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光を求めて  作者: momo
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その1

アゼルキナ砦の魔術師に名前だけ出て来たジェシカのお話で、時代的には百年ほど前のお話になります。

直接的な描写はありませんが、近親相姦や、人としての尊厳を踏みにじる背景が出てきます。苦手な方、現実と空想を混同される方はお読みにならないで下さい。




 アルファーンが王国から帝国へと領土を拡大する時代。ジェシカ=オクティヴァは戦場の真っただ中で産声を上げた。


 戦場で産気付いたジェシカの母アリアは後産、胎盤を体内から出しきってすぐ、生まれたばかりのジェシカを護衛騎士に託し、自身に回復魔法をかけその足で戦場へと復帰した。

 それがアルファーンに生まれた魔術師に与えられる使命。出産ぎりぎりまで戦場に立ち国の為に仕える。出産間近だったアリアには出産までの母体を補助する為に護衛騎士がつけられたが、護衛騎士はアリアが子を無事産み終えた後は魔術師となる素質を宿した子供を無傷で都に連れ帰るのが役目となっていた。


 護衛騎士が赤子を託されて間もなくアリアは戦場で死んだ。酷使し続けた肉体はアリアの魔術ではどうにもできない状態にまで痛めつけられていたが、アリアは敵兵数百の命を道連れに戦いを勝利へと導いた。


 




 血の繋がりという点においてジェシカには多くの兄弟姉妹が存在したが、誰一人として兄や姉と呼び合う仲にはなかった。ジェシカだけが特有ではなく、魔術師として生まれた誰もがそうであるように、血の繋がりという概念を取り上げられていたのだ。

 強い魔術師の血統を守り続ける為、血縁と認めるのは父と母のみとされ、同じ母親の胎内から生まれた子供ですら他人と教え込まれた。ジェシカの母親はアリアだが、父親はアリアの叔父にあたる誰かであるとしか解らなかったし、それで何かに困る環境でもなかったのだ。


 そんな中、ジェシカが十三歳になった時一人の少年に引き合わされる。

 通常魔術師は十四、五歳で初陣を踏むのが常であったが、引き合わされた少年は力が強く五歳の幼少期より戦場に立ち続けているのだという。落ちこぼれの部類に入るジェシカは目の前の少年を嫉妬を孕んだ眼差しで観察した。


 青みがかった銀色の髪に氷の様に冷たい印象を与える薄い水色の瞳。肌は真っ白で容姿は整っているが冷たく近寄りがたい印象しか与えられない。

 髪も瞳の色もジェシカと同じ。歳もさほど変わらない様子だ。

 嫉妬心を隠して微笑みかけるが少年の表情は変わらず、目の前のジェシカを見ようともしなかった。


 「わたしはジェシカ=オクティヴァよ。あなたは?」


 返事をもらう事など期待してはいなかったがジェシカが名乗ると少年は瞳を瞬かせジェシカを捕らえた。

 凍える様に冷たい視線が一転、温もりに満ちた水色に変化を遂げる。あまりの美しさに抱いた嫉妬心など吹き飛んでしまった。 


 「アルト=オクティヴァ。」


 薄い水色の瞳に瞬き一つで宿った歓喜。

 これがジェシカと、両親を同じくするアルトとの出会いであった。






 *****


 「なんで父親が同じって解ったの?」

 「ぼくには見えるから。」


 生まれた子供は母親の姓を名乗り、父親が誰かなど興味を抱かないのが魔術師というものだ。強い魔術師を生産し続ける為に血縁など完全に無視され、個人の感情ではなく命令によって生殖が行われる。生まれてすぐに母親から引き離されるが、一族の中で大切に育てられる彼らは同族意識が強いのが災いし、誰が母親か父親かなんて大した問題ではなかった。


 けれど幼少期より魔術師の集団を出て戦場に立たされたアルトは、世界が自分たちをどのような存在として見ているのかを幼い頃より感じて知っていた。核家族として生活する彼らの形態は魔術師とはまったく異なり血統を保つ為に尊重されるのは長子で、血を濃くし肉体や精神に疾患を伴う例が強く出る近親婚は厭われているのだ。

