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 ファラシアがカイルを持て余していたその頃、クリーゲルはイオザードと膝を突き合わせていた。

 人間である魔道士たちが使う術は、二つの系統に分類することができる──地水火風の四大元素を使う通常魔道と、追跡や回避、転移などを行う特殊魔道とに。通常魔道は比較的用いるのが容易な術であり、魔道士であれば力の差こそあれ殆どの者が操れるが、一方、特殊魔道を使うことができるものはごく限られている。そして、ファラシアやカリエステのような大魔道士でもない限り、多くの場合、使えるのは通常・特殊の両魔道のうち、二、三種が精々であった。

 今回、仮にも大魔道士の称号を与えられているファラシアの追跡隊に、通常魔道の力は極弱く、しかも中級に過ぎないイオザードやクリミアが組み込まれたのは、偏に特殊魔道を得意としているからである。クリミアは馬を使っても三日はかかる距離を一瞬にして移動することのできる遠隔転移の、そしてイオザードは人の心の中に残る気配を辿って人や物の在り処を察知する捜索の術に、其々長けていた。

 イオザードは両手をクリーゲルの額に翳し、両目を閉じる。

「できるだけ鮮明に、ファラシアのことを思い描いてくれ」

「鮮明に、ね……」

 同じく瞑目し、クリーゲルが肩を竦めて呟いた。そして、イオザードに言われたとおり養い子のことを心に思い浮かべる──ただし、それは彼女が七、八歳の頃のものであったが。

「……もう少し、最近のものは思い出せないのか?」

 眉を顰めたイオザードに、クリーゲルは苦笑で返す。

「申し訳ないが、私の記憶に一番残っているのはあの頃の彼女なんだ。何しろファラシアは十歳ぐらいには、もう、『協会』にしょっちゅう呼び出されていたし、私にしても、あの子がファルの称号を受けてすぐに旅に出てしまったしね。かれこれ二年以上も、あの子の顔すら見ていないよ」

「なら、仕方ないか……」

 小さく溜め息を吐き、気を取り直して再び目を閉じたイオザードだったが、数秒後には諦めたように瞼を上げる。

「やはり駄目だ。せめて五年以内の記憶でなければ、ここまで完璧に掻き消されたファラシアの痕跡を追うことは難しい」

「五年以内……もう少し頑張れませんか? イオザード」

「ディアン、捜索の術の特性は解っているだろう?より正確を期すには、本当なら一年以内と言いたいところなんだがな。五年もあれば、容姿も性格も、下手をすれば魔道力の傾向すら変わり得る」

 腕を組んでディアンに答えるイオザードの顔は渋いものである。そんな彼に、爪の手入れをしていたクリミアがその心の内を充分に教えてくれる眼差しを送った。

「ちょっとぉ、イオザード。あんたがあの子の居場所を突き止めてくれなきゃ、あたしだって何にもできないんだからね。しっかりしてよ。あたしはあんたと一緒に役立たず呼ばわりされたくないわ」

 言うだけ言って、再びクリミアは爪やすりを手にする。毎度のことながら、彼女の意見を気に留める者はいない。

 持て余した沈黙の中、ルーベリーが口火を切った。

「俺は……三年前のあいつを知っている」

「ルーベリー?」

「三年前、俺を含む上級魔道士五人が梃子摺っていた魔物を、あいつはそれこそあっという間に片付けちまった。そん時にあいつを見た」

「だが、見たというだけでは、どれほどの手掛かりになるか……」

 いま一つ自信無さそうに言葉を濁らせるイオザードであったが、しばし考えた後、他に打つ手は無いと見て首を縦に振る。

「よし、ものは試しだ。やってみよう」

 そう言うと、イオザードは先程のクリーゲルの時のようにルーベリーの前に腰を下ろすと、両手を彼の額に翳した。目を閉じ、ルーベリーの頭の中を見えない触手で探っていく。

 ルーベリーの中を現在から過去へと遡っていくイオザードの前に、不意に、強烈な印象を放つ一つの像が現れた。隧道を通り抜けてきた者が日の光に目を眩ませるように、イオザードの頭の中は一瞬真っ白になる。

