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7.episode:最終決戦

 

「魔王、覚悟————ッッ!!」

「……ッ!」


 勇者が振り下ろした光の剣の切っ先が、魔王の腕を深く切り裂いた。人間のものとは違う、真っ黒い鮮血が飛ぶ。

 しかし魔王はほんの一瞬だけ顔をしかめただけで、負傷していない左腕を勇者に向けた。


「っ、小賢しいッ!」

「うぁッ!?」


 魔王の手の動きに合わせるように、黒い斬撃が勇者を襲う。その重圧で、勇者は後方に吹き飛ばされて行った。

 受け身を取った勇者はすぐさま顔を上げ——


 そして、視界から黒い影が消えていることに気が付き、はっと息を呑む。


「なッ……!?」


 視線を四方に巡らせる。しかしこの大広間には、魔王の玉座しか置かれておらず、隠れるところなどどこにもない。それでもその姿は見当たらず……しかし確かに、あの禍々しい存在感だけは、痛いくらいにひしひしと感じている。まだこの部屋の中にいることは、間違いないのだ。


(——魔王はどこだ? 一体どこに隠れて————)


 緊張の汗が頬を伝った。静寂には、自分の荒い息だけが響く。

 勇者が、しめった手で光の剣を握り直した、その時——


「……っ?」


 影が、揺らめいた、ような。


 気付いた時には既に手遅れで。


「——人間風情が。余に歯向かおうなどと、笑止千万であるぞ」

「ぐっ……!?」


 勇者の影が大きく膨らんだかと思うと——その影から、魔王の姿が創り出された。

 咄嗟のことに反応が追い付かず、勇者は冷たく硬い石の床に転がされる。そして仰向けのまま喉仏を押さえつけられ、引きつった声を上げた。魔王はそのまま、片手1本で勇者の首を締め上げる。


「くっ……はな、せ……!」

「愚かなものだな、勇者よ。貴様は、しょせん、無力だ。どうしようもないほどに。それを自覚せず、無謀にも余と敵対しようとは……それも、あんな下衆どものために」

「かは、ッ…………!!」


 ひときわ、魔王が手に力を込めると。勇者の骨がギシギシと軋む音を立てた。酸素を求め、はくはくと唇が開閉する。


「せいぜい己の無力さを呪い、果てるのだな——さらばだ」


 そして段々と勇者の視界が歪み始め——






「————今、だッ……! やれッ、聖騎士……ッ!!」






 勇者が、仲間を呼んだ。

 それは、かつて彼を見放した筈の存在で。


「——任された!」


 勇者の合図と共に、どこからともなく現れたのは、全身を鎧で固め、レイピアを構えた騎士の男——聖騎士と呼ばれる男だった。

 聖騎士はレイピアの切っ先を、無防備だった魔王の背中に突き立てる。


「……ッ!?」


 完全に勇者に意識を向けていた魔王に、その攻撃を防ぐ術は無かった。

 すとん、と。思いのほか、軽い手応え。

 魔王の胸元を、聖騎士のレイピアが貫く。

 そして素早くそれを引き抜き、第2撃を振るおうと再び構えるも——今度は魔王が展開した魔力の壁によって阻まれてしまった。


「チッ……! さすが、魔王といった所か……普通なら一撃必殺なんだけどな」

「けほっ……聖騎士、ナイスタイミング! 隠伏魔術も、上手く行ったね」

「おう、無事か、勇者」


 聖騎士に助け起こされながら、勇者はまた魔王と対峙した。飛び退いて相手と距離を取り、刺された傷口を抑え、口元に血を伝わらせている魔王は、ひゅうひゅうと苦しげな呼吸を繰り返している。

 先ほどの防御から見ると、まだ魔法を使う余裕はあるらしい。しかし、随分追い詰められた状況だと言えるだろう。魔王は憎々しげな瞳を2人に向けた。


「貴様……どうしてッ……! 勇者は仲間から見放されたと、報告が……」

「1度は、ね。——でも彼だけは……聖騎士だけは、また僕について来てくれると……いや、共に戦ってくれると、言ってくれたんだ」

「それに、まさか天下の魔王サマのところに、単身で突っ込んで行くバカなんていないっしょ?」


 冗談めいた笑みを浮かべ——しかし油断なく魔王を見つめながら、聖騎士は言った。


「オレは、初め勇者から離れたのは、本人のためだと思っていた。命を無駄にするくらいなら、戦いから身を引いた方が良いって。——でもそれは違ったんだ。勇者は決して諦めなかった。どれだけ負けても、1人になっても……それが、こいつなりの強さだって、オレは気付かされたんだ。どんなに魔物を倒せる奴より、よっぽど、本当の強さなんだってことを。……そんな奴に気を使って距離を取ったなんて、馬鹿らしい話だったぜ」

