PACE5.5→The moon matched a pace with a cat and danced.
FALSE NAME
扉を開ける
するとそこには子供がいる
輝く銀の髪
華奢な体
端正な顔立ち
ああこれは
これは上玉だ
そう思う
子供に手を伸ばす
子供は反応しない
子供は見ない
子供は、正面を
ただ正面を見据えたまま
「おい。」
声を掛けてみる
反応はない
「おい。聞いてるのか。」
今度は強く
反応はない。
「失礼な娘だな。」
呟く
聞こえないと思った。
反応があった。
「……娘じゃない。」
ひどく不釣り合いな
低い低い声
細められた瞳
小さな唇
それぞれ構成するのは
娘にしか見えないと言うのに
「お前もしかして。」
「残念ながら。」
娘だとばかり思っていた
男だなんて
考えられなかった
長い前髪のした
銀の瞳は蔑みを浮かべていた
生意気だと思った
生意気な子供は嫌いだった
可愛くないと思った
そう思ったら駄目だった
「お前は今日から鈴欠だ。」
それは呪い
決してお前を愛しはしない
鈴を欠いたお前など
完璧を欠いたお前など
決して愛してやらない
それは少し少しだけ昔の話。
「あのぉ、師匠。」
珍しく控えめな様子で馬鹿な弟子がドアの隙間から顔を出した。珍しくおびえた様子のソレに小さく首を傾げる。明日中に仕上げなくてはならない仕事でこっちはそれどころじゃ無いのだけど、子供は妙にびくびくしているので仕方なく資料から目を離した。
「どうかしたか。」
「あ、あの。あ、もしかして、お仕事、ですか。」
「ああまあな。」
「じゃ、じゃあいいです!」
「は? いやおいちょっと待て。」
踵を帰そうとする子供の手をとり、慌てて止める。なんだその気持悪い行動は、気になって仕事に手もつかない。
「いっいいですよ。忙しいんでしょう? 僕、師匠の仕事邪魔したくないし……。」
「別に平気だ。どうしたんだ、話せ。」
「ちょ、ちょっと……。」
子供は困った様に視線を泳がせる。もう少し強い声で何かあったのかと問えば、子供はついに白状した。
「怖い、んです。」
「あ?」
「こ、怖い、映画見ちゃって……。」
びくびく。こいつでも怖がるのかと苦笑して、仕方ないから部屋に招き入れた。
「先に寝てろ。そのうち俺も寝るから。」
「え……。」
「淋しかったらコレでも抱いとけ。」
ペンギンの抱き枕をキングサイズのベッドに投げてやる。弥はそれでも不安そうで、なんだか可哀想になってきてしまった。
「……少し夜更かしになるが、仕事終わるまで待つか?」
「そう、します。」
ペンギンを抱いて、弥はベッドに腰を下ろす。眼鏡を持ち上げて資料に目を通し出すと、弥は呟いた。
「師匠って、やっぱり男の人なんですね。」
「……何を言い出すんだ。」
「だって、思ったんです。」
なんでだろうなぁ、顔かなぁと、弥は一人で悩み出す。何がそんなに気になるのか、仕舞にはこっちに近寄ってきて髪に触れたり腕に抱きついてみたり。こんなにまとわり付かれれば、仕事に手が着くはずもなく困っていると、子供はじいっとこちらを見つめてくる。
「ねえ師匠。」
「なんだ。」
「師匠って、顔と声のバランスがずれてますよね。」
子供っていうのはどうしてこうも、痛いところをついてくるのだろう。
「知らん。昔からこういう声でこういう顔だ。」
「……うらやましいなあ。」
「何を言い出すんだお前は。」
「だって。」
子供はいう。
師匠みたいな顔の人なら、性格はともかく人が寄ってきそうだから、と。
「本当にお前は何を言い出すんだ。」
「僕、師匠みたいな人になりたいです。」
「何を。」
言い出すんだ。言おうとして止まる。人の膝に侵入してきた子供はこっくりこっくり船をこいでいた。AM1:00、眠るのも無理もない。この子供はいくら大人びていてもまだ十の子供でしかないのだ。
「ったく。」
呟く自分の声が限りなく嬉しそうで、思わず、苦笑する。どれだけ親ばかなんだよと、自分で思ってしまったのだから、終わりだ。
「おやすみ。」
とりあえず、弥をベッドに寝かせ、布団を掛けてやる。隣にペンギンを置いてやると、何事か呟いてソレを抱きしめた。
本当にただの子供なんだが。ため息をついてそう呟き、眼鏡を投げた。視界が歪む。
「あ……疲れた……。」
背もたれに体重を預けると、それはぎしりと音をたてた。弥と戯れたせいで仕事に手がつかない。ボールペンをとったり置いたり回したり。三回程繰り返した後、風呂に入って寝ることに決めた。
AM1:30少し早いがたまにはいいだろう。一度軽くのびをして、書類をまとめる。後ろで寝ている子供が、何かを感じ取ったのか呟いた。
「……お疲れ……さまです……。」
嫌い。ではなかった。
好き。でもなかった。
邪魔。ではあった。
疎遠。でもあった。
彼は道具として扱った。
僕を道具として扱った。
「好きなものは?」
「お人形。」
「嫌いなものは?」
「恐いの。」
「お師匠さん、スキ?」
「うんっ!あたし大好きっ!」
これが愛情だというなら
それはひどく歪んだもの。
「はじめまして、君何ていうの」
「鈴欠」
「なんだか趣味が悪いね」
「そうですか」
「ボクがつけてあげる」
ああ、名前なんてりんだけでよかったのに。
悪夢を見た。久しぶりにアノヒトの夢だった。暗黒時代だな、と小さく、苦笑してみる。
素肌を舐めるシーツが気持ちいい。そういえば昨日、弥が洗濯していた。誉める意味とからかいをこめて、右側の子供を抱き寄せる。
「……?」
抱き締めた感触に、違和感を感じた。なんだかでかい。それと、堅い。
「……。」
おかしい。こいつ一晩の内にこんなに成長したのか?育ち盛りってのは恐ろしいな。
ぼけをかます思考回路をなんとか踏み止めて、足の線を撫で上げてみる。おかしい。やっぱりでかい。首を傾げていると、それはこちらを向いた。薄目を、あける。
「!」
「ぎゃああああ!」
叫ばれた。というか。
「うるさい。」
思わず呟いて、叫んだ何かを蹴り落とす。ゆっくりと体を起こすとべちゃっと無様に床に転がったそれはばっと顔をあげた。俺はというと、後ろに寝ている弥が今もやすらかな寝息を立てて寝ていることが不思議でたまらなかったのだが。こいつ、もしかしたら凄い大物になるのかもしれない。この図太さはありえないだろう。
ふと視線を感じてソレを見る、何というか今一存在感が薄い顔だ。どこにでも居そうな、世の中で一番好まれる大量生産型の人間の子供、という所か。丁度第二次反抗期あたりの“少年”の瞳には警戒と少量の怯えが含まれていた。
そんなに俺の観察的視線が嫌だったのか、少年の顔が微妙に険しくなる。仕方ないから名を問うてやろうとした時、ソレは言った。
「誰だ!」
いや……それ俺の質問だろう。
月に睨まれたつもりの名無し猫。
名無し猫を観察したつもりの月。
二つの運命はいかに。
名前は一つでよかったんだ。あの人が付けてくれた。りんだけで十分だった。
読んでいてあらっ?と思った方もいるかも知れませんが……。今回から麻生閃先生とのコラボです。感想などありましたらよろしくおねがいしますー。