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「少し、遅かったようですね」

 ディアンら一行がキアの町に到着したのは、ファラシアたちが出立した翌日のことだった。

「しょうがないじゃない。こっち方面は来たこと無かったんだから」

 ディアンに他意はなかったが、クリミアには自分の所為だと言われているように感じられたらしい。ふくれっ面でソッポを向く。

 ファラシアの放った魔道を頼りにクリミアが転移を行ったが、キアは彼女が訪れたことのない場所だった為、若干離れた場所に出てしまったのだ。

「貴女を責めているわけではないですよ。しかし、サウラからわざわざこんな方へ来たという事は、ハンダにでも出るつもりでしょうか」

 クリミアへの取り成しはそこそこに、ディアンはファラシアたちの行く先について思案する。キアから南に行けば、ハンダだ。乾季の砂漠ではあるが、オアシスは点在しており、行こうと思えば行けない事は無い。ましてやファラシアほどの魔道士であれば、それほど苦でも無いだろう。

「あるいは、グレイスターヌかも知れねぇがな。サウラから真っ直ぐ出ようとすれば、都を突っ切ることになるだろう? さすがにそれは『協会』に見つかる危険が高いから、グルーッと回っていくつもりなのかも知れん」

 ルーベリーの言葉に、ディアンは曖昧に頷いた。

「そうですねぇ……。まあ、あまり悠長にしている暇はありませんが、取り敢えず、イオザードを待ちましょうか。何かつかんできてくれるといいのですが」

 そう言って、ディアンは近くの長椅子に腰を下ろす。

 ファラシアたちが前日まで滞在していたこの町であれば、追跡の魔道に使えるようなものが何かあるかもしれないという事で、情報収集を兼ねて、イオザードは別行動を取っている。

「あーあ、退屈。じゃぁ、わたしは宿で寝てるから。行き先の見当が付いたら起こして」

 クリミアは言い残して、後は振り返る事も無く歩き去っていく。

「働いている同僚を労うって事は、全く頭に無いのかね。やること無くても待っててやるってのが、筋じゃねぇの?」

 彼女の後姿を見送りながら、ルーベリーは憮然とするが、ディアンはいつものことだと諦め顔だ。

 男二人は、ぼんやりと人の流れを眺めながら、残る一人を待った。

   *

 このキアの町で唯一つの宿を後にして、イオザードは少女の名残を辿る。この町のあちらこちらにファラシアの気配は残っていたが、追跡に使えるほどのものではない。

 ──何か、ないか。

 このキアまで追跡できたのは、かなり大掛かりな魔道の発現を感知したからなのだが、いざ町に着いてみると、その気配はきれいに掻き消されていた。

 ファラシアらが泊まったと思しき宿を始めに、そこから彼女の痕跡を追う。彼女の気配は濃厚だが、魔道の匂いが無ければ正確に追跡できる自信が無い。クリミアの術は回数を重ねて用いる事ができない為、できるだけ失敗はしたくなかった。

 この地域独特の、妙に背が高く、天辺にだけ緑を付けた街路樹。

 南方から仕入れた、色鮮やかな果物を並べた露店。

 少しでも涼が取れるように、風通しの良い木陰に置かれた、長椅子。

 そこかしこに、ファラシアが残っていた。

 ファラシアという少女は、自分のしたいことも判らないような年頃から、『協会』の所有物となっていた筈だ。その軛から解放され、自由になってから見る世界は、どんなにか鮮やかなものであっただろうか。

 自分の追っている相手の本質は、ただの少女にしか過ぎない事を、イオザードは解っている。こうやって、彼女の名残を追う彼には、ファラシアの中に、『協会』に牙を剥いたり、ましてや世界に仇をなそうとしたりなどという気持ちなど微塵もない事が、いやというほど解っているのだ。

 雛のうちに、選択の余地無く籠に入れられてしまった小鳥が、ふと気付いて外の世界を目指そうとするのを、いったい誰が止められようというのか。

 当てもなく街を歩いていたイオザードは、キアの中心に位置する泉まで辿り着く。キアが栄えている理由は、ひとえにこの泉のお蔭であると言ってもよい。こんな砂漠の真ん中に位置しているにも係わらず、泉は常に清らかな水を湛えている。大昔に水を引き込んだ魔道士がいたという言い伝えはあるが、詳しいことを知る者はとうにいない。定期的な補強も要さずに、これ程長い間持続する魔道とは、いったいどんなものなのか。

 イオザードはグルリと泉を回って、そこに特に変わったことが無いことを確認し、広場を後にしようした――が、ふと視界の片隅を過ぎった小さな祠に気を引かれる。直に手を触れると、それは確かに感じられた。

 ――転移の魔道……? それに――あの娘の気配もある。

 イオザードは首を傾げながら、その祠に触れる。それがファラシアのものかどうか判らないが、何者かによって、本来の働きは封じられていた。

「封印か……。こりゃ、ディアンの領分かな」

 おそらく、ファラシアはこの中で何らかの魔道を用いたのであろうし、それを追跡すれば、彼女が何処に行こうとしているのかも判るだろう。あの少女を追って、狩り立てて、その行き着く先は……?

