7 (第一章終わり)
でもこれだけ言ってしまうととりあえず麻里はほっとした気持ちになった。言った内容に真実があるのではなくて、言うことそのものによってある種の免罪符が与えられたような気がした。
「あのね、麻里。」
と、そこまで考えていた麻里の思考は、結花の少し緊張した声でさえぎられた。彼女は麻里を見ることなく、無為にエネルギーを発散させているお笑いタレントの空虚なおしゃべりに視線を向けたままだ。麻里もうなづくことはなくテーブルについたまま少しだけ体を固くした。
「実はさ、4年の白井くんがね、最近あたしによく話しかけてくるの。今日とかもそうだけど、それで仲良さげに見えちゃったりとかしないかなって。」
麻里は緊張した。この質問はとても両義的―つまり結花の告白の真意がひじょうに見えづらい類のものだった。麻里はすぐさま応答することはできなかった。
二人のあいだに沈黙が流れる。結花は何かを言いあぐねている様子でもあった。何を言いたいんだろう。それくらいの、他の男子と仲良くするといったくらいで、私は怒ったりしないし、でもわざわざ言ってきたってことは、二人の間柄はただの友達じゃないのだろうか?
麻里は沈黙のあいだずっと鍋の中に残っている角が欠けた脆い豆腐を眺めていた。そして、
「うん、分かってるよ・・・。でも大丈夫。私は結花を信じてる。」
そんな言葉が口をついてでたのは不思議だった。私は結花を信じている。
「あたしも、」 と、瀬尾結花は麻里の言葉に覆いかぶさる。
「あたしも、麻里のこと絶対に裏切ったりしないから。麻里を悲しませるようなことはしない。」
二人はやっとお互いを向き合った。そう言った結花の口はきゅっと結ばれていて、彼女の言葉も嘘偽りないように見えた。見かけかそれとも本物であるかの応酬。
麻里は取り繕うようなことを言った。
「うん、ありがとう。私も、束縛とかそういうの好きじゃないし、結花は大丈夫だって思ってる。今は男女かかわりなく後輩たちにいろいろ面倒見てあげなくちゃいけない時期だし。私も大丈夫だよ。」
でもこれだけ言ってしまうととりあえず麻里はほっとした気持ちになった。言った内容に真実があるのではなくて、言うことそのものによってある種の免罪符が与えられたような気がした。実際に麻里は肩の力を抜いた。ずずず、と体が下方に落ちていって、おしりがするっとカーペットをすべっていった。二人とも笑う。それまで張り詰めていた空気が和んだからだ。そしてどちらからともなく、お互いの片手を差し出してつないだ。
麻里は結花の肌のぬくもりを感じた。彼女はひとつの熱だった、微笑する熱。麻里はいろんなことがどうでもよくなった。昼間の白井くんへのみじめな嫉妬など、今では取るに足らないことのひとつにしか過ぎなかった。
「結花・・・好きだよ。」「私も。」
やがて二人は顔を近づけて甘い口づけをした。結花の唇は熱くてとてもつややかだった。結花の熱に触れると自分の内側も同じように熱くもりあがってきて、しばらくそのままでいたいと思うには十分だった。麻里はもう一方の手を、結花の熱気のある頬にあてて優しく撫でた。
結花はもっと二人の体が近づくように私の腰に手を回してきた。彼女は目を閉じていた。もうそろそろテレビを消す時間かな、と麻里は思った。
(第一章 終)