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ノスタディア国の反逆者  作者: 志木圭介
第一章:聖ナル者
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#7 聖職者

「お義兄さま、どうしよう!! 誰も違和感を感じてないみたいで……、ねえ!!」

「まずは落ち着け、ヒマリ」


 ヒマリの表情は硬く、視線もほうぼうをさまよっている。そして、体を小刻みに震わせて恐怖を表現していた。俺はヒマリを安心させるように、彼女の肩に手を置く。


「でも、誰かが殺されそうに……。ヒマリ、どうしたらいいの!!」

「落ち着け。殺されそうになっているのは誰だ?」


 可能性として一番にあげられるのはオシリスだった。だとしたら、ヒマリには申し訳ないことをした。ちょうど目撃してしまうとはな。


「わかんないけど……、水色の髪の人で……」

「っ……!?」

 表情は平静を装いながらも、俺はすさまじい衝撃を受けていた。殺されそうになっているのはレイカのほう? <ストームブリンガー>持ちの彼女を退けるなんて、オシリスはなんて恐ろしい人なんだ。


「お義兄さま、どうしよう!」

「それは……」


 どうする……。オシリスが殺人に手を染めていると知ったヒマリの精神的ショックは計り知れない。だから、見過ごすわけにはいかない。だが、レイカを助けに行く? 馬鹿な。それじゃあ彼女との繋がりがバレバレじゃないか。


「お義兄さま、家にとどまったほうが、いいのかな……」


 俺はその言葉で逆の決心をする。何をおびえているんだ、俺は。レイカとの繋がりにかこつけて、臆病な「僕」になっていただけじゃないか。ヒマリには、後でいくらでも説明できる。

 何よりも俺は、僕は、レイカに死んで欲しくない。


「ヒマリはここにいろ、俺は現場に向かう!」

「ヒマリも行きます、お義兄さま!!」


 そう主張する義妹の声は、予想以上に覚悟に満ちていて、とても断れるようなものではなかった。それよりも、今は時間がない。


「じゃあ、絶対俺から離れるなよ」

「うん!」




 やはり、ヒマリと俺では体力が違いすぎる。息も切れ切れに走る俺に対し、ヒマリは涼しげな顔で先を走る。瞬間移動を使えばよかったと今頃になって後悔するが、勢いで家を飛び出してしまったのでしょうがない。もはや瞬間移動を発動するより、直接のほうが早い。

 そして、俺はいくつか聞かねばならないことがある。


「ヒマリ、オシリスが、何人か、わかるか」

「ノスタディア人です」

「なぜ、断言、できるんだ」

「ヒマリにはわかります!」  


 根拠がないものの、一応は彼女を信用するしかない。彼女が俺に嘘をつく理由はないからな。

 そんな会話をしていると、聖アルカナ教会が見えてきた。昨日聖なる光を放っていたその教会は、邪悪なオーラに包まれているように見える。気のせいだろうが。

 ラストスパートのように走行速度を上げる。当然ヒマリのほうが遙かに速く、彼女との間に距離が開く。


「待て、ヒマリ!」

「急がないと!」


 オシリスがレイカに勝てる実力を持つというのなら、ヒマリを先に行かせるのはまずい。しかしヒマリはすでに教会の入り口を通り抜け終わっていた。俺はできるだけ急ごうと、足の筋肉をフル稼働させ、数秒後、教会の入り口にたどり着く。


 すると教会の様子は、前回訪れた時とは大きく変わっていた。教会を三区画に分けていたしきりは撤去され、ここからは教会の全てを見渡せる。

 そして、<祭壇>の近くには、人、人、人。三十人ほどのシスターがいた。オシリスは少し離れたところで、興味深げに俺たちを眺めている。

 そして、レイカは十字架に貼り付けにされていた。幸いまだ傷つけられた痕はないようだ。


「ケント……、どうして…………」


「なるほど、この女が強くなっていたのはそういうわけか」


 しまった。できるだけばれないように事を運び、穏便のうちにレイカを逃すつもりだったのに。どうしてばらしちゃうんだ、レイカ。いや、まだ修正できる。どちらにしろ、このままでは勝てない。俺が持っている武器は、護身用に持ち歩いている催眠スプレーのみ。缶は金属のため高かったが、身分上、敵が多い。そのため、催眠スプレーは持っていた。


「珍しい格好をしていたので、話しかけたくらいの間柄ですよ。それよりも、どういう状況ですか?」

「世の中には、知らぬが仏、ということもあるのさ。君には関係ない話だし、帰った方がいいよ?」

「観測者をゼロにするためですか?」

「君は、喧嘩を売っているのかい? いくら喧嘩嫌いのオレとはいえ、我慢ならない発言だね」


 ノスタディアには「人を殺してはならない」という絶対的な<禁忌>があるが、抜け道がないわけじゃない。

 観測者問題、という言葉を聞いたことがあるだろうか。シュレディンガーの猫、というのが有名だが、要するに観測者がいなければ事象は確定しないという話だ。

 つまるところ、<禁忌>に違反したと判定されるのは、人を殺した瞬間ではない。それを見る観測者が出現した瞬間である。だから、誰も見ていないところで人を殺し、死体を完全に隠しきることで<禁忌>を破っていないことにできる。なお、観測者が死体を発見した瞬間ーーそれに時間的制約はないーー<禁忌>の違反が成立する。

 なぜかというと、これは推測でしかないのだが、<禁忌>というシステムは人の記憶をのぞき見ているからだろう。仮に夢の中で人を殺したとしてもそれは記憶ということになるし、記憶は個人の主観により歪められる。だから、観測者を設けることで客観的判断ができるようにするのだ。


「お義兄さま……?」


 オシリスの普段とは違う声におびえたのか、ヒマリは俺の背後に隠れている。ナイス判断だ、ヒマリ。


「ケント……、ごめん。<ストームブリンガー>は奪われてしまって……」


 よく見ると、オシリスの近くに剣が落ちている。そして、この瞬間、平穏な解決ができる可能性が消えた。レイカは予想以上に馬鹿だった。


 どうする。ヒマリを逃がしてオシリスと戦うか? 無理に決まっているとさっきも結論付けただろう! 逃げる? それが最善手な気がするが、いや待て、あのシスターたちはなんだ! なぜあそこにいる! 観測者をゼロにするのなら、むしろ彼女たちの存在は邪魔なはずだ。なぜオシリスは……。

 事態は俺の思考を待たず、進行してしまう。


「ははは、愉快だね。君はもう逃げられない」

「どうだろうな」


 余裕を装ってオシリスを揺さぶるが、彼の表情は小揺るぎもしない。それだけ自信があるということか。オシリスは薄く薄く笑うと、続ける。


「教会に反逆する罪人には、死んで償ってもらおう。まずはヒマリちゃん、君の義兄を捕まえてくれ」

「一体何を言って……」


 混乱する俺を、すばやく羽交い締めにする一人の影。


「なん……で……」















「お義兄さま、死んでください」



 ただ冷徹に告げるその声は、間違いなくわが義妹、ヒマリ・フランクのものだった。

 

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