フライング土下座
「王様の隠れ家亭」を出た俺達は冒険者登録をするべく“北区”の冒険者ギルドへと向かう。どこのギルド所属するかという話し合いは満場一致で中央ギルド以外ということになった。因みに「王様の隠れ家亭」の宿泊代金は幾らだったのかもわからないが、女将が代金を受け取る事はなかった。
北区のギルドは迷宮の入り口からはだいぶ離れており、北門近くにあるらしい。迷宮に入るのには不便だが、市場の近くにあるため、護衛や用心棒などの仕事が多いようだ。
住宅街から市場に入る手前にギルドはあった。中央ギルドとは違い、周りの商店と変わりない、ごく普通の2階建てだ。というか、かなりボロい。壁はあちこち剥げ落ち、文字が読めないというか看板の文字は擦れて判別不能だ。
「ここが北区のギルドです。私も中には入ったことはありませんが、凄いですね……」
さすがのアーシェでもこのギルドの有様にはひいている。
「どうしよう……。帰る?」
一応提案してみる。アーシェもミーニャも困った顔で俺を見る。
『ここまで来たのに戻るんですか!?さぁ!中に入って冒険者登録をするんです!』
リヒトの勢いに負け、西部劇の酒場のような扉を開けて中に入る。
『やっぱり帰りましょうか……』
外よりも中の状態はもっとヤバかった。中には二十人程の冒険者らしい人達がいたが、午前中だというのに酒を飲んでるというより酒に飲まれて、テーブルに突っ伏して寝ているだけではなく、床に倒れている者までいる。まともに会話できそうな人間はいそうにない。
「いらっしゃいませーー!!」
正面のカウンターから赤毛の少女が顔を出す。
俺達は顔を見合わせ回れ右をする。
しかし、出口には帰さないと言わんばかりに赤毛の少女が手を広げて立ちふさがっている。瞬間移動でもしたのか!?さっきまでカウンターにいたはずだ。
「うぉ!」
振り向くと、そこにも赤毛の少女がいる。もう一度振り向いても赤毛の少女だ。
『挟まれましたね……』
「あぁ……。挟まれたな」
俺達は罠にかかってしまったようだ。
「「ご依頼でしょうか!?」」
「「冒険者登録でしょうか!?」」
少女達は見事なシンクロで迫る。
「あぁ……。三丁目の豆腐屋はここじゃなかった」
「「ウソですね!」」
「くっ……。今日は冒険者登録に来たんだが、休業中だろ……。出直すから見逃してくれないか?」
「「では、こちらへ!さぁ!」」
少女達は俺の話は聞いてくれないようだ。諦めて俺達はカウンターへと移動する。
「ようこそいらっしゃいました!私は北区ギルドのサポートを担当しているラウです!」
「私はマウです!よろしくお願いします!」
やたらと元気のいい少女達はよく見ると、髪の分け目が違ってみえる。この辺で判断するのだろうか?右に多く分けてるのがラウで、左はマウだ。
「あー。他の大人の人はいないのか?お前ら子供だろ?」
「この北区ギルドのサポーターはマウとラウだけです!子供でも、十歳からサポーターを始めて、サポーター歴は三年になります!」
右多めのラウが答える。
「大人はギルド長がいますが、今は大事な試合のため手が離せません」
左多めのマウが答える。
「ギルド長は試合?なんだ?ここには闘技場みたいなのでもあるのか?」
「いえ。そのような施設はないはずですが……」
アーシェに聞いてみるが、どうやら違うらしい。
その時だ。
「だぁぁ!!今のは反則だろぉ!?ダメだ!認めねぇ!やり直そうぜ!」
「反則なんてしてませんよ!人聞きの悪い!とにかく私の勝ちです!これはもらっていきますよ!」
奥から商人風の男が現れ出口に向かうが、何かが俺達の上を飛んでいく。謎の物体は商人の前に落ちた。謎の物体は真っ赤な髪の大男だ。大男は土下座の態勢を取っている。初めてみた……。フライング土下座だ。
「悪かった。あんたは反則なんかしていねぇ。頼む!今日の食いモンもかえねぇんだ。この通りだ!」
フライング土下座をした大男は床に穴を開けながら頭をぶつけ続ける。
「しょうがないですねぇ。じゃぁ、これだけですよ?」
と、商人風の男は言い、大男の目の前に百円玉のようなものを数枚投げすてる。
大男はいそいそとそれを拾い、頭をぶつけながら「ありがてぇ」と言い、ブツブツと「ぜってーぶちのめす」「今度は負けねぇ」と呟いている。
商人風の男が立ち去ると、勢いよく立ち上がり。「バーカ」などと叫んでいる。
俺は思った。
これは、ダメな大人だと……。
ひとしきり叫ぶと、「酒でも飲むかな」と言い、奥にひっこもうとするが、赤毛の少女達が呼び止める。
「「お父さん!」」
「あ?なんだ?仕事ならしねぇぞ?」
うわ、最低だ……。しかもお父さんって……。
「冒険者登録の希望者がいらしてます」
ラウが言うと、大男は興味なさげに「あっそ」とだけ言い、立ち去ろうとする。
「登録料が入りますよ」
マウが言うと、大男は立ち止まる。
「何人?」
「「三人です」」
大男は振り返ると、気持ちの悪い笑みを浮かべ俺達一人一人に握手を求める。
「いやぁ!よく来てくれた!君たちのような前途多難な若者を待っていたんだ!」
「「前途多難ではなく将来有望です」」
少女達に突っ込まれるが、まるで気にしていない。
「さぁ!この書類に記入して、一人金貨二枚ずつよこせ!」
「「登録料は金貨一枚です」」
「娘達よ。細かいことは気にするな。今の俺は金貨二枚ずつ欲しい気分なんだ」
いよいよ、危ない所に来てしまったと思う。さすがにヤバそうなので他のギルドにしようかと二人に声をかける。
「他のギルドに行こう」
そう声をかけると、大男はフンッと鼻で笑う。
「おうおう、行っちまえ。根性なしはどっかのお坊っちゃまギルドにでも登録して迷宮ごっこでもしてろや」
俺は、その言葉にカチンときた。
「散々と情けねぇ姿見せておいて、何なんだアンタ!何様だよ!」
『ダメです!ミツハル!この人はダメです!』
リヒトの制止を無視して、大男に掴みかかろうとして……。宙を飛んでいた。
床に激しく叩きつけられる。
「くっはっ!」
呼吸ができない。胸に衝撃を受けると横隔膜が麻痺して一時的に呼吸ができなくなる。まさに今の状況だ。
「けっ!大したことねぇな」
「「お父さん!!」」
「あーー。わりぃわりぃ。やりすぎちまったか?」
いくらか呼吸が落ち着いてきた。
「あ、あんたはなんなんだ?」
「俺か?俺はガルドってんだ!北区のギルド長だ!」




