#1 直談判
「ですから、俺の瞬間移動技術があれば、世界が変わるんです! 俺は何回も確かめています!」
俺は今、自分の発明した技術について説明していた。
場所はノスタディア第六区にある研究所の所長室。そこは金属をふんだんに使った部屋だった。金属の生産量が極端に少ないノスタディアでは珍しい。さすが、第一級貴族と言ったところか。鉄製の窓枠に囲まれた窓から日が射し込み、この部屋に暖かさを与える。光沢を放つ椅子と机は、全部金属でできているようだった。
熱弁を振るう俺に対し、椅子に腰掛けた所長の反応は冷ややかなものだった。
「ケントニス・アブカリー君。君の理論については認める。これは確かにすごい発見だ。だがな、君はこれについての安全性を保証できるかね?」
所長は、一見論理的に俺を説得してきている。だが、違う。悪意こそないものの、この人は俺を見下げている。そして、俺の発見についても信じてないのだろう。もっとも、そんなことで腹を立てるほど短気な俺でもないが。俺はあくまで、論理的に説得してみせる。
「研究段階で安全性を求める必要はないでしょう。それについては、今後考えていきます」
「そもそも君の理論は、机上の空論なのだろう? まずは実証するべきだ」
「その準備は、すでにできていますが」
所長がこの手を使ってくることくらい、予想していた。俺は、所長を説得するためにあらゆる対処法を考えてきたのだ。
「だが、わしは嫌だぞ。安全が保証されていないものを試す気にはなれない」
「では、俺自身がやりましょう」
「それはだめだ」
「なぜ……でしょう」
さすがにこの反応は予想していなかった。所長は真剣な、だが俺を見下げたような目をして言う。
「君は貴重な研究員だ。もし失敗したら、大きな痛手になる」
こんな時にだけ、俺を心配するのだな。軽くあきれる俺だったが、その余裕は次の瞬間粉砕されることになる。
「ただでさえ君のせいで、ニーナ・クリストハルト君を失っているんだ」
「その名前を出すのは……、卑怯です」
ニーナ・クリストハルト。それは、俺とコンビで瞬間移動技術を開発していた、女性の名だ。彼女は優秀な研究員だった。この研究所で俺を上回れるのは、あいつだけだと思えるほどに。
だが、彼女は俺のせいで消えてしまった。
瞬間移動技術で人間を転送しよう、と考えたときのことだ。研究熱心で、好奇心旺盛だったニーナは、自分で試せと言い出した。瞬間移動技術とは、空間に穴を開け、離れた場所にもう一つの穴を開けることで、一瞬でその場所に行けるというものだ。
そのために移動先の座標を計算していた時、ふとひらめいた。
通常、正の座標を入力すると、ノスタディアのどこかに出る。そして通常存在しないはずの負の値を入力しても、どこかにたどり着けることがわかったのだ。あくまで理論上の話だが。
そのことをニーナに話すと、彼女は、自分を負の座標に飛ばすように言ったのだ。俺は、いきなりそれは危ないと説得したが、無駄だった。ニーナに押し切られてしまった。
そして、ニーナが帰ってくることはなかった。
生きているのか、どこにたどり着いたのかも、わからない。
「とにかく、もし発表したいなら自己責任でやることだ」
それが無理だと、所長はわかっているのだろう。俺が独自に発表しても、どうせ受け入れてくれない。しかし、この所長を説得するのも、どうやら無理なようだった。
この研究所に入れてくれただけでも、感謝するべきなのかもしれない。
俺は嘆息すると身をひるがえし、これまた金属製のドアを開ける。冷たい、金属の感触だった。
「失礼しました」
そう挨拶して扉を閉める間際、所長の声が、耳に流れ込んできた。
「これからも期待しているよ、庶民君」
*
この世界には、階級制度というものが存在する。
下から、庶民階級、貴族階級、全権階級だ。
そして、庶民、貴族階級は、それぞれ五段階に分けられ、一級が最上位だ。ちなみに全権階級は一人しかいないらしいが、それが誰なのかはわからない。
それは絶対的な差で、下の者が上に逆らうことは許されない。もっとも、ノスタディアの制度的に、奴隷のように働かされる状況はありえないのだが。
研究所の廊下を、しっかり前に向かって歩く。直談判が失敗したのだから、もっと気落ちしているはずだと思うかもしれないが、これが俺の性格だ。少なくとも白衣を着ている間は、下を向かず歩く。それは弱い自分に課した、ルールだった。
「こんにちは、ケントくん。その様子だと……、ダメだったようですね」
後方から声をかけてきたのは、俺と同じく白衣に身を包んだ少女だった。俺より頭二つくらい低い身長に、黒くてきれいな長い髪をハーフアップにしている、優しげで大きな目が特徴の女の子だ。彼女の名前はロベリア。ニーナがいなくなった今、研究で俺とパートナーになっている人だ。
「どうしてわかった」
「だって、ぶつぶつつぶやきながら歩いていたじゃないですか。そういう時のケントくんは、大抵落ち込んでいます」
「今度から気をつける」
「別に、悪いことではないと思いますよ、それ」
俺を見上げるロベリアの顔は、どこまでも慈愛に満ちていた。彼女は貴族の中でも、魔天楼に住むことができる、一級貴族なのにな。庶民階級である俺と話すなんて、貴族としては破格だ。
