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光を求めて  作者: momo
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その2




 ジェシカの長かった髪は肩よりも短い位置で綺麗に切りそろえられている。大人びた印象が強かったが髪を短くしたお陰でぐっと子供らしく見える様になった。


 初陣で瀕死の重傷を負ったジェシカは魔術師の手により命を繋ぎ止められた。それすらも奇跡といえる状態であったのに、更なる奇跡がジェシカに起こる。


 魔術師の力では出血を止め火傷を軽くし腕を繋ぐのが精一杯でジェシカが生き延びる確率は極めてゼロに近かったのだが、一晩明けると受けた傷跡が綺麗さっぱりなくなり、元の白い肌と不具合なく動く腕が戻ってきていた。


 ジェシカには防御や回復の魔法はこれっぽっちも使えやしない。けれどその代わり魔術師にも理解不能な再生能力を持った肉体を持って生まれたのだろうと推測された。ジェシカだけがもつ独特の現象は彼女の未来を蝕む原因として一生つき纏う事になる。


 傷が癒えても身に受けた精神的な恐怖は消えない。肉を焼かれ腕を失いかけた苦痛は恐れとしてジェシカの心に残った。それでも戦場に立つのが魔術師に与えられる使命である限り逃れる術は無かったのだが、幸か不幸か戦場に生きる覚悟を決めたジェシカに帰還命令が下る。


 ヴィブが流産したのだ。アルトの子を流したのはこれで五度目。それ以前にもかなりの数の妊娠を経験しながらも産み落とせないヴィブに望みは薄いと帰還命令は下らず、ジェシカは初陣を経験しただけで都に戻るように指示を受けた。実力は無くともアルトと同じ両親をもつジェシカが産む子供に期待したのだ。


 腹が膨れるまで宿せたのにと落ち込むヴィブを残し、ジェシカは来た道を馬に揺られ帰っていく。産まれる事がアルトの為になるといったヴィブの言葉と嬉しそうな顔が忘れられない。恐らくアルトは多くの魔術師を孕ませながらもそれ止まりなのだろう。近親婚を繰り返し過ぎた魔術師たちに待っている末路が何であるか誰もが知っているだろうに、それでも目を背け繰り返し続ける。アルファーンが満足し戦を止めるその日まで……きっとその後も魔術師が滅ぶまで続くのだ。メゾの様に嫌悪を露わにし唾を吐いたらどうなるだろう。異質な行為に気付いている魔術師は少なくない筈なのに、認めない事で自我を守っているのかもしれないとジェシカは胸が苦しくなった。





 *****


 都へ向けて最後の宿場でジェシカは腹痛に倒れる。嘔吐や下痢は無く無理をすれば動ける状態だったが、メゾはジェシカを寝台に押し込み悪態を吐きながら医者を呼びに走った。


 態度と裏腹に優しい人だと思う。初めて会った時は全力で拒絶されたし、魔術師と護衛騎士という二人きりの付き合いがあるのに距離を縮めてはくれないが、穢れたものを見る目はしなくなった。魔術師に対する偏見を持つ人間が多い事を外の世界に出て知ったが、メゾは近くで目の当たりにして魔術師への感情を嫌悪から同情へと変化させたのかもしれない。


 腹痛に耐えながら大人しく寝台に横になっていると股の間に違和感を覚えた。ぬるりとした嫌な感触に眉を顰め起き上がると白い敷布が赤く染まっている。何が起きたのか理解したジェシカからさっと血の気が引いた。同時にノックもなしに扉が開かれびくりと全身が震える。


 「なんで寝てねぇんだよっ!」


 怒りで目を吊り上げたメゾの後ろには初老の医師らしき男がいた。ジェシカは慌てて掛布を引き寄せ首を振る。


 「いらない、良くなったから―――」

 「んな真っ青な顔して良くなってるわけねぇだろが。」

 「いいらないってば!」


 絶対に知られたくないと、掛布を頭からかぶり全力で否定して布団に潜り込むがメゾは許してはくれなかった。ジェシカが固く握っていた掛布は呆気なく取り払われ、鬼の形相のメゾがジェシカを見下ろす。