 自分の中に生じた小さな迷いを、イオザードは頭を強く振って、吹き飛ばす。何をどう考えても、自分は組織の中に組み込まれた部品の一つに過ぎなくて、『協会』から離れて生きていくなど、できはしないのだ。

 イオザードは苦い思いを噛み締めながら、身を翻す。自分の職務に対して、これほどの疑問を抱くことは、この先、訪れることはないだろうと確信しながら。

   *

 ガランとした室の中に、氷漬けになった巨大な魔物。それからは、ジンワリと、だが絶え間なく魔道が染み出てきている。それがこの町を潤しているということは、多少の魔道を有するものであれば、一目瞭然だった。

「これ、は……」

 封じられた魔物を数多く見てきたディアンでさえも、言葉を失った。

 イオザードが見つけた祠の封印を解き、転移の魔道に導かれた先にあったものは、予想だにしないものであった。

 恐らく、この町ができた頃から、その魔力で水源を供給してきたに違いなく、それだけでもこの魔物の力を察することができる。これほどの魔力を持つ魔物を封じていることもさることながら、その気配は外に漏らすことなく、必要最低限の力を得られるように調整してあるその匙加減が絶妙だ。

「しかし、なんだって、あいつはこんなことをしたんだ?」

 魔物を見上げながら、誰にともなくルーベリーが問いかける。

「力を使えば俺らに居場所が知れるのが、判らん奴ではなかろうに」

 首を傾げられても、他の二人にも判る筈がない。

「少なくとも、無理矢理封じた、という訳ではなさそうですね」

 暗い中でもはっきりと判る魔物の表情に、ディアンが呟いた。

 ――この魔物が、こうなることを望んだから……? しかし、魔物がヒトの為に何かをしようなどと、考えるものなのか……?

 その場にいる皆が同じことを自問した。しかし、答えは判らない――そんなことは決して有り得ないのだから。魔物はヒトを襲い、殺し、喰らうものなのだ。だから、『協会』は存在する。

 疑問と迷いに満ちた沈黙を破ったのは、ディアンだった。

「とにかく、これを手掛かりにして彼女を追うことができる筈。一度、『協会』に指示を仰ぎましょう。ファラシアは私たちだけでは手に余ります」

   *

 ディアンからの報告を受け、『協会』は一人の女性を招喚した。

 恐らく、ファラシア・ファル・ファームが最も想う女性であろう。

「あたしに何の御用でしょうか?」

 目つきも声も刺々しく、リーラは目の前に並ぶ『協会』の重鎮達に問うた。押し潰されそうな威圧感を跳ね返すように、少し顎を引いて彼らを睨み付ける。

「あの娘に、帰ってくるよう説得して欲しいのだ」

 わずかな間の後、カリエステは口にした。だが、リーラは、その答えを笑い飛ばす。

「帰る!? 何処に帰るっていうの? あんた達が用意した、檻の中? それとも鎖にでも繋ごうってのかしら!?」

 仔猫を護る親猫さながらに、毛を逆立てて更に言い募る。

「あんた達はひどいよ。散々あの子をこき使って、手に余るようになったからいない事にしてしまおうってんだろう。あの子はいつだって、皆の為になろうって、ただ、それだけだったのに! あの子は、みんなを大事に想ってくれてたんだ。あたしの事も、カヤの事も、見ず知らずのひとの事だって!」

 そこまで捲くし立てたリーラの顔が、不意に歪む。

「でも、そんなあの子を……あんた達は見捨てたんだ。……あたしも、そうだ。あたしも、あの子を追い払った……」

 泣き濡れるリーラを、カリエステは黙って見つめる。

 前掛けで涙を拭い、リーラが再び顔を上げるまで、それ程の時間は掛からなかった。

「とにかく、あたしはあんた達には協力しない。決して」

 乾いた目で、リーラはカリエステを見据える。一歩も譲らぬ構えの彼女に、実質的にはこの国一番の権力を持つ老人は小さく溜息を吐いた。

「それでは、仕方がない」

 カリエステのその言葉と同時に、リーラは指一本動かせなくなった自分に気付く。

「いったい、何を……」

「あの娘を捕らえる為の、盾となってもらう」

「こんなやり方、卑怯じゃないか!」

「それは充分承知の上だ。だが、わしらも切実なのだよ。さあ、用意しろ。ディアン達が戻り次第、行くぞ」

 にわかに騒がしくなった中、身じろぎ一つできないまま、リーラは自分の不甲斐無さに歯噛みした。こんな事態になってしまっては、あの時、妹とも娘とも思う少女にあれほど辛い思いをさせた意味が無くなる。

「ああ、どうかお願い……逃げて……捕まらないで……」

 リーラは祈るように呟く。それを聞き届けてくれる何かがいればいいのに、と願いながら。

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