 叔父と姪、そんな関係にある両親も生きてはいない。母は戦場で死んだが叔父は先天的疾患が原因の死だった。魔術師が繰り返す近親婚は出生率を極端に下げたばかりか、生まれた子の生存率も極めて悪い。アルトを生み、その翌々年にジェシカを産み落としたアリアの様な例は世間一般にはよくある話でも、魔術師にとっては奇跡のような出来事だった。


 国の思惑通り、アルトは優秀な魔術師として生を受けた。けれどジェシカはそうではない。そうではないが、アリアとその叔父の血をアルト同様に受け継いでいるのは間違いなかった。そんなジェシカをアルトは溺愛し、同年代以上の男が近付くのを極端に嫌って遠ざけた。誰にでも平等にと訴えるジェシカに自分は『兄』でジェシカは『妹』という、同じ両親から生まれた存在が特別であるのだと教え続ける。


 アルトの側はとても居心地が良かった。アルトはジェシカの側から片時も離れなかったが、ジェシカもアルトの側にいた。はたから見ると仲睦ましい兄妹だったが、同じ両親をもつジェシカにアルトの方がとても強く依存していた。


 十三歳の妹に十五歳の兄。

 年齢からいえばとても有り得ない事だったが、魔術師の集団に戻ったアルトは眠る時すらジェシカの側を離れなかった。初めて引き合わされた夜からアルトはジェシカの部屋を訪れ、同じ寝台に潜り込んだのだ。初日は驚いたが、夜中にうなされるアルトに縋りつかれてより疑問にすら感じなくなった。


 「酷い目にあったのね、可哀想なアルト。」


 小さな子供をあやす様に、アルトの悪夢が収まるまで背を撫で続ける。日が進むとアルトがうなされる夜は格段に減り、それに合わせてアルトが深夜にジェシカの寝台を抜け出す事がある様になった。一時間ほどで戻ってくるのだが、その時にアルトは酷く疲れきっていて、心配になったジェシカは寝たふりを止めて口を開いた。


 「どこに行ってたの?」

 「部屋に戻ってただけだよ。」

 「自分の部屋で眠りたいなら―――」

 

 かまわないからと続ける予定の言葉はきつく抱きついて来たアルトによって遮られた。ふっと鼻をくすぐるアルトではない甘い香りは、ジェシカにも覚えがある。

 

 「いやだよ、いやだ。ジェシカの側にいないと心配なんだ、安心できない。」


 震えるアルトの背を撫でるジェシカには何も言えなかった。





 *****


 アルトのしている事はなんとなく解っていた。子供の頃から戦場に立つ優秀な存在がここに戻って来た理由はそれなのだろうと、まだ子供のジェシカにも夜毎違う香りを纏って戻ってくるアルトの様子から簡単に推測できたのだ。


 それは魔術師としての仕事の一つ。優秀な遺伝子を残さなければアルファーンの国力は衰え、国は滅んでしまう。アルトは子をつくる為に戻されたのだ。魔術師としての責務とジェシカもそれを受け入れる覚悟はあるが、アルトはそれをとても苦痛に感じているようだった。そしてジェシカを案じて共に眠るのは、ジェシカにもその役目がやって来るのを恐れているからなのだと解ってしまった。まだ初潮も迎えていないジェシカには無用の心配だったが、いずれ近いうちにやってくるのは自然の摂理だ。


 そんな二人の関係も長くは続かない。ジェシカに出陣命令が出たのだ。


 攻撃は得意だが防御が全くできないせいで、落ちこぼれの部類に入るジェシカの出陣命令には多くの魔術師が反対した。同族意識が強い彼らは仲間の死を我が事以上に恐れる傾向にある。けれど上からの命令には結局逆らえず、アルトは魔術師団長に直談判に行った先で怒りを爆発させ、反省坊行きとなった。


