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生物と魔物によって生態系が構成されている世界。
その世界に属している国の一つであるドゥワナは、『中央』によって国内の統制が成されている。『中央』の運営は、決裁権を有する『長』を筆頭とする政治的な側面を治める議会、そして法を守る律令局に任されており、人同士の争いを収める役目は、この律令局の保安庁が担っている。
その中で、『協会』は特異な立場にあった。
魔道士──生来の素質を厳しい修行によって開花させ、唯一、魔物に対峙することができるようになった者たち──によって構成されるその組織は、ある意味、『中央』からは独立しているといえる。その運営費は『中央』の予算の中に組み込まれているが、『中央』による制約は一切受けない。人間の力を遥かに超えた魔物たちを相手にする為には、時に超法規的措置を取ることも赦されているのである。
組織立った彼らの働きにより、ドゥワナにおける人と魔物の勢力図は逆転することとなった。
*
男は、その存在に目を奪われた。
いつものように、『協会』が指示した仕事をこなし、帰路に着いた翌日のことである。
転移の術を用いれば、一瞬にして『協会』本部に帰ることもできたが、別に彼を待つ者もいないのに、急ぐ必要はない。第一、早く帰れば、また次の仕事を押し付けられるだけだ。色々と面倒だから『協会』に属してはいるが、他の魔道士たちのように、自分の力を誇りに思っているわけでもない。
のんびりと馬に揺られ、景色を楽しんでいた時だった。
不意に、彼の心が何かに引き寄せられたのだ。
もしかして、誘惑系の魔物だろうか。
男は、一瞬、そう考えた。
匂いや音、諸々の手段を用いて獲物を引き寄せ餌にする魔物は、多い。そういったものの類かと思ったのだ。
しかし、何かが違う気がする。
男は、呼ばれるままに、その源を探した。
そして、辿り着いた先にいたモノを凝視する。
その姿は物心が付くか付かないか、という幼女のものであるにも関わらず、漲る魔道力はヒトに非ざるものである。その至高の存在はあらゆるものを凌駕しているが故に他の種属とは一線を画し、滅多に姿を現す事が無い。男も、半ば伝説と化した伝聞を耳にしたことはあっても、その影ですら、視界の片隅にも入れた事が無かった。
それは、尊び、畏怖し、恐れるべきモノ。
男は光を放っているかのような白銀の髪を掬い取る――と、幼女の眼瞼が震え、ゆっくりとそこに隠されていた輝きが現れる。キョトキョトと不安げに彷徨った薄青の眼差しが男の姿を認める、と、フワッと――まるで迷子が親を探し当てた時の様に、本当にフワッと、微笑んだ。
それは、一瞬にして男を魅了する。
――ああ、放せやしない。
その存在自身が持つ、強烈な吸引力。
だが、それ以上に彼を縛りつけたのは、微笑と共に与えられた、この上ない充足感。
『ソレ』は、男の中にぽっかりと開いている穴を埋めてくれるような気がした。
その属性は風と水。どれ程の魔道力を持つようになるのか、予測すらできない。
男は腕を伸ばし、『ソレ』を抱き上げる。柔らかな、温もり。
「お前に名前をあげなきゃな」
男はそう呟き、しばし考える。
そして――