奇跡
お題:オレだよオレ、靴 必須要素:カレー
「オレだよオレ、母ちゃん? オレだって。オレだよオレ、靴」
電話の向こうで、ひたすら「オレだよオレ」を繰り返す男がいた。しかも、さいごには、自分のことを靴と名乗っている。いったいこいつは何者なんだ。
しかも一人称が「オレ」ときた。「俺」ではない。やりにくい。一度エンターを押して、間違えて、バックスペースを押して書き直さないといけない。こいつはきっと俺を殺しに来ているに決まっている。なんという恐ろしいやつだ。この靴と名乗る男は。
「あーはい? えーとどなたですか?」
とりあえず電話に答える。本来なら無言で切ってやりたいものだが、今日は先ほど食べたカレーがうまかったので気分がいい。気分がいいから、たまには「オレオレ詐欺」の相手をしてやろう。
もちろん、だまされるつもりはないが。
「あ……もしかして父ちゃんか?」
「そんなに俺の声が更けて聞こえるのか? 俺はお前の兄ちゃんだよ。妹よ」
相手の声は、確実に男の声だ。男の声のやつに、妹と呼んでやった。どうだ。ド肝を抜かれただろう。さあ、どう反応するか楽しみである。ちなみに、私に妹はいない。
「ア、ニイチャンカー。ナンダ、ソレナラサイショカラソウイッテヨー!」
私は激しく後悔をした。
声を裏返らせようと、カタカナにしたら、変換がかなり面倒くさい。なにかのショートカットキーで一発で全部カタカナにできたような記憶があるが、それがどのキーだった忘れてしまった。変なキーを押して、余計な時間は使いたくない。
「おう、どうしたんだ。妹の靴よ。ところでお前の名前の由来を知っているか――」
俺は一方的にしゃべることにした。
これ以上、相手に喋らせて、無駄な返還の手間を(ry――いや、裏声で会話させるのは、申し訳ないと思ったからだ。今日の私は気分がいい。なにせカレーが旨かったからな。やっぱりカレーはレトルトよりも、手作りに限る。
「――で、お前の名前の由来だったな。それはあれだよ、お前が生まれたときな、助産婦さんがうっかりお前を落としてしまってな、それが靴の上にのったからだよ。奇跡的にな。もしそのまま地面に激突していたら、たぶん、お前の頭にクレーターができたかもな! はっはっは!」
「オニイチャン、ワラエナイヨ」
もちろん全くのでたらめである。
私に妹はいないし、靴に落ちたのはこの架空の妹ではなく、私だからだ。私が、靴に落ちて、奇跡的に助かった。
だから、靴とは私にとって、とても重要な言葉である。
「お前は二つの奇跡を体験しているぞ、靴よ」
一つは俺がカレーを食っていたこと。
そしてもう一つは、お前が靴を名乗ったこと。
世の中は、奇跡に満ちている。