PACE5.5-1→生意気な迷い猫2
What would you do if you place?
もし
もし君がこの立場だったら?
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目が覚めると、隣にいるはずの師匠はいなくて、部屋のドアが少しだけ開いていた。
部屋からでるとリビングから声がする。気になってドアを開けた。
「おはようございます師匠。今日はやけに早……!」
思わず言葉がとまる。部屋には見たことのない男の子と、翼を出した師匠。男の子は何だか怖い格好をしていて、僕は少し怯えた。
「あ、君確か弥って子……だっけ」
その子は急に僕の名前を呼ぶ。なんでこの子は僕の名前を知っているんだろう?怖くなって師匠の背中に飛びついて声を上げた。
「しっ、師匠!この人誰ですか?!」
「泥棒だ」
泥棒……こんな若いのに大変だな。と、師匠の言葉を飲み込んだ男の子ははっとして声を上げた。
「違います!だから俺は自分でここに来たわけじゃないんですって!」
泥棒さんなのに微妙な言い訳。自分で来ないでどうやってここに来るんだろう。とりあえず、こういう変な人には関わらないのに限る。
「……?変ないいわけですね。初めまして」
「変!?だから……よろしく」
怒鳴り掛けた彼はでも、それ以上言わずにぺこりとお辞儀をする。なんとなく興味がなくなって、僕は師匠に向き合った。
「はい。で師匠。今日はなんで早いんですか?」
「これに起こされたからだ」
そう言って師匠は彼をさす。そっか、そうじゃなきゃ泥棒さんなんかを捕まえられるわけない。もう一回男の子の顔を見、思わず呟いた。
「ふうん、印象の薄い人ですね」
「薄い!?俺が、か?」
彼はショックをうけたようにそう呟く。でも、本当にそうなのだ。師匠みたいに特別顔立ちが整ってるわけでもないし、特別醜いわけでもないし。
「はい。あ、でも気にすることないですよ。馬鹿よりましですから」
「何処がどうマシなんだよ……」
僕にとっては最大のフォローだったんだけど、彼は不満げに小さくぼやく。
これ以上フォローできそうにない、悟った僕はいつの間にか逃げてしまった師匠に視線を合わせた。壁に寄りかかってこっくりこっくり、師匠は船こぎ模様。
「ところで師匠、今日までのお仕事はもう仕上がったんですか?」
師匠は慌てて顔をあげ少しだけ目をそらし言う。
「世の中無理なこともある」
「仕上がってないんですか!ならこんなとこで寝てないで仕事してくださいよ!」
ああもうこの人は……仕事をさぼる事とため込む事にしか労力を使わない師匠にそう言ってやる。師匠はしばし言い訳を考える様に視線を惑わせると、こうのたまった。
「そうもいかないだろ。ほら朝だしな。朝食作らないと」
「それは、僕の仕事です!」
全く、こんな時ばかり家事をしたがるのはどうかしていると思う。普段はなにもしない癖にいい気なもんだ。
「お前はあれの相手してろ」
あれとはもしかして、あの男の子の事だろうか。自慢じゃないけど僕は人見知りが激しいタイプなんだ。でも、師匠はいやです、と言わせてくれなかった。凄い勢いで師匠の手に現れた鋏は、ちゃきっと音を立てて僕の首筋に当てられる。
「保険金になるのと、相手をする、どちらがいい?」
「よろこんでお相手させていただきます!」
思わず頷く。師匠は満足気に微笑んで鋏を仕舞う。と、後ろから声がした。
「あの……ちょっと………」
はっとして振り替えると、困ったような男の子がこっちをみていた。そうだ、忘れてた。
「はい、なんかいいました?」
「すんませーん、なんでもないでーすっ」
ぎこちない苦笑に首を傾げながら、話題をさがして視線を惑わす。結局思いつかなくて朝食は何がいいか聞いてみた。
「いや、シュークリーム食べたし特には」
お腹をさすりつつ言う彼。勿体ないと思ってもう一度問い掛けると彼は頷いてくれた。
「………いただきます」
ちらりと師匠をみてそう言う、まあ師匠が料理なんかするようには見えないからしかたないかもしれない。
「師匠の料理はおいしいですから安心してください。ああ見えて主夫暦400年近いですからね。」
フォローのつもりで言った僕の言葉に、彼は目を見開いた。
「四百って、あの人一体何歳なんだ……」
「えーと、492ですねー。あ、僕は10歳です」
「ほぼ五百!?てか君十歳!?」
驚く彼。何が驚きだかわからないけど本当に驚いてるみたいだ。確かに人間さんには492なんて珍しいだろうけど、僕が10歳なのは別におかしくない気がする。
