないか?もう大丈夫だ」
少女は目に涙を浮かべて頷く。
「どなたかわかりませんが助かります!フントの割に強くて手こずっていました!」
「そいつは“シュタルク”フントだ」
フントは迷宮の浅い層なら何処にでも生息しているが、シュタルクフントは二十層以下に生息する。すばしっこく獰猛なためレベル二十台でも苦戦する魔物だ。
「シュタルクフントですか?」
「知らないのか?迷宮の二十層から下にいる魔物だよ」
「二十層!?それじゃぁボクでは敵わないわけだ」
エルフはまさかのボクっ娘だった。
「まぁ、ここは任せておけ。女の子を頼むよ」
エルフと場所を入れ替わる。
「武器も持たないで大丈夫なんですか?」
「問題ないさ」
シュタルクフントを後ろに逃すわけにはいかないので、こちらからは動かない。飛んできたのを撃ち落とせばいい。などと考えていたのだが、シュタルクフントは一斉に飛びかかってきた。
「おいおい。そんなにがっつくなって!」
両手に集めた氷の魔力を全て放出する。無数に飛び出した氷の槍がシュタルクフント達に突き刺さる。一匹も漏らすことなく仕留めたようだ。
「いっちょあがりだ」
「すごい……」
エルフが羨望の眼差しで俺を見ている。姿も美しいが整った顔立ちをしており、まるで人形のようだ。
「さぁ、みんなのところに帰ろう。お母さんが心配していたぞ」
「うん!ありがとう!かっこいいお兄ちゃん!」
かっこいいか。悪い気はしないな。
「かっこいい……」
え?エルフも目を輝かせて俺を見つめている。そんなに綺麗な顔で見られたらさすがに恥ずかしくなってくる。
「あのっ!ボクはクリスって言います!あなたのお名前は!?」
「ミツハルだ」
「ミツハル様……」ぽっ
ぽって!ぽってなんだ!?もじもじしてるし……。
商団に合流した後、一緒にムルステを目指す事になり結局ムルステに到着する頃には夜中になっていた。ロイの雑貨屋も閉まっていたため、この日は宿を取る事にする。
「あのっ!ボクの護衛はムルステまでなので、よかったら一緒の宿に泊まりませんか!?」
え?えぇ!?なにそれ……。誘われちゃってるの!?ちょっとドキドキしてきた。
「別に構わないけど……」
「よかったぁ。なんだかドキドキしちゃって、断られたらどうしようかと……」
というわけで、俺とクリスは一緒に宿にチェックインした。




