表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノスタディア国の反逆者  作者: 志木圭介
第一章:聖ナル者
5/10

#4 聖教会

[#4 聖教会]


 教会は第三区にある。俺の家からは近くも遠くもない位置だ。その門戸は全ての者に開かれているが、それでも貴族と庶民の差は存在する。

 教会は円筒のような形をしていて、そのてっぺんにはノスタディア十字が輝いている。ノスタディア十字とは、十字の交点に大きな穴が開いている形のことだ。ヒマリのネックレスと同じ。

 その建物は外から見ても豪勢なものだった。第一、てっぺんのノスタディア十字は金属でしか作れないはずだし。


「中に入りましょう!」


 ヒマリの言葉に従い、教会の内部に潜入する。教会の周りは前、歩いたことがあったが、中まで入るのは初めてだった。


「綺麗……」


 ロベリアが思わず声を上げる。彼女が見ているのは、真正面に見える水色の結晶。大体、高さ三メートルくらいはあるだろうか。まるで自らの存在を誇張するように、キラキラと輝いていた。

 声こそ上げなかったものの、俺だってロベリアと同じ感想を抱いていた。ここを職場にしているヒマリが、説明を加える。


「これは、<祭壇>って言って、ノスタディア神教の信仰対象なんですよ♪」


 そして、教会は大きく分けて三つに仕切られている。二つの高い壁により、分けられているのだ。

 真ん中の部分が一番狭く、入り口から<祭壇>を見せるくらいの役目しかないのだろう。

 そして、左右に分けられた、二つの部屋。おそらく礼拝堂だろうが、片方は庶民用、片方は貴族用で間違いなさそうだ。右側のほうが明らかに設備が整っているため、貴族用だろう。

 こんなところでも階級差を意識させられるなんて、あまりいい気分じゃない。


「あ、おはよう、オシリスさん!」


 ヒマリは<祭壇>の方角に手を振る。神父服を着た若い男が歩いてきたのだ。その姿は俗に言うイケメンに分類されるものだったが、その分服装が似合っていない。

 彼はヒマリに手を振り返すと、続いて俺たちに気づいたようで、にこやかに微笑みかけてくる。


「やあやあ、ヒマリちゃんのお友達かい? 入教希望かな?」

「いいえ、少し見学に来ただけです」

「そうかい。でも、興味を持ってくれただけで嬉しいよ」


 返事は社交的なロベリアに任せ、俺は思考する。そういえば、今朝の会話の中に、オシリス卿という名前が出てきたな。

 一応、二人で話してみる必要があるな。ぞのためには、言い方は悪いが、ヒマリとロベリアが邪魔だ。


「ヒマリ、ロベリア。俺はオシリスさんに話があるから、二人で話しててくれ」

「お義兄さま! わざわざ三人で来たんだから……」

「ちょっとだけだよ、三十分で戻る」


 ヒマリはまだまだ不満そうな顔をしていたが、大人なロベリアが彼女を貴族エリアのほうに連れていく。さて、キャストは整った。


「二人で話かい?」

「ええ」

「じゃあ、オレたちも立ち話はなんだし、いすに座って話そう」


 オシリスはそう言い、庶民エリアのほうに歩いていく。そしていすを二つ持ってくると、俺に座るよう促した。


「さて、どんな話だい?」

「まずは、ヒマリの職場での様子を」


 まずは遠いところから。核心の事項について話すのはまだ速い。


「ヒマリちゃんは優秀な子だ。そして、性格もいい。オレがもう少し若かったら求婚していたかもしれないね。この年齢差でそんなことしたら、ロリコン扱いを受けてしまうから」


 ヒマリの性格は確かにいい。俺から見ると身内びいきが入ってしまうが、オシリスから見てもそうらしい。これは少し嬉しいことだったが、一つ疑問点がある。  

  

「優秀?」


 ヒマリは元々運動音痴で、教養もなかったはずだ。だからこそかつて、父に煙たがられていた面もある。だから、ヒマリに優秀という言葉はあてはまらない気がする。料理なら、まだわかるが。


「うん。彼女は決して天才肌ではないし、飛び抜けてできるわけではないけど、地道な努力が得意だ。今では最初最下位だった剣術も、俺といい勝負ができるようになってきた」

「剣術? シスターに剣術を習わせる意図がわかりかねますが」

「第一、今のノスタディアで剣を振るう機会なんて存在しないだろう? 体力づくりの一環さ」


 オシリスはそう言い、さわやかに笑った。その笑みは、男の立場から見ると少しうざい。さて、俺たちはずっと、<祭壇>とやらの青い光に照らされている。

 この教会、ステンドグラスを通じて外の光は入ってくるものの、天井に明かりはなく、ほぼ<祭壇>の光でまかなわれていると言っていい。<祭壇>は、何でできているのだろうか。