「……はっ! くだらん戯れ言を……」

「うん、そうだね、友情だの努力だの勝利だの、小っ恥ずかしい戯れ言だよ。……でも、本当の本気になったら……こんなにかっこいいでしょ?」


 勇者が口角を上げる。そして、真っ正面から向き合った魔王に、光の剣の切っ先を向けて。


「——これで終わりだっ、魔王!!」

「調子に、乗るなよ……! 人間如きが!!」


 全てを白く染め上げるような光の力と、全てを等しく呑み込むような闇の力——2つの相反する力は拮抗し、互いの力を削り合う。


「うおおおおおおおッッ!」

「あああああッ!」


 負傷してもなお、魔王の力は圧倒的だった。徐々に光の剣が押し戻されて行く。


「——でも! 僕はもう……1人じゃ、ないんだッ!」


 勇者がそう叫んだ瞬間。


「オレを忘れんなよ、魔王!」


 魔王の背後に回った聖騎士がレイピアを閃かせた。今度はそれを防御できた魔王だったが——


「チャンスだっ、勇者!」

「ッ……!!」


 魔王が聖騎士に意識を向け、一瞬の隙が生まれ。

 光の剣が魔王に向かい振り下ろされ——


「……が、っは…………!!」


 袈裟斬りを受けた魔王は、短い悲鳴の後、力なく膝をついた。

 傷口からはとめどなく血が溢れ、深紅の瞳からは次第に光が失われて行く。


「ぐッ……余は……、認めぬぞ……! 人間などに、敗北するなど……!! まだ、死ねぬ……余の民のために…………ッ」


 それでもまだ歯を食いしばり、血気の強い視線を向ける魔王に、勇者はほんの僅かに剣筋を彷徨わせた。


 ——懸命に、生きているじゃないか。

 ——魔王だって、訳があって人間界を攻めたのだ。

 ——彼が守るべき、魔国の民のため。

 ——その命を奪うことは……本当に正義なのか?


 しかし、その剣を持った手に、仲間の手が重ねられ、ハッと我に返る。


「勇者……早く、とどめを。こいつはもう虫の息だ。放っておいてもその内息絶えるだろうが……せめて早く、楽にしてやれ」

「……でも……僕、は……」


 視線を揺らせた勇者に、聖騎士は、その手を握る力を強めた。


「……いいか。これは戦争なんだぞ。それも、もう後戻りなんてできない所に来ちまったんだ。あいつを倒すことでしか、オレ達人間は平和を得られない。——お前が躊躇うなら、オレが代わりにその剣を取ってやるぜ」

「聖騎士……」


 仲間の意思の強い瞳に、勇者は、唇を噛んだ。そして、唾を呑み込み——再び光の剣を握り直した。


「……いや。これは僕の役目だ。僕の、責だ」


 そうだ。

 自分がやらなければ。

 自分が、背負わなければ。

 ——その目にもう、迷いはなかった。

 ただ、罪人のような、何かを覚悟したような、何かを諦めたような、くすんだ青をたたえているだけで。


「魔王……悪いけど、僕はここでお前を殺さなきゃいけない……。許せとは、言わない。でも、魔国のために、人間ができることを、考えよう。僕の生涯を、僕が壊したこの国に、捧げよう」

「ふざけるなッ……! 今更、人間が我らに、できることだと……? 余の民が、今まで貴様らに、どれだけ苦しめられたことか……どれだけの罪無き命が奪われたことかッ!!」

「……ごめん。たぶん、どんなに謝っても足りないけど……それでも、ごめん」


 そして。

 泣きそうな顔で、勇者は最後の一太刀を振るい。




 世界は、平和を迎え————————




 たかのように、思えたが。




 光の剣が魔王に届く、ほんの数センチ間際、異変(・・)が起きたのだ。

 勇者と聖騎士は、目の前で起きた不可思議に、目を瞬かせる。


「えっ……!?」

「そんな……どうして!?」


 2人が驚愕に顔を歪め、戸惑いをあらわにする前。

 ——そこに、世界を混乱に招いた魔の王の姿は無かった。

 勇者は気を緩めずに周囲を見回す。しかし、部屋のどこにも、自分の影の中にも、あの禍々しい気配は感じられない。


「————魔王が……消えた……?」


 呆然とした呟きは、主のいなくなった広間に、虚しく響き渡った。




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