 「泣く程痛いんだろうが――――何震えてんだ、寒いのか?」

 「やだっ!」

 「我儘言うなよ、悪化したら―――」


 そこで異変に気付いたメゾが言葉を飲み込む。知られた、どうしようと戸惑うジェシカを残してメゾは入り口で待つ医者へと詫びを述べた。


 「すみません。さっきよりも良くなってるたみたいなんで、せっかく来てもらって悪いんですけど。」

 「いや構わんよ。若いお嬢さん方はそんなもんです。」

 「金は払いますから。」

 「悪いねぇ。」


 メゾと医者のやり取りを聞きながらジェシカは震えていた。多数の香を纏ったアルトの姿が思い出される。自分の相手は誰だ、知っている人だろうか。子を孕む道具として扱われる運命をこれ程身近に感じた瞬間は初めてだった。


 頭に掛布を被って潜り込んでいたジェシカは、寝台が沈んでメゾがすぐ側に座ったのだと理解する。医者を帰したのだ、メゾもジェシカに何が起きたのか解った筈だ。これは病気じゃない、子を宿せる体になった印。明日からは誰かの子を孕むまで魔術師だけの世界に縛り付けられるのだ。


 「隠しとけ、俺も報告しねぇから。だまっときゃばれねぇよ。」

 

 幻聴かとジェシカは目を見開いた。





 *****


 ごまかし続ける事なんて無理だというのは解っていた。きっとメゾも解っていただろう。だからってメゾにこれ以上の何かが出来た訳ではない。初潮を迎えたジェシカが出血が治まってから魔術師たちの住処に帰ると、謹慎を解かれ反省坊から出されたアルトが飛びつく勢いでジェシカを迎えた。初陣で怪我を負ったジェシカを心配して全身をくまなく調べると、やっと安心したようにほっと息をついて額を重ねる。


 「無事で良かった。」

 「初潮が来たよ。」


 額を突き合わせたアルトにも聞こえるか聞こえないかの小声で囁くと、アルトは一瞬凍り付きそのままジェシカを抱き締めた。


 「知られた?」


 メゾに知られたのかと確認され頷くと更に力を込めて抱き締められる。


 「報告される前に殺すよ。」


 物騒な。


 「大丈夫、報告しないって。黙っておけばばれないって言ってくれた。」

 「仲いいの?」

 「よくはないよ。」


 アルトは疑っていたようだったがメゾは約束を守ってくれていたようだ。けれど秘密は露見するもので次に月経が来たときは多くの目があり隠しきれなかった。アルトはジェシカの出血が治まると魔術師たちが住まう居住区を許可なく抜け出そうとしたが、警戒していた他の魔術師たちに捕獲されてしまった。アルトが重い罰を受けるのではと心配したジェシカはそれ以上逆らわず、他の魔術師たちの様に素直に従う事に決める。





 *****


 引き合わされたのはカローレという青年だった。歳は二十代半ばの落ち着いた雰囲気を纏う魔術師はジェシカを外の世界に誘う。アルトの時は捕まったのにカローレは外出許可症の一つも確認されずに門を潜るとジェシカを連れて城下に下りた。

 

 カローレはジェシカをまるでお姫様の様に扱い散策を楽しませてくれた。けれど最後に待っていたのは現実で、庶民では到底利用できない高級宿の一室にジェシカを連れて行ったのだ。


 何をするのかなんてわかりきっている。黙ってついて来たのはジェシカで、ここまで来て嫌だと拒絶するつもりはない。だからとて納得している訳ではないのだ。子供を作る道具になる事に疑念を抱き黙り込んでしまったジェシカにカローレが優しい微笑みを向ける。


 「納得できないって顔だね。」

 「あなたはどうやって納得したの?」

 「納得なんてする必要がなかったよ、それが自然の摂理とすら感じていた。大抵の魔術師は成人するまで外界との接触を行わないし、私にはアルトの様な存在もいなかったからね。」

 