「<祭壇>について詳しい話が聞きたいです」


 そう質問すると、オシリスはぱっと顔を輝かせた。その全身に、嬉しくてたまらないという様子が見て取れる。


「よくぞ聞いてくれたね! 君、ノスタディア神教に入らないかい?」

「お断りします」


 彼は俺の冷たい返事にもめげず、語りかけてくる。


「まず言っておくとね、あれは神様の化身なのさ」

「原料は?」

「百パーセントの純度を誇る、<アルマ石>さ。その格好、君は科学者だね? いくら科学者とはいえ、こんなもの見るのは初めてだろう!」


 確かに。返事をすると面倒なことになりそうなので控えるが、とても魅力的な代物だった。持って帰りたい。そんなことしたら何が起こるかわからないので、やらないが。

 <アルマ>。それはこの世界に存在する不思議な力。<禁忌>ができてから攻撃性のものは使われなくなってしまったものの、実生活に役立つものや、防御の機能を持つものは残っている。ちなみに今朝見た<アルマ装甲>は、防御性の<アルマ>を使った装備だ。俺の瞬間移動技術も、<アルマ>がなければ実現し得なかった。

 そして、<アルマ石>というのはその原料である。さまざまな色のものがあって、貴族の間では宝石としても重宝されるが、<アルマ>を発動するための燃料だ。

 オシリスは一人思考に没頭してしまった俺にもめげず、説明を続ける。


「ある宗教学者さんはこう言ったんだ。「ノスタディア神教が崇めるのは<勇者>であり、<魔王>になるものである」と」

「どういう意味ですか」

「説明してあげるよ。<勇者>と<魔王>の輪廻の歴史を」



「始まりがどこにあったのかはわからない。だけどある時、ノスタディアに<魔王>が登場したんだ。その者はノスタディアを支配し、専制を極めた。あ、ちなみにノスタディア人は<魔王>になれないよ。

 とにかく、それだけだとただの歴史的事実に過ぎないけど、事態はれで終わらなかった。<勇者>が誕生したんだ。ノスタディア人は<勇者>にもなれないけどね。

 とにかく、<勇者>は次第に<魔王>を追いつめ、ついに倒した。そして、問題はここからだ。

 どういう皮肉か、<勇者>は<魔王>を殺すと次なる<魔王>になってしまうんだ。

 人間っていうのは不思議なもんでさ、どんなにいい人でも権力を手にするとそれに染まってしまう。<魔王>の特権に、一つだけ願いを叶えることができる、<魔王令>というものがあるんだ。

 最も、<魔王>になれば大抵のことは思うままだし、<魔王令>を使うと<魔王>でなくなってしまうから<魔王令>を使わなかった人も多いらしいけどね。

 <魔王>が生まれれば次なる<勇者>が誕生するのは必然。そして、その<勇者>もやがて<魔王>になって……。

 そうやって、ノスタディアの歴史は輪廻してきた。そして、<祭壇>は<魔王>の力そのものだよ。これで大抵の攻撃を弾くことができる。いわば、絶対的な守護。信者を守りし守護神。それが<祭壇>というわけさ」

「ではノスタディア神教というのは、<魔王>を崇めていると」

「言い方が悪いけど、そんなところかな。正確には、<魔王>の化身を」


 まあ、いいか。たとえ変なものを信仰していたとしても、ちゃんとした教えを持っているようだった。


「ということは、<禁忌>も<魔王>が作ったんですか?」

「そう、だろうね。その<魔王>は唯一、欲に染まらなかった人と言っていいかもしれない。だって、<禁忌>があることでノスタディアの平和は保たれているのだから。民のために動いていると言える」


 <禁忌>。それはノスタディア人を縛る絶対的な力。それが絶対的と言えるのは、その罰則だ。


 ――逆らった者に待つのは、死。


 <禁忌>に逆らった者に未来はない。実際に目撃したことはないが。

 ちなみにノスタディアの<禁忌>は二つある。


 一、人を物理的に攻撃してはいけない。相手に捻挫以上の傷を故意に与えた者を、処罰の対象とする。


 二、<魔王>の命令に逆らってはならない。有効期間は一日とし、命令はノスタディア王より発表される。


 その<禁忌>により全ての犯罪が消えたかというと、そんなわけがない。<禁忌>は、殺人をいう究極の手段を食い止めているだけだ。しかも<禁忌>の二つ目は、<魔王>専制を助長するものだ。まあ、それは<魔王>の人柄によるだろう。少なくとも今まで出ていた<魔王>の命令は悪いものではなかったし。

