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ノスタディア国の反逆者  作者: 志木圭介
第一章:聖ナル者
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#6 祭壇前

「ケントくん! 三十分って言いましたよね! もう一時間過ぎてますよ!」

「ああ、すまなかった」

「本当に反省しているんですか! そもそも、遅刻しているというのに、ちっとも急いで来なかったではないですか! 遅刻者が歩いてくるなんて言語道断です!」


 レイカと話し込んでいた俺を待っていたのは到底平和などではなく、ある意味最強の敵だった。ロベリア・フォルトゥーナ。彼女を怒らせると長大な説教が待っている。そのことをすっかり忘れていた。


「そもそもですね、ケントくんはもっと誠意を……」


 ロベリアがそんな説教をしてくる間にも、教会には人が集まり始めていた。もうすぐ礼拝の時間なのだろう。


「まあまあ、人が見ているし、やめてあげたら? ロベリア」

「全く、ケントくんはしょうがない子です!」


 ロベリアはオシリスの働きかけにより、ようやく怒りの矛先を収めた。対してヒマリはずっとニコニコしているだけだ。何がおもしろいのだろうか。


「さて、そろそろ礼拝が始まるけど、君たちもやっていくかい?」

「俺は遠慮……」

「お義兄さまもやりますよね!」


 ヒマリのニコニコ顔は、この時ばかりはとても恐ろしかった。


「あ、ああ、やるさ……」

「では、私も」


 ロベリアもそう言った。

 教会には人が集まり始めていると言っても、多くは貴族のようだ。今俺たちは<祭壇>の前にいるのでどっちも見渡せるのだが、明らかに人数差があった。オシリスは神父のため、俺たちは彼と別れて礼拝する場所を決める。


「ロベリアさんは、貴族用の場所に行かないんですか?」


 ヒマリが少し棘のある発言をするが、ロベリアは澄まし顔で答える。


「せっかくみんなで来たんですから、同じところでやりましょう」


 ヒマリは少し頬を膨らませるが、さすがに反論する勇気はなかったらしい。特段反対はしなかった。

 それにしてもヒマリ、ロベリアに対しては恐怖意識が完全に消えたな。いいことだ。


「あ、そろそろ始まりますね」



 <祭壇>に頭を下げている途中、ロベリアやヒマリが願ったのは何だったのだろう。ヒマリは敬虔なノスタディア教徒らしく丁寧に頭を下げ、ロベリアはなぜか<祭壇>を見てぼーっとしていた。俺が何を祈ったか、それは自分でもよくわからない。

 だけど日頃から平和が続けばいいと思っているのは事実で。これから何があっても、俺は平和を求め続けるのだろう。

 この様子を将来の俺が見たら、とても滑稽に見えるかもしれないと思う。


 だってこの時すでに、俺は運命の引き金を引いていたのだから。


 血塗られた銃弾は、すでに発射されている。




 ――僕は、この選択を後悔することになるんじゃない?


 ああ、そうかもしれない。だけど、やらずに後悔するより、やって後悔するほうがましだ。


 ――本当に? 僕は、自分が発射した運命の銃弾が大切な人を貫くことがないと断言できるの?


 できない。だけど俺はいくらでも修正してみせる。すでに撃ち出されてしまった銃弾でも、コースを変えてみせるさ。


 ――僕は、平和が一番なんじゃないの?


 ああ、かつてはそうだった。だけどもう俺は、そんな考え捨てたよ。見せかけの平和が、誰かの犠牲の上に成り立っていると言うのなら、そんな平和はいらない。


 ――もう、止めることはできないんだね。


 ああ。俺は知ってしまったからな。


 弱気な自分と冷静な自分が混じり合う不思議な感覚。俺は決心を決めると、ヒマリにばれないよう布団を抜け出し、外に出た。

 外のひんやりとした空気が頬を撫でる。夜半時とあり、外は真っ暗だ。それでも怪しまれないように、家の近くにある雑木林に身を隠し、白衣を羽織る。その瞬間、思考がスーッと澄み切った。

 これから起こるであろうことを予測し、最良と思われる選択肢をチョイスする。


 まずは、武器からだ。


 白衣の中で青白く光っている<アルマ石>を地面に置く。俺自身は木を背もたれにし、土の絨毯に腰を下ろす。<アルマ石>は俺が触れると、思考と共鳴するようにひときわ強い光を放った。


 ――三年前の記憶より、<ストームブリンガー>の場所を特定。

 ――特定完了。北から西に12.5°、1572.62mの位置。

 ――<ホール>を半径0.3mの円形に設定。

 ――座標折りたたみ位置を786.31mの位置とし、空間婉曲開始。

 ――空間接続完了。


 ふう、と小さく息を吐く。<ホール>の半径を小さくしたためか、疲労は教会の時より少ない。<ホール>が大きいほど術式の微調整が大変なのかもしれない。自覚できないから確証はないけど。とにかく、目の前の空間に開かれた<ホール>は、かつて俺が住んでいた家につながっている。つまり、父が住んでいる家だ。

