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「ほめすぎだよ・・・。」
麻里は苦笑いした。「それにさ、村上春樹ってアメリカの文学に影響受けてるんでしょ? だったら結花に聞いたほうがまだいいよ。わたしのは素人の単なる感想。」
麻里はさりげなく結花をチラリと見た。すると向こうもこっちの視線に気づいて、麻里に向かって微笑み返した。結花の天使のような暖かい表情。
「いや、里見先輩はほんとにすごいですから。今日の話も、構想発表の参考にぜひともさせてください!」
村重くんはこちら―麻里と結花―のやり取りには全く気が付かず、一人でテンションをあげていた。今や彼はいくつかのプリントをもったまま麻里の前に仁王立ちしている―彼には熱っぽいところがあるのだ。
「ほんとに思いつきで喋っただけだからね、保証まではしないよ!」麻里が釘さしても、村重くんはそれには答えずプリントをゆさゆさと揺らしながらさらなる思索に案じているようだった。それから少し経って、彼は思い出したように麻里のもとに行き、ボリュームを絞った声で小さく呟いた。
「それに、それに瀬尾先輩は、アメリカ文学でも古典の方ですから。村上春樹が影響を受けた作家ってほとんどが現代作家なんですよ。」
ミーティングはほどほどにしておわり、解散となった。麻里はすぐさま結花のもとに駆け寄った。その時にはもう4年生の白井くんは別のテーブルで他の生徒たちとお昼ご飯に行く準備をしていた。「結花、おはよう。」
やや間を置いて「おはよう」とゆっくり発語する彼女の声は甘かった。麻里は嫉妬と緊張がほぐれたのとあいまって、ほとんど座り込みそうになってしまいそうだった。
「結花、これ。」そう言って麻里は結花が研究室に置きっぱなしだったピンクのスカーフを渡した。結花は丸い瞳を大きく見開いて、大事そうにそれを受け取った。
「よかった、わたし家に置いてきちゃったかなぁなんて思ってて。ありがとう、助かる。」
どういたしまして、と麻里は声にならない声でつぶやく。
「さて、お昼どうする? 学食?」
「うーん・・・。」バッグをすっかり整理し終えた結花と麻里は、木製の椅子に座ったまま考える。結花の何気ないしぐさもとても可憐で麻里には狂おしい。
「最近忙しくできた南門のほうのお店は? パスタ、食べたいな。」
「あー、あそこ、私も行きたかった! 行こうか!」
「よし、じゃあ決まりだ。パスタ。」
二人は何人かの後輩たちの声を背に、会議室をあとにした。
(続く)