 防御のできないジェシカには護衛騎士がつけられた。メゾ=グランツェという二十歳の青年だ。


 この頃のアルファーンは戦を魔術師に頼り過ぎていたせいで、他国に比べ騎士の育成に大きな遅れが出ていた。剣を手に命をかける騎士になる人間は職に炙れた者や貧しい庶民の男達が主で、貴族の子弟は近衛という形で存在しいても、戦争で戦うという点においてはほとんど存在しない。ジェシカの護衛騎士としてあてがわれたメゾも貧しい農家の出身で、国の為にというよりも生きる為に騎士に志願するしかなかった男だったが、性に合ったのかめきめきと頭角を現し、魔術師の護衛という騎士の中では誉の部類に入る役目を手に入れた。素行はけして良いとは言えないが腕は確かで、若い男を貴重な魔術師の娘に同行させるのには抵抗があったが、ジェシカがまだ妊娠可能でない事と人材の少ない騎士故に妥協という形でメゾが選ばれたのだ。


 上の心配を余所にメゾはジェシカを毛嫌いしていた。ジェシカ個人に対してではなく、他の誰もが抱く偏見と差別的感情で魔術師を見ていたのだ。護衛騎士の任を受けたのもただの騎士として戦場に立つより給料が格段に良かったからだ。


 「はじめまして、ジェシカ=オクティヴァよ。どうぞ宜しく。」


 だから美しい容姿に笑顔を浮かべ差し出された手を振り払うのにも何の後ろめたさも湧かない。


 「親兄弟で乳繰り合う魔術師の手なんか握れるか。」


 敵の汚物に触れる方が何倍もましだと唾を吐いたメゾにジェシカは寂しい笑みを浮かべた。

 魔術師たちの空間で守られるだけだったならこの言葉に深く傷ついただろう。もしかしたらまったく意味が理解できず反撃したかもしれない。けれどアルトから色々聞かされ感じ取ってきたジェシカは、メゾから突き付けられた言葉に反論どころか答える事すら出来なかった。


 



 *****


 メゾは信じられない程口が悪かった。それでも戦場までの道中を無視して進まれるよりははるかにましだっただろう。初めての世界に瞳を輝かせる無知なジェシカを馬鹿にしながらも、話しかければちゃんと返事はしてくれた。悪態を吐かれても慣れればなんて事は無い。ジェシカにとって戦場までの道のりはそれなりに楽しい旅となった。


 護衛対象のジェシカに辛辣な言葉を突き付けたはしたが、メゾの護衛対象である魔術師はまだ子供だった。

 青みがかった銀色の髪に水色の瞳。肌の色も真っ白で色素の薄い神秘的な印象を与えるジェシカはとうに成人している様に見えてまだ十三歳だという。初めは信じられなかったが半日も行動を共にすればそれが事実だと解り、メゾは己の暴言を些か後悔していた。

 

 ジェシカは人を疑う事を知らない。同族意識の強い魔術師の集団で育ったせいですぐに人を信用し、放置すれば誘拐される様な危うさがあった。実際に誘拐され危険に曝されても身を守るすべは十分に持っているが、明らかに極悪人とわかる男の誘いにつられ裏通りに引き込まれるのは勘弁願いたい。探す手間も面倒だ。

 それに戦場に出るなら十分に身を守れる筈の魔術師に護衛騎士がつけられただけあって、ジェシカは防御や治癒の魔法がメゾも呆れるほど全く駄目だった。転んで膝を擦り剝いた怪我さえまともに癒やせず、動作も鈍い。いかなる暴漢をも殺せる力を持っていても傷を負わされては護衛騎士の名が地に落ちてしまう。腹が立ったが放置するほど非道にもなれないメゾは、文句を言いつつジェシカの面倒を甲斐甲斐しくみてやっていた。





 *****


 初陣の地にはジェシカの他にも魔術師が二人いた。

 一人は青年、もう一人はメゾと変わらない年頃の大人の女性で、彼女の匂いはある時期アルトが纏っていた匂いと同じ物だった。


 彼女はヴィブと名乗り、大きくなった腹を抱えていた。産み月まであと三月はあるというのに早産の気があり出産までは動かせないと判断され、その代わりにジェシカが呼ばれたのだ。ヴィブの腹にはアルトの子が宿っており、貴重な逸材となるやもしれない子を流させる訳にはいかないと判断されたのだ。