 惑わされたのはアルトのせいだと暗に言われた気がして押し黙ると、少し離れた位置に立っていたカローレがゆっくりと近付きジェシカの肩に手を置いた。


 「これでも上の者達はアルトの考えを最大限に考慮して私を選んだんだよ。」

 「アルトの考え?」

 「私と君との血縁関係は極めて薄い。これ以上薄い存在を捜すのが困難なほどにね。」


 血縁関係がない訳ではない。けれど異母兄弟や従兄、おじ姪の関係ではないと紡ぐカローレにジェシカは横に首を振った。


 「それだけじゃない。個人の意志や感情を無視し、兵器として生産され続ける現実に異議を唱えているのよ。」


 外の世界を知れば魔術師の誰もが自分達が異質であると感じた筈だ。


 「じゃあ反乱でも起こす?」


 愉快そうに告げるカローレにジェシカは瞳を瞬かせる。


 「私達魔術師が団結すればアルファーンを制圧するだけの力はあるよ。でもその後は? 魔術師は同族以外に大した興味がないから、反乱に成功したからって国を背負っていけるだけの力もなければ意欲もない。それにね、同族に対する愛情は深いけど放っておくと繁殖しないって知っていた? 魔術師の血が濃ければ濃い程繁殖行為に興味を無くしてしまうから同族間の婚姻は難しいんだ。だからって外界の者と婚姻を繰り返せば私達は瞬く間に滅んでしまう。魔術師が魔術師として生きて行く為に必要なら、多少意に添わなくてもこれくらい仕方がないと私は思ってるんだけどね。」


 同族愛護精神が強いのが魔術師だ。アルトがジェシカに抱く執着芯からも血が強ければ強い程現れるのだと身をもって知っている。だからって、尊厳を踏みにじられてまで生き続けて行く価値は何処にあるのだろう。


 「なら滅べばいい。」


 滅んでしまえと言い捨てたジェシカに対し、カローレは微笑みを浮かべたままジェシカから手を離した。


 「私は生きたいし、大抵の魔術師がそうであるように苦にも感じていないから現状を受け入れている。ジェシカ、君やアルトの考えの方が魔術師の中では異質なんだよ。」


 確かにそうだ。外界を知らず育てられ、それが当然とすり込まれる。間違っているのは外界の方かもしれないと思えない事もないが、血族間の婚姻により濃くなり過ぎた血のせいで子供が生まれなくなってしまったのだ。これこそが自然の摂理から外れてしまった証拠だろう。


 「君も魔術師の世界で生きているのなら現状を受け入れなければならない。どうする、嫌なら無理にはしないけど。けれど私が拒んでも次があてがわれるだけだよ。」

 「あなたが拒む?」


 ここまできてカローレから拒まれるとは思っていなかったジェシカは驚いて目を丸くした。


 「上の魔術師たちはね、君の特殊な体質が子に受け継がれるのか深い興味を持っているから逃れる事は出来ないよ。ただ私が拒めば猶予が出来て逃げ出す機会はあるかもしれない。」

 「わたしが拒むのはなしなの?」

 「そういう事が起こらない様に、初めての娘には薬を使う決まりなんだ。」

 「薬って?」


 眠らせて事を成すつもりなのだろうかと一歩後ろに下がるとカローレが苦笑いを浮かべた。


 「媚薬。初めてでも気持ちよくなれるから男を受け入れやすい。」

 

 媚薬の存在は知っている。薬を使われたらきっと逃げ出せないだろうし、使われなくてもカローレが魔術師としての実力で勝っているのは確実だ。ジェシカがこの場から逃げ出すというのはカローレが手引きしたとすぐに露見してしまうだろう。


 「あなたに拒んでもらうと、あなたは罪に問われない?」

 「拒むというのは君を見捨てるのと同然だからね。次の相手はきっと―――絶対に君を逃がさない。だから私に拒まれてあそこに帰り着くまでに何とかして逃げ出すしか道はないよ。相当の覚悟が必要になる。」


 カローレがジェシカを抱かなくても仲間のもとに戻れば次の相手があてがわれるだけだ。それまでの時間で逃げたいなら逃げろとカローレはジェシカを唆す。けれどそれはアルトを見捨てるという事にもつながるのだ。


 「解った。薬は使わなくていいからわたしを抱いて。」


 アルトを一人にはできない。それにここで彼を拒否しても次の相手はジェシカを逃がしてはくれないらしい。だったら逃げの提案をくれたカローレにこのまま抱かれよう。どのみち受け入れなければならない運命なのだから。


 ジェシカの宣言にカローレは少しの間を置いてから再度ジェシカに歩み寄ると、腕を引いて大きな寝台へとジェシカを優しく押し倒した。


 





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