―三幕 学習と理解―
知らずのうちに違えた道を歩き始めた二人。
そして三年の月日が流れようとしていました。
魔法を人前で使うことはなく、周囲の人たちと同じであろうとする東の魔女。
東の魔女は里や村を転々として旅を続けていました。
東の魔女は旅の先々で、色々な人と出会い、さまざまなことを学びました。
魔女という理由で住まいのあてを探すこともできず、自然の中で西の魔女とともにひっそりと生きてきました。
魔法を極め、自然の中で生活する術をその中で身に着け、暮らすことで精いっぱいでした。
人とはこれほど他人に対し、暖かくしてくれるものだということを知ったのです。
西の魔女が決して冷たく接してきたというわけではありません。
―どうして見知らぬ自分に、ここまでしてくれるのか。
という疑問を抱いたのです。
―食べる物を与えてくれた。
―着る物を与えてくれた。
―人の心の温かさを与えてくれた。
―自分は何かを与えてあげることはできないというのに。
里や村の人たちはただこう言ってくれるのでした。
―今まで辛かったんだろう?いろいろ苦労もしてきたんだろう?
だったらいつまでもそんな思いをする必要はないさ。
一人が困っていたらみんなで助けるのは当たり前のことだろう?
だから、私らが困ったときにはあなたも助けてくれる。
そうしてくれれば、あんたは私たちに何かをあげたことになるんだよ。
いづれ何かがあった時には、彼らを救う、恩義に報いてみせると心に決めたのでした。
東の魔女はいろいろな人に助けてもらいながら旅を続け、生活をしていました。
そして、必ず、このことを彼らに質問していました。
―魔女について、どう思っているのですか?
自分は魔女である。
隠しながらもそうであるという事実は変わらない。
人のふりをして、人に自らの存在について、考えに触れる。
そして、密かに期待を抱いていたのだろう。
そして、返答の言い方は様々だったが皆々、こう答えた。
―魔女って、あれだろう? 会ってみたいとも思わないし恐ろしい存在だ。
と。
― ……そうですか……そうですよね。
東の魔女はこう答えることしかできませんでした。
―私たちは何をしたのだろう……
―皆が魔女を恐れている理由は、嫌う意味はどこにあるのだろう……
東の魔女は素朴に、孤独に、そう考えることしかできませんでした。
そして、いつだったか。
頭によぎったそれは、魔女の記憶でした。
……魔女である。それはかつて一人であったこと。
……その囁きは人を惑わす。人は争い、終末。
……そこにはもう誰もいない。目の前に広がっていたのは屍と朽ちた大地だけだった。
……その魔法は大地を揺るがし、大雨を呼び、灼熱の大地を創り出した。
……何故だったのだろう。魔女は人の手に落ちた。
……牢に閉じ込められた。手足を縛られた。
……苦痛を味わいながら自分の悲鳴しか聞こえなくなった。
……どうやったのか。命辛々、そこから逃げ出せた。
……魔女は力なくその場に崩れ落ちた。冷たい地面を肌で感じていた。
……そこに意識はもう存在していなかった。人格が崩壊した。
……気づけば人格と体は分裂していた。
……自分が自分と対面している。そんなことは分かれた人格に分かることではなかった。
だらしなく羽織るだけの黒のローブ。不思議と二人とも羽織っていた。
―そして始まりへとつながった。
二つの人格。西と東。分かれた魔女。
二人の目覚めた瞬間、それこそは魔女の人格と体の分裂が起きた瞬間であったのでした。
東の魔女は理解する。
かつての魔女の人格は目覚め掛かっていることに、そして分裂した人格はいづれ一つとなり、消滅することを。
東の魔女はいつだったのかも思い出せず、ただ理解しました。
―彼女を探さなければいけない。
東の魔女は旅を続けながら、道を少しずつ、西に寄せながら。
西の魔女を探す旅を始めたのです。
魔法を他人に使って見せ、教え、魔女と人との隔たりを無くそうとする西の魔女。
西の魔女は初めに見つけた集落へと住み着きました。
独自の考え方、やり方で里の者たちへ魔法を使ってみせました。
自分は魔女であるということ、何かを企んでいるわけではないということを示しました。
初め、出会った青年の目の前で指を鳴らし、同時に指の先に小さな火を起こしました。
青年は慌てて近くにあった井戸から水をくみ上げ、西の魔女へと思い切りかけました。
青年は、指を鳴らした勢いの摩擦で火が点いたと当初は思っていた、と言いました。
水をかけられた西の魔女は即座に風をその場に発生させ、水をかけた少年へとはじいて見せたのでした。