 「アルトの子を宿すのは四度目で初めてここまで育ったの。前は腹が膨らむまでもたなかったから今度こそ腕に抱きたい。」

 「どっちが生まれるの?」

 「多分女の子。」

 「じゃあ産まれたらわたしの姪になるのね。」


 楽しみだとヴィブの腹を撫でたジェシカにヴィブは微笑みながら「変な子ねぇ」と呟いた。


 魔術師たちにとって血縁関係を示す言葉は『母』だけだ。姪などという言葉自体彼らの世界では廃れてしまっている。けれどヴィブは子を作り続けねばならない責務に苦しむアルトの心情を理解できないながらも知っているだけに、『変な子』と思いながらもジェシカの考えを否定はしなかった。


 「産んであげたいの、アルトの為にもね。」

 「アルトの為になるの?」

 「ほっとするわ。きっと。」


 ジェシカは翌朝、穏やかな母の顔を見せていたヴィブと別れ戦場に立った。


 敵を阻む結界を張れないジェシカは敵兵に囲まれるがメゾに守られ剣の傷は受けない。けれど遠くから飛んで来た大砲の弾がジェシカの足元に落下したのだ。


 油を纏った大砲が火の玉となってジェシカの体を焼く。ジェシカは肉を焼く悪臭を漂わせ苦痛に悶えるが立ち上がった。メゾは爆風で吹き飛ばされながらも大した怪我はないが、ジェシカの身を案じ姿を捜した先で目にしたそれに漆黒の目を見開いた。


 半身は黒煙を纏いながら肉体を焼き続けている。かろうじて繋がってはいるが今にも引きちぎれそうな右腕からは赤黒い血が滝の様に流れ落ち、青みがかった美しい銀髪は無残な有様で水色の瞳はうつろに敵陣を見据えていた。


 徐に左手を前に翳したジェシカから光の線が走ったかと思うと敵陣より爆風が巻き起こる。振り返ると紅蓮の炎が竜巻となって一面を覆っていたがそれを認めたのも一瞬で、メゾは直ぐ様ジェシカに駆け寄り燃える肉体を受け止めた。


 「嘘だろ―――?」


 まさかこんな所で死ぬのか、冗談じゃないと叫んでいた。ジェシカを死地へと導く火を消して千切れ掛かった腕を固定する。いくら魔術師でも体の半分が焼かれては生きてはいられない。ジェシカは回復魔法が使えないし、頼みの綱であるもう一人の魔術師は姿が見えなかった。


 もう駄目と解っていても水場を探す。こんな所で死なせるには可哀想過ぎると走りだした所で、メゾははたと動きを止めた。


 可哀想だと?

 こんな状態で助かってどうなるのかと、新たな疑問が沸き起こった。


 酷い有様だ。どんな奇跡が起きようと今からでは肉体の再生など望めまい。万一生き残れたとしてジェシカを待ち受ける運命はメゾからすれば人間の尊厳を取り上げられた世界でしかないではないか。


 魔術師が生きるのはメゾにとってはとんでもなく非常識で背徳的な世界。生まれ落ちた時より洗脳され、アルファーンの為に戦う事と優秀な魔術師を排出する為だけに近親者同士での交わりを強要される―――まるで奴隷の様な世界だ。そして彼らはそれが正しいと信じ、おかしいと気付いた者にとっては地獄と化す。


 そんな世界に生きなくても―――迷いを生んだメゾの背を誰かの手が掴み、はっとしたメゾが抱き上げたジェシカを見下ろすと澄んだ水色の瞳が揺れながらこちらを見上げていた。


 「痛いよ……助けてメゾ。」

 

 それだけ呟き意識を失ったジェシカを、メゾはぎゅっと抱きしめると再度抱え直した。


 「まってろ、絶対に助けてやるからな!」


 焼け野原と化した戦場に無傷で立っている敵はいない。屍を跨ぎメゾは何処かにいる筈の魔術師を捜した。








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