 本当はもう二度と見たくなかった家の景色だが、用があるため仕方ない。俺のまさに目の前の空間に立てかけてあるのはアブカリー家の家宝。由来はよく知らないが、すごい力を持っているらしい。幼い頃、父に教えてもらった。

 その剣――ストームブリンガーは、鞘に収められていてなお、強烈な存在感を放っていた。まるで引力が働いているかのようだ。鞘に隠れて見えないはずの刀身は、緑色に輝いている気がした。

 とにかく、その剣を手に取り、こちら側に引き寄せる。なんとか持ち上げることはできたもののそれだけで精一杯という、すさまじい重さがある剣だった。こんな剣を扱える人なんて、人間じゃない。しかしながら、あの少女ならまたは。

 俺はやっとの思いでその剣を木に立てかける。剣を手に入れた以上、用はないため、<ホール>は閉じておく。


 さて、武器は手に入った。後は「人」だ。


 俺が今一度<アルマ石>に触れると、さっきより小さくなっているそれは強い光を放ち、光の線を発した。この線は、あの少女のところに続いている。<アルマ石>同士の共鳴現象を使ったのだ。


 ――共鳴現象により、方角と距離の計算は省略。

 ――<ホール>半径0.5mの円とし、床からの高さを0.2mとする。

 ――座標を折りたたみ、空間婉曲開始。

 ――空間接続完了。


 そして出現した穴に向かってささやきかける。


「レイカ、おまえを助けに来た」

「下着泥棒の人?」


 レイカは失礼にもそう言うと、興味ありげにこちらを見てくる。その顔が、少しほころんだ。


「………………ありがとう」


 彼女はそう言って、すぐに顔をそらした。俺はその感謝に、少し救われたような気持ちになる。


「今一度、確認しよう。おまえはなぜ、ノスタディアに来た」

「<魔王>を倒し、悪の連鎖を断ち切るため」

「おまえには、その為の力はあるか? 覚悟はあるか?」

「力は足りないかも。覚悟ならいくらでも」

「いいだろう。<魔王>を倒すための力は、俺が授ける」


 俺は立てかけてあった<ストームブリンガー>をまたもや必死の思いで持ち上げると、<ホール>を通じてレイカに渡す。彼女がそれを受け取った途端、一気に楽になった。


「これは?」

「俺にもどんな代物なのか……。役に立つことだけは確かだ。試しに使ってみるといい」

「わかった」


 レイカは簡潔に返事をすると、まるで重さを感じていないのかと思うほど滑らかな動きで、剣を抜き放つ。足は拘束されていて使えないので、両腕だけで支えていることになる。なんて馬鹿力だ。

 抜き放たれた刀身は、やはり緑色だった。よく見ると、刀身の周りの空間が歪んでいる。あれは剣の重力によるものか? いや、ありえない。空間を歪めるほどの重力があるのなら、持ち上げられるわけがない。それどころか、体が剣に吸い込まれてしまう。だとすると、剣に込められた<アルマ>が漏れ出ているのか? とにかく、興味がある。

 俺が要請するまでもなく、レイカは己を拘束する金属鎖に剣を突き立てる。


 その瞬間、確実に空間が歪んだ。そして……。


「まじ……か……」


 現在は貴族が大部分を所有している剣は、ほぼ確実に鉄製だ。剣術の訓練には木製の剣を使うという豆知識は、現在ひどくどうでもいい。

 金属鎖は色を見た限りだと、鉄である可能性が高い。だから、ありえないはずだ。



 まるでソヤマメパンをカットするがごとく、鉄を断ち切るなんて。


「切れ味がいいね、これ」

「いや、その程度の話じゃないだろう」


 彼女はおそらく、力を加えていない。つまり、剣は自重で鉄を断ち切ったことになる。しかしながら不思議なことに、牢屋の木製の床には傷一つついていない。一体なんなんだ<ストームブリンガー>は。


「もう片方も切れ。今度はゆっくりと」

「わかった」


 レイカは右足を戒める鎖にゆっくりと剣を近づける。するとやはり剣先の空間が歪み、鎖は抵抗なく切れた。


「なるほど、これは空間ごと切っているというわけか」


 自分で言っていて信じられない現象だが、その可能性は極めて高かった。だが、木の床は相変わらず切れていない。なぜだ。少し気になるところだったが、レイカは俺の興味など意に介してくれるはずもなく、剣を鞘に収めた。


「少し軽いけど、いい剣」

「軽いっておまえ……」


 まあ、いいだろう。剣の能力が高いこと自体は俺たちにとってプラスだ。


「では、頑張れ」

「ん?」


 レイカは素朴な疑問を示すように首を傾げた。水色の長い髪がその動きに合わせて揺れる。


「あなたは来ないの? <魔王>討伐」


 どうやら、根本的な誤解があったらしい。俺は彼女との間に一線を引くように、はっきりと言う。


「俺が守るのはおまえではなくヒマリやロベリアだ。だから、<魔王>討伐には行かない。おまえの行く末を見守るだけだ。これは卑怯な行いかもしれないな。だから、俺のことはいくらでも嫌いになっていい。だが何を言われようと俺は動かない。それから、ヒマリやロベリアに手を出したら、俺は容赦しないからな」