「普通じゃないですか?…僕は10歳ですよ。若いでしょう」
胸をはって言う。彼の反応は薄かったけど……気にしない。
「これからどうするんですか?」
「それがまだ分かんないんだよなぁ、逆に俺が聞きたいぐらいだ」
「えぇと…え。じゃあ何で泥棒なんかしちゃったんですか?」
思わず呟くと、彼は思いっきりため息をついた。
「だから!俺は泥棒じゃないっつーの!逆に泥棒を探してるんだよ、泥棒」
「……まあ何でもいいんですけどねー。じゃあ行くとこないんですか?」
「そうなんだよ、それが問題なんだよなぁ」
彼はそういって思案する。まあ僕には関係ないことだから別にいいのだけど。
「……頑張ってくださいねー。ま、へたに外にでれば売られるか死ぬがですが」
悪魔の世界は子供と異邦人ににやさしくないと師匠がいっていた。子供なんか捕まえられたら回されて遊ばれて脱がされてぽい、らしい。よく解らないけど危ないっぽい印象をうけた。
「ちょっと待て!売られるとかってどういうことだ!」
予想どおり声をあげる彼。なんとなくどんな人かわかった。こういう人がいわゆる、世間知らずさんなんだ。
「当たり前じゃないですかーここは地球じゃないんですよ?しかも人間さんなんだし……下手するとサーカスライオンの餌ですよ?」
サーカスのライオンの餌は人間なんだって師匠は言ってた……本当だ。たぶん。
「ライオン………ここってどんな世界なんだよ、悪魔とか普通にいるし」
ぼそっと、彼は呟く。
「何かおっしゃいましたか?」
「い、いや」
普通に問い返しただけなのに、彼は奇妙に苦しそうな笑顔を浮かべる。さっきからこの人はなんなんだろう。
「そういや、この世界で人間は珍しいのか?」
突然思い出したように問い掛けられ、一瞬言葉が飲み込めなかった。彼の言葉をよく噛み砕き、なんとか理解する。寝起きで頭がまわらない。
「めずらしいというか……いるはずのない生物ですね。僕も師匠といなければ知らなかったし」
へぇ
僕が必死で考えた答えは一言で流された。彼は僕を上から下まで眺め回すとまた、急に問う。
「もしかして……君も悪魔だったりする?」
「僕は子供ですから。見習いってとこでしょうか。……あ、人間の悪魔の理念は捨てたほうがいいですよ?間違ってます」
僕は正しいことを言ったつもりなんだけど……彼は小さく首を傾げ腕を組んだ。
「なんか君、随分大人びているね」
えっと、誉められているんだろうか。いまいち解らない。大人びてるってどう言うことなんだろ。
「そうですか?ま、師匠と暮らせばいやでもそうなると思いますよ。あの人生活力0なので」
「ませたガキ」
小声で、彼はそう呟く。自慢じゃないけど僕は耳がいいほうだ。しっかり聞こえていた。
しかし、ガキってもしかしなくても僕だろうか。だとしたら冗談じゃない。師匠くらいの大人に言われるなら未だしも、僕よりちょびっとでっかいだけの人にガキなんて言われるなんて正直腹が立つ。
そんな僕の内心も知らず、彼は呑気に言う。
「あ、朝食!そろそろ出来たんじゃねぇの?」
ああそうか、朝食。さっきまでシュークリームがどうたらとか言って食べる気無かったくせにそう言う彼に冷たい視線を送ってあげる。宣言しよう。僕はこの人が世界で3番目に嫌いだ。
「顔より子供っぽい方にいわれたくないですね。師匠できました?」
キッチンを見るとけだるそうに現れた師匠が、いつもの様に朝食を二つ、僕と彼の前においた。
肝心の師匠は食べないつもりらしい。師匠が食べなくなるのは体調を崩す前兆だから気を付けないと……と、僕が真剣に考えていると彼は喜びの声をあげた。
「おぉうまそ、食べていいんですか?」
「……勝手にしろ、食い終わったら皿は自分で洗え」
食べちゃいけないものを目の前にださないと思うけど。僕は思ったけど心やさしい師匠は突っ込まずに丁寧に答えた。っていうか、普通お客さんにお皿を洗わせないと思う。
目の前に音をたてて置かれたナイフとフォークを怖ず怖ずと手にとった彼は急に呟いた。
「箸とかないのかな……」
「……ないですよ。……師匠箸つかえないんで」
思わず師匠をちらりと見て小声で反す。ついでにこれ本当。師匠は育ちが西洋文化中心だから箸とは縁がなかったらしい。
すごく不器用に箸を使う師匠はちょっとおもしろい、眉がぴくぴくしてすごく難しい顔するんだ。
「じゃあせめてスプーンとかは……」
「これでいいのか?」
