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光を求めて  作者: momo
3/4

その3




 「嫌なにおいがする。」


 カローレに抱かれる度、アルトは心底嫌そうな顔でジェシカを寝台に引き込んだ。カローレの移り香をすべて消し去る様にジェシカの頭から足の爪先まで撫でまわし、最後には足を絡めて強く抱きしめる。


 ああ、アルトも狂ってるんだと感じるとジェシカは何故か嬉しくなってしまった。死んでしまう方がずっと楽だと思えた方が良かったのかもしれないが、ジェシカにはアルトという父母を同じくする兄がいる。濃い血を求めるのはそう仕向けられたからなのか、それとも魔術師ゆえの性なのか。けして肉体には踏み込みはしなかったが、ジェシカは何処かでアルトを求め、アルトもジェシカを求めているのだろうと感じていた。


 カローレとの逢瀬はそう長くは続かなかった。ジェシカが妊娠すると同時にカローレは戦場に向かい、悪阻が落ち着いた途端にジェシカも新たな戦地へと向かわされる。それに護衛騎士として同行したのはメゾであった。メゾはジェシカと再会した途端、酷く驚いた表情を隠しもせずジェシカを見据えていた。


 「まだ目立たないけどよくわかったわね。子がいるから。」

 「報告受けたから知ってるし。そっちに驚いてんじゃねぇよ。」

 「何に驚いてるの、気持ち悪い?」

 「まぁ、その…あの時は悪かった。ちょと見ない間に随分と綺麗になったと思ってさ。でも目が死んでる。」


 正直なメゾにジェシカも確かにと同調する。子を宿した魔術師の目はこんな風に全てをあきらめ淀んだものではなく、少なくとも喜びに輝いている筈なのだ。


 旅の途中でジェシカの妊娠は呆気なく終わりが来た。

 直前まで前兆となる出血や腹の痛みは全くなかったというのに、深夜突然激痛がジェシカを襲ったのだ。ジェシカの異変に気付いたメゾが医者を呼びに走ったが、医者を連れて戻って来た時には大量の出血と共に子は流れてしまっていた。


 自ら望んだ子供ではなかったが、子を失った消失感で暫く動く事が出来なかった。体は一晩で元通りになる特異体質であっても精神的なものはどうしようもない。数日するとまたあの日々が繰り返されるのかと思考が動き出す。カローレは優しく抱いてくれるし嫌いではないが、役目でなければ互いにその様な関係にはならなかっただろう。初めてのジェシカに経験豊富なカローレが選ばれただけ。このまま帰還すれば新たな相手をあてがわれるのだ。


 悔しいがそれでも戻る他ないと考えていたジェシカにメゾが戦地へ向かうと背を押した。子供が駄目であった場合はそのまま戦地へ向かうよう指示を受けているらしい。ジェシカに馬に跨るだけの体力が戻ると二人は戦場に向けて旅を再開した。


 戦場には腹の膨れた魔術師がいた。女は大抵腹に子を宿したまま戦に参加させられる。安静にしていた方がいいのだろうが、アルファーンの軍事力は魔術師で持っている様な物で、魔術師が急激に減少する今は妊婦であろうと動けるなら動かされる。なにより回復魔法を操れる限りは胎児に影響はないと考えられていたのだ。


 ジェシカはメゾに守られながら戦に立ち、夜になると男に抱かれた。どちらに戻っても同じだったのだ。戦場で敵を殺した夜の魔術師はカローレの様に優しく抱いてはくれない。苦痛の夜に早く子が宿れと必死で願いつづけたが、戦場が落ち着いてもジェシカは妊娠しなかった。


