#5 牢屋姫
[#5 牢屋姫]
なるほどな。全てに納得がいった。オシリスがこの部屋を隠していた理由、侵入者というキーワード。薄暗い部屋の中で牢屋に閉じ込められし少女は、俺に気付いているようだった。さっきからしっかりと目が合っているもの。
そして、この少女には見覚えがある。
腰まである水色の長い髪に、冷静に物事を見通しそうな澄んだ瞳。
そして、全裸だった。
いや、その点は前見た時と違うのだが。
あまり女の裸に興味がない俺と言えど、全裸少女にじっと見つめられて平気なほど強いメンタルは持っていない。ちなみに、彼女は足枷を付けられていた。
「なんというか……、服はないのか」
試しに話しかけてみる。この少女には、聞きたいことがたくさんあるしな。少女は、あら意外と言った様子で返答してくる。
「変?」
「ありえない」
「人間、生まれた時はみな全裸。それが自然だし、人類の祖先だって裸。アダムとイブだって。だからこの格好は極めて自然。違う?」
「文明というものを理解しろ、おまえは。人類は服を着るものだ、これ常識」
「そもそも常識って何? 多くの人が服を着ているから私にも従え、というのは多数派の暴力では?」
「いやだから……、ってそんな話をしに来たんじゃない」
この少女と話していると、なんだか調子が狂う。俺まで常識を崩されそうだ。
「名前は?」
「オシリスから聞いてないの?」
「聞いてるわけないだろう。俺は不法侵入をしているんだ」
どうやら、勘違いがあったらしい。確かに、たぶん俺くらいだしな、こんな芸当できるの。
「逢川冷香。地球人」
「そうか、やはりな。証拠を見せてほしいところだが」
「君は何をするためここに?」
「事情聴取だ」
俺は一応、レイカの全裸を見ないよう視線を外して床に座る。俺もレイカもそういうことは気にしないようだが、後でロベリア辺りにばれたら大変なことになりそうだから。そういう意味では、既に手遅れかもしれない。
「まず一つ目の質問だ」
「待って」
レイカはそう言うと、牢屋に背を向けて座っていた俺の背中をつついた。俺は仕方なく彼女のほうを向く。彼女は懇願するような目で言った。
「服、貸してほしい」
「……」
さっきのは強がりか。それにしてもどうしよう。予備の服なんて持ってきているわけがないし。
「嫌ならいい。私は全裸で寒さに震え、不憫な思いをするだろうけど。白衣とかあったら嬉しいかも」
「いや、白衣は……」
「私、泣いちゃう。君、女の子泣かせることになる」
「おまえ……」
白衣は俺が「俺」であるために必要だから、そんなに貸したくないのだが……。あ、そういえば俺、瞬間移動技術使えるんだっけ。
「ちょっと待ってろ」
俺はそう言うと、地面に<アルマ石>を置く。ここからだとかなり距離があるが、家の場所は正確に覚えているので問題ない。
――教会から家までの道のりを正確に再現。
――家は南から東の方向に36.3°、894.32mと計測完了。
――ヒマリのタンスの位置まで、微調整完了。方角を東方向に0.76°、距離を7.1m延長。
――<ホール>を半径0.3mの円に設定。地面からの距離を0.5mとする。
――双方に<ホール>形成完了。座標折りたたみ位置を450.71m先として空間婉曲開始。
――完了。誤差は予想範囲内。空間接続完了。
さて、目の前にヒマリの衣装ダンスが見える。義妹とはいえ、女の子のタンスを漁るのは気が引けるが、堪忍してくれ。
俺は大きめの上着と、チェックのスカート、それから下着をつかんでレイカに渡し、<ホール>を閉じた。
「絶対ばれない不法侵入?」
「自分の家だ」
「女装趣味が?」
「義妹のだ」
レイカはそう毒を吐きながらも、素直に服を着た。これで彼女を見ても問題ないのだが、俺はなんとなく牢屋に背を向けたままでいる。
「それにしてもさっきの、何?」
「瞬間移動技術のことか」
「君、すごいことしてるね」
そういえば、そんな話をしに着たのではない。もちろん服をプレゼントしに来たわけでも。俺はレイカの賞賛を無視すると、質問に移る。
「おまえ、なんでわざわざ捕まった? おまえ、結構強いんだろ」
「なぜわかる?」
「暗闇の中で正確に俺の目を捉えたし、動作の一つ一つに無駄がない。そして指にできたタコ。大剣使いだな。剣術でも習っていたのか?」
俺が分析を発表すると、レイカははぁ、と息を吐き出した。
「君、オシリスとは関係ない人?」
「ああ」
「じゃあ、<勇者>のお供にならない?」
「……は?」
なぜこのタイミングでその名前が?