 とにかく、<禁忌>にはあまり賛成できないものの、あるものは仕方がない。


 ところで俺はオシリスと話しながらも、ずっと目の前を見据えていた。<祭壇>の後ろを見つめていた。そして今、結論付ける。明らかにおかしいと。


「オシリスさん、<祭壇>の後ろに不自然な空白がありますが、何ですか」


 教会の外周を下見した時の記憶と照合すると、明らかに不自然だ。ヒマリに聞いても知らないと言うし、とても怪しかった。オシリスは俺の突発的な質問に対し、慌てたようだった。


「え、お、オレは知らないなぁ。オレは違和感を感じないけど」


 なるほどな。これは確かめてみる必要があるだろう。俺はさっそく行動に移ることにした。


「ちょっとトイレ、よろしいですか」

「あ、ああ」


 もちろん、用を足すためではない。

 


 ノスタディア神教は<魔王>の化身を信仰している。それ自体は別に問題じゃない。名前がまがまがしいだけで、カルトみたいな集団じゃなさそうだし。重要なのは信じている者ではなく、教義なのだ。

 だが、ヒマリの転職はもう、決定したほうがいいだろう。

 今朝見た<アルマ装甲>の人々にオシリス卿という名前。教会が普通に平穏で、静かすぎるのも気になる。あの爆発は何だったんだ。

 いや、今考えても仕方あるまい。全ての答えは、<祭壇>の後ろの部屋にある。おそらくな。

 出てくるのは<アルマ装甲>の人々か教会の秘密か、それとも……。とにかく、オシリスにばれる前に事を終わらせないと。


 思考の世界から帰還すると、トイレ特有のあまり嗅ぎたくないにおいが鼻につく。俺が直接あの部屋に向かわず、トイレに寄ったことには意味がある。あの部屋の扉はオシリスから見える位置にあるのだ。だから、直接侵入はできない。

 だから、反則技を使う。

 俺は白衣のポケットから<アルマ石>を取り出し、トイレの床に置く。青い小ぶりな石だ。俺は計算を開始する。


 ――五分前の記憶より、目標との距離と方角を計測。

 ――完了。12.77m先、北から西に14.3°。

 ――扉と距離を取るため、<ホール>間の距離を13mとする。

 ――<ホール>を半径1mの円と確定。床から下端までの距離を0.13mとする。

 ――座標折りたたみ位置を6.5mとし、空間婉曲開始。

 ――完了。<ホール>を誤差0.002mの位置に形成。


 俺は計算を終えると、額の汗を拭う。これは、かなり頭を使う。体中が汗ばんでいた。これじゃあ一般の人々が使えるようになるのはまだまだ先だな。今のところ、俺以外に使えそうな人が見当たらない。そういう一般化は、ニーナが得意だったのだが……。いや、振り返ってはいけない。もうあの日々は、戻ってこないのだ。


 そうして、俺は<アルマ石>に優しく触れる。すると、計算結果が<アルマ石>に流れ込み、それは一層強い光を出す。

 やがて、静かにその円は開かれた。<ホール>と呼ばれる物で、これをくぐると部屋に行ける。

 ここから円の中を覗いてみるが、薄暗くてよくわからない。危険度は増すが、行ってみるしかないだろう。自分の研究ながら、くぐった瞬間に体を引き裂かれないか少し不安だったが、無事部屋に入れた。<アルマ石>の無駄遣いになるので、<ホール>は消去しておく。瞬間移動技術は、かなり<アルマ>を食うのだ。


 そこは薄暗く、長らく放置されていたような部屋だった。そして、なんだか異臭がする。まるで、どこかにゴミでも放置してあるような……。抜き足差し足で進んでみるものの、たぶんこの部屋に<アルマ装甲>の人々はいない。だとしたら、ここにある物はなんだ。そもそも何かあるのか? 俺の視界に、部屋の横端の空間が映った。


「……え?」


 思わず間抜けな声を上げていた。これは、牢屋? 物に隠れて見えにくいものの、確かに牢屋だった。なんでこんなところに……。とにかく、俺は薄暗く細長い部屋を進んでいく。この先に絶対何かがある。


 そして進んでいった先に、人の姿が見えた。思わず息を止めた。しかしながら牢屋の中にいたその人は、俺に気づいたようだった。


 その人と、目が合った。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