 情事の後ジェシカは自分の天幕に相手の魔術師を残し暗闇に紛れた。逃げるつもりはなかったが、酷く抱かれた体でその魔術師と同じ空間にいたくなかったのだ。


 敵味方、双方の死体が転がる戦場の痕跡をぼんやりと見下ろす。月明かりでは不確かだが、腐りかけの遺体が放つ独特の悪臭が辺り一面に漂っていた。


 地面に腰を下ろしひたすら前を見詰めていると隣に無言で人が座った。急な気配にびくりと体が弾けたが、相手がメゾと解るとほっと溜息を落として視線を前に戻す。


 「逃げたいか?」


 あっさりとし過ぎた物言いに驚いたジェシカは目を瞬かせた。見上げたメゾの漆黒の瞳が強くジェシカを見詰めている。唾を吐いた男はもういない。側にいすぎたせいで彼は知ってしまったのだ。


 「逃げないよ、魔術師だもの。」

 「人だ。」


 魔術師に人権なんてない、アルファーンが支配する兵器だ。何だか可笑しくなってくすりと笑うと、メゾは憤慨したように鼻を鳴らした。


 「メゾはどうして騎士になったの?」


 大抵は食べて行く為だと解っているが一度も聞く機会がなかったので質問してみると、大きな溜息の後に肩の力を抜いたメゾが胡坐をかいた膝に肘を乗せ前のめりになった。


 「食う為だ。」


 予想通りの答え。それで終わりと思われた会話だったが今夜のメゾは饒舌だった。


 「実家が貧しい農家でな。俺は八人兄弟の四番目で、男は俺と一番年上の兄だけだったから俺が家を出て金を稼ぐしかなかった。上の姉二人はどっちも売られたよ。下の姉を買った奴について都まで来て兵士になったのが十二の時だ。その後にすぐ下の妹も売られた。兵士から騎士見習いになるのがもっと早ければ売られずに済んだんだがなぁ。」


 洩れた溜息は自虐的で、メゾが家族を愛している様子が伺えた。

 長男は家を継がねばならないが、貧しさゆえにその後に産まれた男に相続させるものがある筈もない。手っ取り早く稼ぐには戦場に立つしかないのが貧しい人間の常識だった。


 「お姉さん二人は都にいるの?」

 

 ジェシカの問いにメゾは黙って首を振る。メゾの言う売られるの意味は労働力ではなく、男が一時の快楽を得る為に訪れる娼館にという意味だ。貧しい農家の娘が売られる先はけして環境が良いとはいえず、病に倒れ若くして命を落とす娼婦がかなりの数存在していた。子供のままなら知りもしなかった情報は今夜の己と重なる。


 「妹さんは?」

 「とうに死んだが他は元気だ。」

 

 だから騎士を続け護衛騎士にまで上り詰めた。騎士にまではなれても護衛騎士はなりたくてなれるものじゃない。メゾの稼ぐお金で残された家族は生きているのだろう。


 「わたしにも両親を同じくした兄がいる。知らないだけで他にもいるかもしれない。兄も頑張ってるのに逃げようなんて思えないよ。」

 「兄って魔術師だろ?」

 「今度紹介するわ。」

 「いらねぇよ。」


 こんなふうな個人的会話は初めてだった。アルトを『兄』と言葉にした事もない。魔術師の間では血の繋がりを表現する言葉は禁句の様な物で、産んでくれた人に対してすら母ではなく名前で呼ぶ。メゾが育ったような家族としての空間は知らなかったが、騎士になるのがもっと早ければ妹は売られなかったと溜息を吐き呟いたメゾからは家族への愛情が伝わって来た。


 なぁと、メゾがジェシカに呼びかける。


 「逃げたいか?」

 

 同じ質問をされおかしくなってくすくすと笑ってしまった。


 「何がおかしいんだよ。」

 「だってメゾがそそのかすから。」


 魔術師を嫌悪している筈なのに同情させてしまったか。


 「そもそもわたしは世界を知らないのにどこに逃げるのよ?」

 「俺がついて行ってやるよ。」


 なんでもない事の様に口にしたメゾにジェシカは水色の瞳を見開くと、ゆっくりと瞬かせすぐ隣に座るメゾの闇にも溶けきれない漆黒の瞳を凝視した。


 「あなたには守る家族があるでしょう?」

 「あるな。」

 「わたしにも、手を離してはいけない人がいるの。」

 「兄貴?」

 「うん。」

 

