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PACE5-7→蛇

  

  

  

   

   

ずるずる

ねえ

貴女のこと

  

   

   

   

   

   

   

   

   

   


「行ったか。」

  

鈴欠がそう呟くと、美子はまた、鎌首をもたげた。

  

「お前は本当に瑠宇とか言う奴の子なのか?」

  

「ちがうわ。私、梅の木の化身だもの。」

  

「……全く解らない、どういう事だ。」

  

鈴欠が刀を収めると、大蛇も安心したように頭を地面へと付ける。勝ち目が無いと悟ったのか、それとも別の理由か、さらさらと散る梅の花びらを浴びるその大蛇はひどくおとなしく見えた。

  

「はじめに食べたのは、瑠宇の妻と、その子。食べたら何故かその子とそっくりの姿になれたから、使えるかなと思って子供のふりしてたの。あそこ、なんか偉い家だったから食べるのに困らなそうだったし。梅の木は私の体とつながってるから私が傷つかない限り散らないの。」

  

「だから花が散らなくなった。野生で生活しなくなった分、傷付く確率が減った。それから、梅の花はいつまでも散らずに散り知らずの梅とついた。ということか。なら何故、皆それが散らなくなった時期を知らなかったんだ?」

  

「私が、毎年散ってないっていったからよ。」

  

「それで納得するのか。たいした世界だな。」

  

銀髪の男は小さくため息をついて、煙草をくわえた。どうでも良さそうに、ライターで火を付ける。

  

「二回目はね、流水の男の子。何故か体には反映されなくて。お腹は一杯になったけど物足りなかったの。でね、三回目は、この村の女の、腹の中の子を食べたわ。」

  

「……全くもって理解できない。」  

  

「結構です。貴方に理解なんかされたくないわ。貴方みたいに異常な人。」

  

「うるさい。いいから話を続けろ。」

  

鈴欠はいらついたようにそう言ったが、美子は蛇の姿のまま、けたけたと笑った。

  

「ねえ。」

  

「なんだ。」

  

「愛しい女を殺した感覚って、どんな感じ?」

  

「……何を突然。」

  

「貴方には愛した人がいるのでしょう?」

  

「だとしても爬虫類には関係ない。」

  

「爬虫類じゃないわ。……ねえ、弥くんが私の元へ来たとき、貴方どう思った?」

  

「黙れ。」

  

「嫌よ。私、聞いちゃったのよ。コトハって男と貴方が話してる話。貴方悪趣味ね。」

  

「……貴様に言われたくない。」

  

「ねえ。」

  

びくり。鈴欠の左手が跳ねる。

  

「ねえ、これで貴方が弥君と戻ったとしても、何もかも元通りなんて行かないと思うわ。」

  

「お前には関係ない。」

  

「貴方は、あの子を大切にしてる。それはもう、異常なくらいに。」

  

「……何が、言いたい。」

  

蛇は面白そうに鎌首をもたげ、直立する鈴欠の口から、煙草を奪った。

  

「そろそろ、毒が回ったんじゃない?」

  

ぐらり。視界が揺れる。

   

   

    

   

   

   

   

   

  

   

『!』

  

暗い路地裏、ここには人の死体もなくひどく静か。

  

「……どうしたの?」

  

隣でおとなしく座っていた犬狼君(命名:弥)が顔をあげたのを見て聞いてみる。犬狼君はきょろきょろとあたりを見回し、急に立ち上がった。

  

「ねえ、どうかしたの?」

  

『私は戻らせて頂く。』

  

なんだか犬狼君は基さんに似てる。そう思いながら、僕も立ち上がった。

  

『弥はここで待機するよう、主人から申し使っている。』

  

マスターって師匠のコトなのだろうか、犬狼君は僕を見上げて威圧的な声を出した。

  

「師匠になにかあったんでしょ?ソレだったら、僕は行かないわけにはいかないよ。」

  

『……しかし、弥を危険にさらしては鳴らないと主人に言われている。』

  

「いいよ、僕が一歩も譲らなかったって言って。」

  

『しかし……。』

  