 輝きは直に失せた。だが、イオザードの中には確かな手応えが残されている。

「凄い、な……」

 三年前に一度見ただけとは思えない鮮明さに、イオザードは思わずそう呟く。

 かつてルーベリーに深く刻み込まれたファラシアの魔道力は、三年の年月を経ても色褪せることはなく、今現在の彼女の居場所を真っ直ぐにイオザードに教えてくれていた──さながら一条の光の矢のように。

「ここから北東……人が多い。村、いや──もっと大きい、都市だな。ディアン、地図を貸してくれ」

 一つ一つ確かめるように呟いていたイオザードが、目を開いてディアンを振り返る。彼から受け取った地図の上を、イオザードの指が辿っていく。

「──ガルディア……ああ、ガルディアだ」

 そう呟いたイオザードの声は確信に満ちていた。

「間違いないんでしょうね?」

 合計五人の転移を受け持つことになるクリミアが念を押す。一人や二人ならともかく、五人を転移するとなれば、魔道力の消費も並みではない。一度行えば、恐らく三日は休息を必要とするだろう。これで捕らえることができなければ、また暫らくは無駄な時を過ごすことになってしまうので、慎重を極めなければならないというのは確かなことである。ただし、果たしてクリミアに時間を惜しむ気があるのかどうかは、甚だ疑問であったが。

「今のところは、ガルディアにいる。それは間違いない」

 断定するイオザードに、クリミアは爪やすりやらオイルやらを背負い鞄の中に放り込む。

「だったら、ボケッとしてないで。丁度いいわ、ガルディアだったら、前にも行ったことがあるから繋ぎやすいし。さっさと捕まえないと逃げられるじゃない。野宿じゃ肌が荒れて仕方がないわ」

 自分の荷物を片付け終わったクリミアは、男たちに天幕を畳むように指示を出す。ディアンとクリーゲルがそれを実行している間に、彼女は地面に転移の魔道を補助する為の魔方陣を描き付ける。

 より高位の魔道士であれば己の魔道力のみで事足りるのだが、クリミアのような中級程度では、自分自身を移動させるのにさえ、魔方陣で不足する分の魔力を補ってやらなければならないのである。もう一つの魔道力を増幅させる手段として護符というものがあるが、如何せん、労力と時間さえかければいくらでも使える魔方陣と異なり、そちらの方は消耗品である上に非常に高価なものであった。

「あたしの方の準備はできたわよ」

 最後の紋を描き込み、クリミアは立ち上がった。

「あんたたちがよければ、もう、いつでも出発できるわ」

 自分の荷物を担ぎ上げて、自ら率先して魔方陣の中央に立つ。そして、苛々と足を踏みながら男たちを待った。

 一行の中で一番優男なディアンが折り畳んだ天幕を背負い、クリーゲル、ルーベリー、イオザードは各々の荷物を手にした。

「皆、入った? 手とか足とかがはみ出てると、そこだけ置いてっちゃうわよ」

 冗談にしてはあまり気持ちの良くないクリミアの台詞に、笑いは漏れなかった。受けを狙った筈がそうならず、クリミアはやや鼻白んだ様子になったが、気を取り直して転移の術を発動すべく、気を集中させる。

 転移の術を行う時に描くのは、『扉』である。頭の中に扉を想像し、それを開くと行き先として望んだ場所があるということを念じるのだ。

 クリミアの場合は、扉ではなく『門』を用いる。その為なのか、彼女には『扉』を鍵にする他の転移術者より、より多くの人数の、そしてより遠方への転移が可能であった。

「門よ……我らを遠き彼の地へ導く門よ。今開かれ、その距離を無に変えよ」

 低い声での詠唱に従い、魔方陣が輝き始めた。同時に、魔道風が真下から吹き上げる。

 一瞬後、魔方陣から巻き上がった螺旋状の光が五人を包み、その消褪と共に全てを消し去った──下生えや、小さな砂粒さえも。

 後には、円く、磨き上げられた鏡のような地面だけが残されていた。

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