この研究所で、庶民階級なのは俺だけだ。庶民階級の者が入ってはいけないというルールはないのだが、入れば肩身の狭い思いをすることになる。俺も不遇な扱いを受けていた。まあ、俺は生まれたときから庶民だったわけではないのだがな。
俺とペアを組んでいたニーナは、五級貴族。ある意味俺と一番近い位置にあった人だ。だから彼女と組んだし、組まされたような気もする。
だからこそ、ロベリアは特殊だった。
庶民を下に見る傾向にある他の貴族たちと違って、彼女は人を、純粋に人間性で見るのだ。本人がそう言っていた。それで俺を選んでくれたのは、少なからず嬉しかったりする。
「……ということなので、不満を吐き出すのは時に大切だと……、って聞いてますか、ケントくん?」
「あ、いや、すまん。ボーッとしてた」
彼女は俺の言葉を聞くと、嫌な顔一つせずに繰り返した。
「ですから、ケントくんは不満をため込むタイプなのではないかと思うんです。本当は私や他の人に相談して欲しいところですが、そんなタイプではありませんよね、ケントくんは。なので、一人でできる方法で不満を排出してください。ただでさえストレスがたまりやすい状況にあるのですから」
「そうだな」
「……本当に聞いていたんですか?」
「ああ」
半分くらいはな。ちょっと寝そうになっていた。科学系の話ならともかく、自分が大して興味ない分野の、それも小難しい話だと聞くだけで疲れる。ロベリアは優しくていい人だが、時々説教くさくなるのが玉にきずだ。
「それはそうとロベリア、話しかけてきたということは、何か用か?」
「用がなければ話しかけてはいけないんですか」
「ここは廊下だ。他の研究員に見られかねない状況で俺に話しかけたんだから、何かあるんだろ?」
ロベリアにはたくさんの友人がいる。彼女も気まずい雰囲気を作りたくはないだろうから、俺には人のいないところで話しかけてくるのだ。
廊下は、たくさんの人が行き来する。いつロベリアの友人と鉢合わせしてもおかしくない状況だ。だから、普段ならありえない状況だった。
そんなリスクがあるのだから、かなり重要な案件なのだろう。
「さすがケントくん。あなたの推測通りです。大切な、話があります」
彼女は歩みを止め、俺と向き合った。その顔には、ただならぬ覚悟の表情が写る。
このまま聞いてあげたい気持ちは山々だが、そんな訳にもいかない。ざっと五人ほど、俺たちの話に聞き耳を立てている。
「ロベリア、ここでは人目につく。俺の家で話さないか」
「そう、ですね。今日やるべきことは終わりましたし。ナイスアイデアです、さすがケントくん」
研究所を出ると、空は早くも夕焼け色に染まっていた。
俺たちは今、研究所の正面に延びている大きな通りを歩いている。この通りを、<魔天楼>と反対方向に進むと、やがて俺の家につく。
<魔天楼>には一級貴族たちが住んでいる。ロベリアの住居はそこだから、ちょうど反対方向だった。
「結構遠いんですね、ケントくんの家」
「俺の家は、地図上でも端のほうにあるからな」
しかし十五分ほど歩けばつくので、ロベリアの家が近すぎるのだと思う。
「毎日この道を通っているとは、ケントくんって体力すごいですね」
「前はもっと遠かったがな」
俺が今所属している研究室は、正式名称を「ノスタディア科学技術研究所本部」という。ノスタディアで一番大きい研究所だ。俺が一年前まで所属していた「ノスタディア科学技術研究所第二支部」までは、それこそ地図を端から端まで移動するような距離があった。
「俺から提案しておいてなんだけど、貴族が庶民の家に行ってもいいものなのか?」
この問いに対しロベリアは、前を向いたままさらっと答えた。
「階級の差なんて、気にしないほうがいいです。ついでにヒマリちゃんにも理解しておいて欲しい話ですし、ちょうどよかったんですよ、ケントくんの提案は」
「そうか」
俺には一人、妹的存在がいる。三級貴族の両親に勘当された俺にとって、唯一の家族だ。彼女は俺が庶民階級に落ちた原因であり、現状もっとも大切な存在だ。ちなみに、血縁関係はない。ロベリアには前、義妹のことを話していた。
「どちらかというと、ヒマリちゃんの私に対する反応が気がかりだったり……、ってあの人は誰でしょうか?」
前を見ると、俺と同い年くらいの少女がこちらに歩いてきていた。それ自体は大したことないし、これまでにも数人とすれ違ったが、彼女は異質だった。
人間とは思えないほど整った顔に、腰まで届いているのかと思うほどの長髪、スタイルもかなりよかった。そして彼女の異質さをより際だたせているのは、その格好だった。彼女は白を基調とする形式ばったようなシャツに、黒いチェックのスカートを履いている。俺も記録上でしか知らないが、あれを制服というらしい。普段、まず見ない格好だった。
そして、大して人口が多くないノスタディアで、知らない人とすれ違うのは、それだけで珍しいのだ。
そして、彼女の周りには違う空気が流れている。まるでノスタディア人ではないような……。
「さあな。ヒマリが待っているから、速く行くぞ」
俺は女の子に少し興味を持ちながらも、ヒマリを待たせるわけにはいかないので、とりあえず気にしないことにした。
しかし、ロベリアはその女の子を、吸いつけられるように見ていた。まるで何かを恐れているような。
「ロベリア?」
「あ、はい。行きましょうか、ケントくん」
彼女はどこかぎこちなく、了承した。