犬狼君は真面目な性格らしい。迷うように右へ左へ右往左往。暗い路地裏が明るくなったり暗くなったり。と、彼はぴくっと耳を動かした。そのあと、ため息。

  

『弥、私の背中へ。』

  

「え。」

  

『本格的にまずいようだ。援護に行く。途中で振り落としても、私は一切責任を負わない。それでもよろしいか。』

  

犬狼君の言葉に応えずに、僕はふわりと彼の背中に飛び乗った。

  

「いいよ。師匠のとこに行こう。」

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

くすくす。女の笑いが耳元を舐める。

  

「結構効いてきたみたいね。」

  

にっこり、蛇が笑うなんて気味が悪い以外感想が出ないが、こちらとしては感想をいう余裕なんか見あたらなかった。馬鹿みたいに口元に笑みを貼り付けて、刀をかまえる。天地がひっくり返る様な目眩と吐き気。ああもういっそ意識が飛ぶ体であればよかったのにと、密かにため息をつく。

  

「ねえ、話の続きなんだけど。」

  

「なんだ……。」

  

話なんかどうでもいい。呼吸が荒いのが自分でも解る。こいつの意味の解らない発言のせいで“あの時”を想い出して、苦しい。

  

「私は有る女が寝てる所に這っていったの。今よりずっと細かったし小さかったから女の中に入っていったのよ。そして、腹の中の子を食べたの。女の方も、中から食い荒らした。病死にされてたけどね。」

  

「それが、どうしたんだ。」

  

ああ目眩がする。自分の意思にかかわらずがくっと膝が折れた。久々に余裕がないかもしれない。左手からまわったらしい毒は、悪魔が兼ね備えているはずの解毒能力が追いつかないほどまわりが早いらしい、目が回る。

   

「そうしたらね、その子は能力を持ってたみたいで体に反映されちゃったの。」

   

「そうか。」

  

「それでね、私、もっと強くなりたいのよ。」

  

ぱらぱらと雪のように梅が舞い落ちる。手から刀が滑り落ちて、左手でやっと、倒れ込む体を押えた。

  

「でね、悪魔の弥くんを食べようと思うの。もうすぐ、此処に来るから。」

  

「……弥を食べても、能力は、得られないぞ。」

  

創り出したあれが、こっちに向っているのには気付いていた。お人好しなあれのコトだ、頼み込まれて置いて行けなかったに違いない。こんなになってまで必死に子供を庇う自分もひどく滑稽だが、自分が何を考えているのか良く解らなくなっていた。

  

「なぜ?」

    

「悪魔は時を止めた者にだけしか、力はない。あれはまだ子供だ。」

    

「……あらそうなの。」

     

蛇はずるりと鎌首をもたげる。感覚の薄い左手で刀を何とか持ち上げた。大丈夫だ、行ける。

     

「じゃあ、貴方は?」

     

「止まってるな。かれこれ、492年生きてる。」

     

「……じゃあ、貴方でいいわ。」

     

「!」

    

向ってくる頭に刀を突きさす。ぎしっと、左手が鳴った。今更後悔のため息。かっこつけるんじゃ無かった。

でも、大丈夫だ、これで。そう思った。

    

「ねえ、押えきれたと思った?」

    

「……は……?」

    

頭を押えたのに、何故声がする?

思考と同時に、左の脇腹に衝撃。

    

「っっ!」

    

手から、刀がすり抜けた。頭に刀を差したままソレは笑う。

    

「残念でした。」

    

ずぶりと腹に食い込むそれは、紛れもなく蛇の頭で。

一本の体から二本、頭をはやした蛇は、にたりと笑う。

    

「……やってくれたな……。」

   

「師匠っっ!」

   

ああもう、これ以上心配事を増やさないでくれ。弥の声に急にはっきりした意識に苦笑して、もう一本刀を取り出す。あと一回。

   

「弥、そこにいろ。」

   

「まだやるの?」

   

蛇はくすくす笑う。にこり、気丈に笑い返して、細く息を吐く。

   

「貴方もう動け……!」

   

刀が、肉を断つ感覚。ぱちりと刀を鞘に戻すと、頭が二つ。地面に転がる。

   