しっかり聞こえていたらしい。何時の物か解らない割り箸を彼の前に出した師匠は小さくため息をつく。
それを受け取った彼は小さくお礼を言い、何事か呟いてもくもくと食べだした。彼を見る師匠の目は飼い馴らした動物を見るような目だったけど、気にしないことにしよう。
「で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」
二度目の問いに彼はうーんと唸る。
「あーと、うーん。とりあえずこの世界のことを詳しく知りたいんですけど」
「……この世界。か。簡単にいえば神直属の治世下、悪魔と天使の住む国のような場所だ。たまに天使が奇襲をかけてくる」
「外、とか出ちゃ駄目ですかね?」
師匠の答えじゃつかみにくかったんだろう。彼は控えめにそう呟く。
その声に師匠はにやにやした、それはもう、気持悪いくらいに。
「……一人でいけば売られるぞ?お前はたいした値段になりそうにないが。つれていってやっても良いが?」
ろくな事を考えてないような師匠の顔。さすがに不審感を抱いたらしい彼は怪しみながらも小さく頷く。
「それなら、まぁよろしくお願いします」
「よし、これでもしもの時のおとりが手に入った」
ぼそっと呟く師匠。知らずに食べ終えた彼が生け贄に見えた瞬間だった。
「そういえば、さっき仕事とか何とか言ってたような……ホントに付き合ってもらっても大丈夫なんですか?」
「ああ気にするな、すべては予定調和の内だ。できないものは出来ない。最悪の場合は武力で押さえ込めばいい」
武力でって…呆れてため息。
師匠は彼を上から下まで舐めるような視線でみつめ、腕をくむ、唸る。餓えたライオンみたいだ、もう耐えられません、餌やらないと彼を食べそうだ。
「……なんですか」
「まさか、お前はそのみすぼらしい格好で俺の隣を歩くつもりか」
師匠が彼を見る目はまさに、汚いものを見る目。
そんな視線がさすがにいやだったのか、彼はむっと問い返す。
「……じゃあどうしろと」
「服ならいくらでも貸してやるから、俺の隣をそんな格好で歩くな」
さらりと、師匠はそういう。やめてほしい、洗濯するのは僕なんだ。
「いいんですか!?でも、借りても洗濯出来ないですよ」
「俺が洗濯するんじゃないからいいさ。」
ほらやっぱり、やめてほしい、一番被害を被るのはこの僕だというのに!何が悲しくて僕は名前も知らない人が着た服を洗わなくちゃならないんだろう、そこまで考えて、僕はある事実に思い至った。僕、この人の名前を知らない。
「……弥、恨めしい目でみるな。」
どうやら僕は師匠を恨めしい目で見ていたようだ。とりあえず肩をすくめて返すと、師匠は何の感慨もなく自分のポケットに手を突っ込み、そして引き抜いた。
手に取られていたのは白いワイシャツ、黒いヴェスト同色のズボンとベルトそれとリボンタイ。彼は唖然とその光景を眺めはっとしたように問いかけてきた。
「これ、着るんですか?」
「着ろ。そのみすぼらしい格好よりはましだろ」
師匠のひどい物言い。けれど彼は納得したように師匠から服を受取り、着替えにいった。ふと師匠を見ると眠そうに欠伸。
「お前も着替えてこい。」
「僕も行くんですか?」
「当たり前だ、おとり二号。」
師匠なんか大っ嫌いだ。
「これで………いいですか?」
数分後、リビングに現れた彼は、まさに服に着られている、という雰囲気だった。
「完璧に着られてるな」
「ですね。」
僕らの感想に何事か小声で呟く彼、師匠が聞いてなかったことに感謝するべきだ。それと、告げ口をしない僕の優しさにも。
ついでに僕の格好は昔師匠に買って貰った黒い服。はからずも彼とお揃い傾向にあるのは見なかったことにしよう、うん。
「じゃあついてこい。」
未だワイシャツのままだった師匠がぱちんと指をならす。その一つの動作でぱりっとした黒いスーツに着替えた師匠は近いから、という理由で窓枠に手を掛けた。難なく外へ出た師匠を見て、慌てて後を追う。彼もきょとんとしていたけど何とか後に付いてきた。本当に師匠は優しくない。
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彼を適当な道に連れ出した僕らはこの辺の店などを紹介してあげた。珍しく師匠が積極的に色々教えているんだからびっくりだ。もの珍しそうな彼は、きょろきょろとまわりを見回す、ふと、前方から誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
