第21話:ノーランド公国への留学!そして……
長い航海を終え、ようやくトレントの港の桟橋に降り立った私は、大きく息をひとつ吸い込んだ。外はよく晴れていて、水面に陽の光が跳ね返っている。潮の香りを含んだ海風が顔を撫でる。
幾日かぶりの地上の感触にほっとする。でも、なんだか海の上で揺られていた感覚がまだ残っているようだ。桟橋の上でふらつきそうになっている私をカイルが支えてくれた。そこに、凛とした声が降ってくる。
「――――ルナ!」
爽やかな夏の風のような響き。決して甘い声ではないのに、なぜかもっと聴いていたい気持ちにさせる。
振り仰ぐと、人間の姿のユージンが桟橋に立っていた。豪奢な金髪に青と金の瞳。15歳の少年のしなやかな身体は、美しい肉食獣を連想させる。いたずら猫の目元が私を見て微笑んだ。嬉しくなって、矢も盾もたまらずユージンの元に駆けて行こうとする。
――そこに、カイルの大きな咳払いが割って入った。
「んゴッホンっ!!ユージン王子殿下。こちらがエンゲルナシオン王国第二王女のルナ・シー様でございます」
……あ。そうだった。
これが、私とユージンの『初対面』なはずだったんだ。思いっきり抱き付こうとしちゃったよ。周りを見ると、メーヤを含む侍女達が目をまん丸にしてこちらを見ている。
……うーむ、後で何て言い訳しよう。
「……ルナ王女。お初にお目にかかる。ユージン・リュディヴィス・ノーランドだ。エンゲルナシオン王国よりはるばるご足労をかけたな。長旅でお疲れであろう。しばしトレントの屋敷で休まれよ。3日後に王都へ向かおう」
今さらではあるが、ユージンが居住まいを正し王子然として述べる。私も、ドレスの裾を持ち上げて最上級の敬礼を返す。
「ユージン王子殿下。ルナと申します。この度はノーランド公国への留学をお許しくださりありがとうございます。この機会に見聞を広げたく存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
私の挨拶にユージンは鷹揚に頷き、桟橋の近くに待たせてある侍従達の元へ導いてくれた。見ると、馬車が何台も用意してあるようだった。
「ルナ殿。よければ私の馬車に同乗されよ」
「まあ、これはご丁寧にありがとうございます。ぜひご一緒させてくださいませ」
よしよし、不自然じゃないわよね。
これならば、どこからどう見ても異国から着いたばかりの王女と、礼を尽くす王子のやり取りである。
侍女達に荷物を任せ、一足先にユージンと屋敷に向かうことになった。カイルは気を遣ってくれたのか、別の馬車を手配すると言って久しぶりに会った私たちを2人にしてくれたようだ。
馬車に乗り、2人きりになるとユージンがニヤリと笑って言った。
「……なかなか王女らしく振舞ったじゃないか」
「ユージンこそ。王子様っぽかったよ」
「おまえが駆けてこようとした時は焦ったたがな」
桟橋で抱きつこうとしてしまったことを思い出して、ユージンと顔を見合わせてひとしきり笑い合う。いたずら猫の目が笑った形のままだ。
私の王女としての礼儀作法は昨日今日で身に付けたものではないので、立ち振る舞いには自信があったが、ユージンの堂々とした態度には感心した。普段から偉そうだと、人間の姿になっても自信満々に振る舞えるものらしい。
私が塔に追いやられてから礼儀作法などを教えに通ってくれたのは、姉のレイラ王女だ。2年前に縁談相手が決まったリューイ王子とは異なり、今年20歳になったレイラはいまだ独り身だ。元々、8年も待ったのはリューイとレイラの縁談を邪魔しないためだったのに。まったく……。
レイラは昔からナギ先生にお熱を上げていたが、今もまだ好きなのだろうか。ナギ先生もいまだに独身だが、2人の間に恋が芽生えているような兆しは特に見えなかった。
……でも、もしかしたらシークレットラブが水面下で進行しているのかもしれない。
レイラとナギ先生の恋の行方に意識が飛んでいた私に、ユージンが話しかける。
「それにしても長旅だったな。よっぽど迎えに飛んで行ってやろうかと思ったぞ」
ユージンに言われて、長旅の道中を思い出してしまった。
「私も、あと1日でも船旅が長かったらユージンのとこに<瞬間移動>するとこだった。船酔いしちゃってさぁ」
「なんだ、ルナは船に弱いのか。じゃあやっぱりおれが迎えに行けばよかったな」
青と金の瞳が優しい光を帯びて私を見ている。久しぶりに会ったからか、ユージンはちょっぴりはしゃいでいるようだった。
8年前に初めて人間の姿に変化した時は、ユージンは7歳の子供の姿だった。そこから、私の成長に合わせてユージンも年齢を重ねるように見せてくれている。今は瑞々しい15歳の少年の姿だ。本性は実年齢不明のドラゴンなので、人間の姿の年齢はどうとでもできるというのは本当らしい。
ノーランド公国の王子としてのユージンが、私とちょうど釣り合う年齢になっているのには理由がある。
実は、エンゲルナシオン王国に『銀の乙女』として私が生まれてくることは何十年も前からわかっていたそうなのだ。そこで、私の生まれるタイミングに合わせて、王子としての人間のユージンを用意していたらしい。
ユージンの両親であるノーランド大公夫妻も本物の両親ではなく、実際はユージンに仕えるドラゴンが人間に変化した姿だ。普段ユージン王子はまったく人前にでない、という方針で、ほとんどノーランド公国にいない実態を適当にごまかしていたらしい。
もっとも、王子がずっと部屋に閉じこもっていることにするわけにもいかない。人間の姿のユージンの年齢が上がるにつれて露出の機会も当然増える。王子の生誕祭などといった国民に向けた大々的なイベントの際には<複製>の魔法で代理を用意してやり過ごすなどしていたらしい。随分な手間暇をかけたものだと感心してしまう。
つまり、ユージンは元々私をノーランド公国に連れてくるつもりで13年前から準備万端だったのだ。
件の密談の際には、国王とドマ師には私を連れ去ってドラゴンの国に行くだの、あれこれ言って脅していたのに。図らずも国王とドマ師の希望通りの結果となったわけだ。
まったく、私がユージンと行きたくないって言ったらどうするつもりだったんだろう?