「……師匠?」

   

ああ振り返らないと。体が言うことを聞かない。

   

「師匠、ちょ、大丈夫ですか?」

   

ふらつきながら振り返る。服が血を吸って気持悪かった。

   

「……あ。」

   

「どうした……?」

   

弥の目が止まる。ずるり、音がした。

   

「……は?」

   

「私はこのくらいじゃ死なないわ。結構痛かったけれど。」

   

雪の様に梅の花びらが降り積もる。

   

   

   

   

   

   

   

   

   

   

師匠の反応は早かった。文字通り蛇ににらまれて動けなくなった僕を抱えた師匠は凄い速さで走り出した。そして、今に至る。

   

「師匠? 師匠大丈夫ですか?」

   

はじめに犬狼君が連れてきた路地裏に逆戻り、つくなり僕を地面に落っことした師匠は力尽きたようにこっちに倒れ込んできた。苦しいのか、何度も荒い呼吸を繰り返す。

   

「師匠?」

   

「平気だ……。」

   

「ちょ、師匠っ。」

   

僕の肩に手をつけて起きあがった彼は、左手でお腹を庇いつつ壁に背を付ける。苦しいのか、ため息。

   

「弥。」

   

「え、あ、はい。」

   

「……帰ったら、とりあえず一月くらいの荷物をまとめておけ。」

   

「……は、え、何で……。」

   

「短かったな。何年だ。」

   

「ちょ、師匠?」

   

「二年と半分ほどか。」

   

「師匠あのっっ。」

   

「……。」

   

「師匠、あの、僕。やっぱり師匠と……。」

   

「……悪い。」

   

その謝罪は一体何についてなのだろう。問いかけようとすると、師匠が顔をあげた。

   

「見つかった。」

   

「え……。」

   

師匠の手に猟銃が現れた。荒い呼吸、師匠の目が細められる。

   

「師匠……。」

    

ずるずる、音が聞こえる。路地の間から美子の頭が覗く、師匠が向ってくる美子に焦点を合わせた、だけど。

    

「弥さん、私を殺すの?」

    

蛇は突然、“美子さん”に変わった。綺麗な、綺麗な美子さんに。

師匠は構わず引き金を引く。その腕に、僕は飛びついた。響く銃声、弾丸は美子さんの体をかすめて富んでいく。

    

「ありがとう、弥さん。」

    

「……馬鹿、野郎っ…。」

    

師匠の体がぐらりと揺れる。ソレを、美子さんは見逃さなかった。

ふわり、紅い振袖を揺らして彼女は飛び上がる、空中の姿は目を当てられなかった。飛びついてくる大蛇に、うごけなくなる。

   

「どけっ。」

   

お腹に衝撃を受けて、間一髪蛇が当たるのは避けた気がする。ただ、何故か目の前が暗くなる。

最後、何か大きい音を聞いた気がした。

   

  

   

   

   

   

   

   

   

壁に背中を打ち付けた満身創痍の男は、激しく咳き込んで地面に倒れ込んだ。大蛇は鎌首を持ち上げて男を観察する。

   

「……っ。」

    

「痛い? 楽になりたい?」

   

此処までしても、男の頭には自分の子供とも言える子の事しかなかった。ちらりと、倒れた子供をみやり、深くため息をつく。

   

「ねえ。」

   

男には秘策があった。ずるずる、大蛇が近づいてくる。

   

「……食うのか?」

   

「ええ、貴方、おいしそう。」

   

地面に男の綺麗な指が陣を描く。そして、彼は呟いた。

   

「走れ光、墜ちろ光。範囲98465 対象白 陣に発動。」

    

ずる。大蛇の頭が陣に入った。

   

「掛かったな爬虫類。」

   

空から墜ちてきた紫光の柱が、大蛇の体を打ち抜いた。聞き苦しい悲鳴が収まったとき、大蛇は男の前に転がっていた。

   

「……。そうだ、弥。」

   

男は小さく呟いて立ち上がる。子供を抱き上げて苦笑した。

   

「悪い。」

  


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