「私は<勇者>。<魔王>を倒し、悪の連鎖を断ち切るため来た。君も一緒に<魔王>倒そう。私だけでは無理だろうけど、二人ならまたは。君の頭は使えるし、瞬間移動技術は便利」
「なるほど、オシリスは<魔王>だったってオチか」
「違う。<魔王>は別にいる。オシリスと戦ったのは<祭壇>を破壊するため」
「なぜ<祭壇>が関係してくる?」
「<祭壇>の破壊は<魔王>を倒すために必要だから。<魔王>を倒すためにはノスタディアにある三つの<祭壇>を破壊する必要がある」
「なるほどな、オシリスの立ち位置は<祭壇>の守護人というわけか」
「で、<魔王>倒しに行かない? 私の戦闘能力とあなたの頭があれば無敵」
やはり、こう来るか。俺は全てを勘定に入れ、冷静に分析した結果を口にする。
「ああ、片方をつぶされると弱い、という弱点があるものの、俺とおまえならかなり相性がいい。だが、その申し出、断らせていただく」
「なぜ?」
俺の容赦ない拒絶に対し、レイカは動じず聞き返す。この冷静さ、少し恐ろしいな。俺は少々戦慄しながらも、あまり関係ない、しかし大事な質問をする。
「まず聞こう、おまえが狙っているのはロベリアか?」
「違う、と思う。私が狙っているのは<魔王>。そんな花みたいな名前の人、知らない」
「そうか」
これは確認だったのだが、安心した。もしロベリアを狙っているのがレイカだとしたら、彼女は俺の敵だからな。
「さて、質問の答えだが、<魔王>を倒したところで、俺に何の得がある」
「え……? なぜここで損得勘定?」
「俺がおまえの仲間になったとして、俺には何の得もない。それどころか、損だ。ヒマリやロベリアに危険が及ぶ確率が高まる」
「<勇者>の仲間は、名誉」
「ふざけているのか! いや、まさかおまえ……、<魔王>と<勇者>の輪廻の話、知っているか」
「知らないけど」
なんてことだ。レイカがノスタディアに来たのは、「悪の連鎖を断ち切る」という発言から輪廻そのものを終わらせるため、で確定。だが、<魔王>を倒してしまったら彼女は……。俺は開きかけた口を閉じる。言えるわけがない。もし<魔王>と<勇者>の輪廻を終わらせるというなら、取れる方法は一つしか思いつかない。だが、言ってどうする。知らないほうがいいことなんて、世の中にはいろいろとある。
「まあいい。とりあえず、俺にメリットがないのなら、協力はできないぞ」
「あえて言うのなら……、私の好感度が上がる」
「話にならないな。俺には守りたいものがあるんだ。ヒマリに、ロベリア。二人を危険にさらすわけにはいかない」
俺は物語の主人公のように、なんでもかんでも全て守れるような人間ではない。俺は取捨選択をしなければならないのだ。残酷なことに、世界は守るものが多いほど、困難な問題を投げかけてくる。俺を危険な戦いへと誘うであろうレイカを含め、全ての人を守り切れるような覚悟が、俺にはない。
もう、レイカについては忘れよう。ヒマリには適当な就職先を見つけて。それで、全て平和のうちに収まるのだ。俺は、冷たい床につけていた腰を上げる。牢屋周辺を流れる空気は、やけに冷たかった。
「じゃあな」
「待って」
レイカが牢屋の格子越しに俺の袖をつかむ。
「君は、いいの? 君の知らないところで君たちの権利が制限していたとしても。今の平和だって、<禁忌>の二項目で容易に破られる」
「ああ、いいさ」
平和を実現する過程で、もしみんながひどい目にあってしまったら、俺はとても後悔するから。そしてその可能性はかなり高い。相手は、ノスタディアを席巻しているのだから。
「君が動く必然性は存在しない。最低限、私を解放してくれたら、一人でもやる」
「そうか」
それが、一番の方法かもしれない。俺は傍観者を気取って何も失わずに、レイカの戦いの末を見守る。ヒマリやロベリアにも危険は及ばない。
俺は青白く光る<アルマ石>を牢屋の中に投げ入れると、今度こそ振り返らずに歩きだした。
「それが、俺の答えだ」