人間ならぬ、狸の皮を被ったドラゴン。その狸ドラゴンが嬉しそうに話しかけてくる。
「やっとおまえを塔から出してやれた。何度あのいまいましい塔をぶっ壊してやろうと思ったか」
「毎日抜け出してたけどね。でも今はもっと自由な気分だよ」
「ああ。もうエンゲルナシオンには帰らなくていいぞ。おまえのノーランド留学は無期限てことになってるから」
そっか。
留学のこと、イノラーン王とうまく取り決めしてくれたんだね。
……これで、これからはいつもユージンと一緒にいられる。でも、なんだかそう口にするのが恥ずかしかった。しかし、ユージンは屈託なく自分の気持ちを言葉で表してきた。
「これからは、いつもおまえと一緒にいられるな」
「えっ…………う、うん」
「なんだルナ。なんで赤くなってるんだ」
「えっ!?赤くなんてなってないよ」
「いいや、なってる。よく見せてみろ」
「やだ」
「やだじゃない」
顔を隠そうとした私の両腕をユージンが優しく掴む。露わになった私の真っ赤な顔を、金と青の瞳が覗き込んできた。ニヤニヤしながらユージンがからかってくる。
「どうしたルナ。熱でもあるのか?なんだか熱いぞ」
そんなこと言われると余計意識して赤くなってしまう。ゆでダコのようになっている私を、ユージンはなかなか解放してくれない。
最近、ユージンはいつもこうやって私をからかってくる。まるで私に意識させて楽しんでいるかのようだ。
「もう……ユージン、意地悪」
上目使いで見上げると、なぜだかユージンが怒ったような表情になる。パッと私の手を離し、あさっての方向を向いてしまった。金髪の間から、赤くなった耳が覗いている。
……あ。ユージン、照れてる。
自分から仕掛けてくるくせに、いつも最後はユージンが照れてしまうのだ。
と、急にユージンが私に向き直った。あっと言う間もなく、そのしなやかな腕に抱きすくめられる。
………………何が起こったのか理解するまで、10秒ほど必要とした。緊張で身体は固まっているのに、顔はどんどん火照ってくる。
ユージンが、ゆっくり話し出す。
「……初めて会った時、言ったよな。おれとつきあえって」
低い声が、ごく近くで静かに響く。
「あの時、おまえはおれのこと何も知らないからと言って断った。じゃあ、今はどうだ?」
私を抱きしめている腕に力がこもる。ドキドキし過ぎて、頭がクラクラした。
「……今は……ユージンのこと、よく、知ってる……」
「そうだな。でも、全部じゃない。もっと、おれのこと知りたいか?」
私の耳元に息がかかる。思わず目を瞑って答えた。
「……うん。知りたい……」
ユージンは、何も言わなかった。代わりに、静かに私の頬に口づけた。ドラゴンの姿の時と同じように、冷たい唇だ。それなのに、頭の芯がじんとして、ものすごく身体が熱くなった。しばらくしてから、やっとユージンが私の身体を離した。
「今日はこれで許してやる」
「えっ……」
「なんだ。もっと別の場所にもしてほしいのか?」
「なっ……違……」
脳内が慌てふためく。自分でも真っ赤になっているのがわかるのだが、そう言うユージンも赤い。
そこに、ガタン、と馬車がひと揺れして止まった。どうやらトレントの屋敷に到着したようだ。ユージンが笑って言う。
「これからまたひと演技だな。さ、行くぞ」
私に向けて迷いなぬ差し伸べられた手。その手に、そっと自分の手を乗せる。
――――大丈夫。
ユージンといれば怖いものはない。
ゆっくりと馬車の扉が開かれるのを眺めながら、これから新しい物語が始まるのを感じていた。
これで、第1部『出会い編』完結です。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。ルナとユージンの出会いからこれまで、いかがでしたでしょうか。┣¨‡ (♡°ω°♡)┣¨‡
え?全然乙女ゲーじゃない?イケメンにも囲まれない?
ごめんなさい。第2部ではイケメンがたくさん登場する予定です。
生まれて初めて書いた小説なので、お読み苦しいところがたくさんあったと思います。この場を借りてお詫び申し上げます。
第1部だけで完結のようにしてみたので、ここまで読んでみた『ご感想』を一言、または『ご評価』をいただけると大変うれしく思います。
さらに応援いただけるならば、第2部もぜひお付き合いください。
今から書きためて、10月から順次投稿を始める予定です。
❤︎See you soon❤︎