「嫌いにならないよ」

「…………」


 俺はレイカの意外な返しに沈黙する。彼女は初めて見るような微笑みを浮かべ、続けた。


「あなたには、感謝している。最後に、名前を教えて」


 今後のことを考えれば、名乗らないほうがいいのかもしれない。だけど、レイカの瞳は純粋な光を宿していた。とても裏があるようには思えない。


「ケントニス・アブカリーだ」

「よろしく、ケント」

「いきなり呼び捨てか」


 レイカはクスッと笑い、俺に背を向ける。俺も<ホール>に、そしてレイカに背を向けた。


「ありがとう、そしてさようなら」


「もう二度と出会わないことを祈って」




 これで、よかったはずだ。俺とレイカが結んだのは、言わばウィンウィンの関係。俺はヒマリやロベリアに影響の及ばない範囲で<勇者>に協力した。<ストームブリンガー>はアブカリー家の家宝で、俺が奪った可能性は疑われるかもしれないが、完璧なアリバイがある。瞬間移動技術のことさえばれなければ、わからないはずだ。そして、あまり好ましくない<禁忌>を作った<魔王>を、間接的に討伐できるかもしれない。<禁忌>の、「魔王の命令は絶対遵守」という項目がなくなれば、理不尽な理由でヒマリやロベリアが危害を加えられる要因が、ほぼ無になる。

 そしてレイカは<ストームブリンガー>により<魔王>討伐を優位に進められるだろう。 

 だから、これでよかったはずなのに。


 どうして心は、不安に揺れるのだろう。


 レイカに力を託した翌日の朝、俺は一人でご飯を食べながらそんなことを考えていた。ちなみに教会の始業は早いので、ヒマリはもう出ている。

 どうしてか、いつもよりソヤマメパンがカサカサしている気がする。可愛い義妹の特製料理なのに。


「浮かない顔ですね、ケントくん」


 ロベリアは前の席に座り、心配そうに俺を見つめている。

 なぜだかはわからないが、ロベリアはこのごろ俺と行動したがる。研究所にいる時も、その他の時ですらだ。朝、ロベリアは俺を迎えにくるようになった。今のように俺の前に座り、俺が朝食を食べ終わるのを待つのだ。

 理由を聞いてみたら、やんわりと話をそらされた。


「考えごとをしていたんだ」


 俺は正確なようで正確じゃない発言をしてごまかす。レイカのことを打ち明けたら、ロベリアが狙われる確率がほんのわずかだが上昇する。それどころかロベリア自身がレイカに接触するかもしれないし。彼女の性格からして、やりかねない。ロベリアは全てを包み込むような柔らかい笑みを浮かべると、言う。


「私はいつでも相談に乗りますよ、ケントくん」

「ああ」


 だが、この件に関してだけは。ロベリアの期待――それは俺が悩みを打ち明けてくれることなんだろう――に答えられないことに、少しの罪悪感。俺は彼女の慈愛に満ちた眼差しから逃れるように、話題をそらす。


「そういえばロベリア。研究はどの程度まで行った?」

「隣で働いているのに、把握してないんですか?」

「俺は自分の研究に忙しいんだ」

「もっと周りを見ましょうよ、ケントくん」


 そう言いながらも、彼女は研究成果を発表する。


「ニーナさんの一般化術式の件は、それ自体が煩雑すぎてお手上げ状態です。あれがあればかなり便利になるはずですが、複雑すぎます……。とにかく今は術式の簡略化を頑張っていますが、かなり時間がかかるかと。でもいつか必ず、誰もが平等に術式が使えるようにしてみせます」

「ああ、頑張ってくれ。……ニーナのためにも」


 食卓を沈黙が支配する。少し重すぎる話題だった。ロベリアと研究室で作る沈黙は、とても気持ちいい種類のものだ。でも今は違う。二人ともニーナのことを考えて、うかつに発言できないでいる。俺は白衣を着ている時には珍しく、目線を下に向けていた。


「ケントくん、トイレ借りますね」

「ああ」


 ロベリアが去り、俺は一人でご飯を食べる。


 その時だった。


 突然扉がすごい音を立てて開かれる。


 まさかもう、俺のことがばれて……。侵入者の可能性を考えた俺だったが、扉を開けた人の顔を見て、その可能性は砕け散る。しかし、ここで安心したのが間違いだった。

 バタフライエフェクト。俺の脳裏に、そんな言葉が浮かぶ。あるところで起こったバタフライの羽ばたきは、誰もが予想し得ないエフェクトを生み出す。俺が羽ばたかせたレイカという蝶は、恐ろしいまでに俺の運命を捻じ曲げていたのだ。俺は呆然として、その言葉を聞く。


「お義兄ちゃん大変!! 教会で人が……人が殺されかかっているの!!」



 扉を開けた張本人――わが義妹の声は、彼女の精神状態を心配するほど、恐怖に震えていた。

 

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