メトへ向けて 「旅の先に待つものは」
礼拝堂に入るとアーシェが待っていた。
「おはようございます。朝食の用意は済んでおりますので、摂ったらすぐに出発しましょう」
いつもの神官衣ではなく、短めのスカートに大きな胸が収まりきらない白のレザーアーマー姿だ。足下にはリュックや杖などが置いてある。
「待たせてわるいな」
「いえ、それよりも頭は大丈夫ですか?ブツブツと話し声が聞こえましたが?」
「頭がおかしい人みたいに言うなよ!ちょっと部屋に虫がいて、バトルしてただけだ」
『虫なんていましたっけ?』
「お前のことだよ!」
「えっ?」
声に出してしまいアーシェが反応する
「いや、なんでもない。それよりもちゃちゃっと食べて出発しよう」
「そうですか」
俺は、訝しげな表情のアーシェを残し食堂で朝食を摂る。
『この際、彼女には話してしまったほうが楽なのでは?』
頭の中でリヒトが話しかけてくる。
「信じると思うか?俺が変人だと思われるだけだろぅ」
『すでに変人だと思われてるかと……』
「うるせぇ!誰のせいだよ。まったく……」
ブツブツとリヒトに返答しながら、アーシェが用意した朝食を平らげる。いつもパンとスープだけだが、なかなかいける。アーシェは料理のセンスがあるな。
朝食も食べ終わり、俺達二人は教会から出てメトの迷宮街へ向けて出発した。結局、ザロモン司祭は最後まで顔を出すことはなかった。よっぽどバツがわるいんだろう。
「メトへは徒歩で二日程かかります。ムルステが最後の村なので、一回は野営をしなければなりません。この街道は冒険者や商団が多く通るので魔物は少ないですが、たまに襲われたという話も聞きますので、十分警戒しておいてください」
「わかった。ま、俺は最強の魔導剣士だから何が来ても大丈夫だけどな」
手に入れた身体が最強らしいというリヒトの話を信じ、得意げに話すと身体の持ち主から茶々が入る。
『自分でも言っちゃってるじゃないですか。しかも、魔導剣士は僕であってミツハルには無理ですよ』
「えっ?そうなの?最強って言ってたじゃん。ウソなの?この身体弱いの?」
『弱くはないです。魔導剣士として戦うにはコツがあるんです。強い身体を手に入れたからといって簡単に使いこなせるものではないんですよ」
「なんだ、やっぱり使えねーな」
盛大な一人芝居をしていると、アーシェが虫でも見るような目で俺を見る。その目やめて。目力で死にそう。
「何をブツブツと……。この世界に来たばかりの人が魔導剣士ですか……確かにフォーリアの民の中には魔導剣士の素質がある人が多いと聞いたことはありますが、別の世界から来たミツハルがマトモに戦えるとは思っていません。いざとなった時は私が戦いますので、ミツハルは邪魔にだけならないようにしてください」
き、きびしぃ。アーシェさん怖っ!
その後は、アーシェからこの世界の事など聞きながら二人で歩き続けた。峠というだけあって上り坂だが、自称最強のリヒトの身体は疲れる事はなかった。歩いてばかりで気持ちが萎えてきたが……。
途中、昼食のために休憩をとっただけで、時間にして六時間は歩いたはずだ。そろそろ野営の準備をしないかと聞いたが、夜の森は魔物が多く出るため、夕暮れまでに森を抜けて峠の頂上付近まで行かないといけないらしい。
それから更に1時間程歩いた。
「見えました。あそこが頂上です。広くなっていますので野営もしやすいはずです。すでに誰かいるようですね。商団のようですが……」
距離にして五百メートルだろうか。頂上と思われる場所に馬車や人の影が見える。
近づくにつれ、ただ事ではない様子である事に気づく。
聞こえてくるのは人々の話し声などではなく、響き渡る金属と金属のぶつかり合う音、女の悲鳴、男の怒号に混じり、明らかに人ではない何かの声。
頂上付近にいる商団は、おそらくは魔物と戦闘中なのだ。
俺とアーシェは走り出す。