 そうか…

 メゾはそれ以上何も言わず、ジェシカも黙って暗闇に視線を戻した。





 *****


 護衛騎士であるメゾに守られ、ジェシカは幾度も戦場に立つ。その度に大きな腹を抱え、四人の子を産み落としたが、赤子がその後どうなったかなどジェシカには知らされなかった。

 

 何時も通りの陰鬱な日常。それが崩れ去ったのはジェシカが十八歳の時。長く戦場から退き繁殖に使われていたアルトが前線に立つと決まったのだ。アルファーンが攻め入った国が新たな兵器を開発し多くの魔術師が死んで戦況が悪化したのが原因だった。


 けれどアルトが戦場に立つ前に、アルトとジェシカに別の任務が下る。上官の言葉はジェシカの思考を凍りつかせる命令だった。


 「アルトの子を産め。」

 「なにっ…を。ぼく達は父と母を同じくする兄妹だ!」


 アルトは絶句しながら上官に食ってかかる。この頃のアルトは魔術師たちの中でも一・二を争う力の持ち主となっていた為、食ってかかられた上官も後退りながら首を振った。


 「馬鹿げた事を言うな、魔術師の間では父親が不明であるのが常識だ。お前たちの母がアリア=オクティヴァであるのは認めるが、だからとて交わりを禁止している訳ではない。」

 「馬鹿言うなっ!!」

 「厳命だ、逆らえば処分されるぞ!」

 「処分でも何でもしろ、その前にお前の命はないと思えっ!」


 アルトから魔術の攻撃が繰り出される。慌てた上官は防御癖を張ろうとするが間に合わない。そんな二人の間にジェシカが割って入った。


 「止めてアルト、魔術師が滅べば帝国も滅ぶ!」

 「滅んでしまえ!」

 「アルトっ!」


 上官を庇うジェシカを爆風が襲う。けれど襲ったのは風だけで、一瞬だけ体が浮いたがそれ以上の攻めは受けなかった。やがて風が治まり眼を開けば眩い日差しが降り注いでいる。

 瞬きの間でアルトがつくり出した防御壁が二人を護り、アルトの怒りの爆発である攻撃は怒りをかった上官ではなく建物を粉砕させた。結局は同胞を殺せない。


 ジェシカの背に庇われた上官が大きな溜息を吐いてからアルトの前へ出た。

 

 「お前で無理ならテンペストーゾが代わりになる。」

 「あんな激しい男っ―――それに、あいつは……」

 

 アルトは今にも泣きそうに顔を歪め肩を落とす。そんなアルトに注がれる上官の目はけして威圧的ではなく憐れみに満ちた物だった。


 「どうせ孕んでも俺の子は育たない。」

 「ジェシカの腹は強い。流産した最初の子を除けば後の妊娠は全て出産に至っている。」


 アルトにも妊娠させるだけの能力はあるのだ。ただアルトの血を引いた胎児はどういう訳か出産にまでこぎつけない。帝国としてはアルトの能力を継ぐ魔術師をどうしても残しておきたくて、アルトとジェシカが父母を同じくする兄妹と解っていながらそれを要求しているのだ。ジェシカは死に繋がる傷を抱えても一日あれば回復するという異常体質の持ち主で、それの影響なのか四人の子を残した実績は魔術師としては異例の事態だ。

 俯いて考え込むアルトに上官が追い打ちをかける。


 「テンペストーゾの方が子を残せる確率が高い。ジェシカの腹が空いている以上、お前が断れば私もこれ以上は庇いきれないのだよ。」


 血がにじむ程に強く握り締めた拳を震わせ、怒りと悲しみを湛えた瞳でアルトは上官を睨みつけた。


 「ぼく達はいつまで奴隷なんだ!」


 吐き捨てるとジェシカの手をとって駆け出していく。そんなアルトにジェシカは黙って従うしか出来なかった。







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