淡いピンクのワンピースに白いサンダル、師匠の目の前でぴょこんと飛び上がったその女の人は師匠に凄い勢いで抱きついた。
「鈴欠っ!あたし淋しかったあいたかったの!」
ああ、15人目の恋人の紗羅さんだ。ぎゅうっと抱きつかれている師匠は少し迷惑顔。いや只の無表情だけどね。
「知り合いですか?」
「いや、知り合いというか……け…」
師匠が彼の問いに答えようとする、けど、それは途中で止められた。紗羅さんの綺麗な両手が師匠の頬を捕らえ、強引にキスをしたからだ。ああなんで師匠はこういう人なんだろう、彼も驚いてこっちを見てる、信じられない、なんだコレって目線。仕方ないから僕が代わりに質問に答えてあげた。
「恋人さんですよ。36人中15人目の。」
きっと彼は信じられないという反応をするんだろうな、愛の逃避行モード(命名:捺姫)に入ってしまった師匠を尻目にそう思って、再び彼に視線を戻すそこには何故か硬い表情をした彼が立っていた。首筋に見慣れない金属が延びている。あれ、もしかしてこれってまずいんじゃ……。
「お前、そこの高位悪魔の連れか?」
「……微妙です」
ほらやっぱり。
かろうじて聞き取れた二つの声、どうやら彼を人質にとって悪いことをしようとしているその人は、彼の首筋にナイフを当てたまま大声を出した。
「ふん、何でもいい。おい!こっちをみろ!」
最後の言葉は当然師匠に向けて。何も出来ないでおろおろしている僕を挟んで、二人はにらみ合う……と思ったら、師匠は紗羅さんとのキスに忙しいらしく知らんぷり。薄情な師匠に無視されていらいらしてるらしい悪い人が、もう一度何かを言おうとして口を開いたその時だった。
どずっという、少し湿った音。額からナイフを生やした悪い人は驚愕の表情のままナイフを地面へ落とす。
そっと紗羅さんから離れた師匠がすらりと、刀を抜いた。
「来て!」
僕らは囲まれていた。相手は10人程度の天使の人達。師匠の近くにいれば足手まといになると確信して、僕は名前の解らない彼の手をとって道の端へと誘導した。
唖然としている彼は、まだショックから立ち直れていないように僕を見て呟く。
「なんなんだあいつら、見た目はまるで……」
「あの方達は天使さんです。粗方師匠の首をねらいに来たんでしょう。」
くるり、師匠が刀を持ちかえるたびに天使が倒れていく。師匠が戦っている姿は綺麗だ。ちょっとだけ、ね。
「聞きにくいことなんだけど……その、鈴欠さんは、もしかして犯罪者みたいな人なのか?」
「そう、ですね。神様の命で刑罰を受けていますが、首を狙われるのは関係ありませんよ。ただ単に師匠の地位が高すぎるだけです」
「へ、へぇ……」
彼は今一解って居なそうに相槌を打つ。まあ仕方ないかも知れない。
天使と師匠の戦いは明らかに師匠が優勢。くるくると刀を扱う師匠に、天使の人達はついて行けていない。
ふと、一人の天使さんがこちらを見てにやりと笑った、たんっと地面を蹴ると僕の隣に向って飛びかかっていく。
「!……走れ光、範囲3453.98039にて定期、発動、掃射。」
師匠の言葉、いつもの呪文、けど不思議な事に何も起きなかった。一瞬焦燥を浮かべた師匠が唇を噛む。覚悟をしたように小さく息をつくと彼と白刃の間に滑り込んだ。
怖い。
思わずそう思って、目を瞑る。
びしゃっと、何かが落ちる音と、荒い息使い。
「おい、怪我ないか」
師匠の声に、目を開いた。地面に転がった首。彼を振り返って笑みを浮かべた師匠は、お腹に刀を刺したまま、ふらりと地面へ倒れる。
「!」
どうしよう、庇われた彼は呆然と師匠を見たまま。天使さん達は転がった首に恐れを成したのか一人もいなくなったけれど、このままだと師匠が危ない。その時だった。
向こうから、見たことのある人が歩いてきた。箪笥さんだ、彼もこちらに気付いたらしく、足を止める。
「……あ。」
「アンタは?」
「司令官だ。」
動転している彼が、慌てて師匠をさした。
「この人が、この人が刺されて!」
「鈴欠?!おい何があった!」
目を見開いた司令官さんが師匠を見て声を上げる。もう何がなんだか良く解らない。何がどうして、いつもなら師匠がこんな事にならないはずなのに。
そこまで考えて、ある事実に思い至った。
何故、力が発動されなかったんだろう?
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ああもしも
もしもやり直す事ができたなら