顔の正面から大量の水を被った青年はなにもいうことが出来ずに、その場に立ち尽くしてしまいました。
驚いた青年を余所に、混乱していた村人たちもその様子を見たらしく、村全体が一気に静まり返っていたのでした。
― ……これが……魔法だっていうのかよ……
青年がぽつりと呟いた一言にも静まり返った村人たちは何も反応することはできませんでした。
その一件以来、魔女は恐れられていましたが、小さな子供達は構わず接しているのでした。
幼い子供達から見れば、魔法は不思議でたまりません。
何もないところから火や水が出現し、その場に浮いているのですから。
子供たちが何気なく接していたことが功を奏したのか、次第に大人たちも接するようになってきました。
やがて、西の魔女はほかの人たちへと魔法を教えることを始めました。
かつて、自然の生活の中で導いた結論として、魔法は自然法則のようなものがあるとわかりました。
(ここでの自然法則は五行のことを指し、ここでは火・水・土・風・光を示す。おもに自然に存在する大気を利用して魔法の現象を起こしている)
そして、不可欠ともいえるのが魔力ということまでは分かっていました。
西の魔女は普段やっているように、火を発生させたり、水を生み出したりして見せました。
しかし、教えを習いに来た村人たちに決して西の魔女のように出来る者は当然いませんでした。
すると、後ろの方に座っていた少年の手に突然手を覆うほど大きな炎が発生しました。
魔女は慌てて水を発生させ(しかもかなり大規模に)、少年の火を消しました。
不思議なことに、炎に包まれたはずの手に火傷一つありませんでした。
これは魔女たちも経験したことでした。
魔法による単体での事象に、それほど人体に強い傷や影響を及ぼすものは存在しないということを。
過去に、大規模な山火事を起こしてしまったときにも炎に触れていたはずの手に火傷は全くありませんでした。
そして、やはり魔女以外の人でも魔法を使うことはできると判明したのです。
教えていくうちに分かったことは、魔力の多いものはそれほど規模の大きい魔法を使えるということ。
反対に、少ないものは規模の小さい魔法しか使えないということでした。
使い魔として使役できる動物は予め見当がついているので試してみたところ、誰一人成功したものはいませんでした。
魔力が桁外れに多い魔女にしかできない芸当だったというわけです。
そして、魔力にも何かしらの種類が存在するらしく、魔力の量に関係なく得意不得意が存在したようです。
(指先に火を起こすほどしかできない者は、抱え込むほどの大きさの水を発生させることが出来たり、灯ほどしか光を発生させることが出来ない者は突風を吹かせることが出来る的な)
時期が経つにつれ、応用を利かせることの出来る者も現れ始めていました。
火と土の魔法を同時に操ることで地面からマグマを溢れさせるなど、二つの魔法を使い、特別な事象を発生させることが出来ていました。
この応用はかつて東の魔女とも様々な組み合わせを考えたり、試したりしたことでした。
それでも二種類の魔法を同時に使うことはできても三種類以上を同時に操れるものは魔女以外今せんでした。
―五行すべての魔法を同時に合わせるとどのような事象が起きるのか
そのようなことを聞かれたことがありました。
西の魔女は何も答えることが出来ませんでした。
五つの魔法がすべて合わさると天変地位をも揺るがす事象になりかねないということを理解できていたからです。
自然的事象を引き起こす事の出来るのが魔法。
そのすべてを同時に操る時、西の魔女は万に一つの事でもない限り使わないと誓っていました。
そんな中、魔力の少なさで魔法を一つも使うことの出来ない者も確かに存在しました。
使えないことに不満や憤りを感じているものに対し、西の魔女はこう告げました。
―私は他では得られぬ知識を、恵みを与える存在としてここにいるつもりである。
古の記のように人を支配するなどという考えは持っていない。
ワタシにあるのは魔女と人との共存を促す意思だ。
まぁ、魔女も人であることに変わりはないのだがな――
西の魔女の主張に魔法を使える者も、使えない者も耳を傾けました。
そして誰一人、この西の魔女、エスト・ウィッチが自分たちに対し、牙を向けるなど思いません。
―この魔女は古の言い伝えとは違う、私たちに恵みを与える存在である
誰一人、西の魔女を嫌う者などそこにはいないのでした。
そして、魔女の二人が別れてから三年が経つ。
魔女の最悪はもたらされる。
人々にとって、そして、魔女にとっての最悪が。




