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PACE5-6→紅

   

   

   

   

   

   

   

   

   

   

ずるずる。

ねえ、ねえ

貴方は私を愛してくれる?

ずるずるずる

ねえ、紅と白の私を。   

   

   

   

   

   

    

   

   

   

   

   

   

   

   

ざりっと、砂を踏む音。

   

「見事でございやすねぇ。」

   

「お前に褒められたって嬉しくない。」

   

「やあでも、見事でっせ、旦那。」

   

「だから佐吉は黙ってろ。」

   

「へえ。」

   

銀髪の男のまわりには、腕、足、手、首、胴。人を形成するモノが無造作に転がっていた。半径一メートル、血液が綺麗な円を描いている。油がまいて斬れなくなった刀が散らばった地面は、さながら地獄絵図のようだった。民家の障子戸には助けを求めるような紅い手形が点々とついている。見るモノの寒気を誘うような世界。

  

「旦那。」

  

「なんだ。」

  

「刀、捨てておいちゃいけませんぜ。」

  

刀をかき集めてきた短髪の男佐吉が銀髪の男に刀を捧げる。苦笑を浮かべた彼は三つの太陽をにらんでから刀を手に取った。

  

「……あ、佐吉さんはじめまして。俺この人の部下の秋穂っていいます。」

  

「はあ、よろしくお願いいたします。じゃ、旦那、あっしは一足先に村に戻らせていただきまさあ。」

  

「ああ、首落としていくなよ。祟られるかもしれないぞ。」

  

「やめてくだせえ旦那。」

  

ぶるっとわざとらしく身震いをした佐吉に、くすくすと、銀髪は笑う。

   

「なあ、佐吉。」

   

「はあ。」

   

「あの美子とかいう娘は何が問題なんだ。」

  

「旦那、知らないんで?」

  

佐吉の言葉に、刀を締まっていた銀髪の男鈴欠は顔をあげる。遠くで片づけをしていた秋穂も、こちらを見ていた。

   

「あの娘は、人じゃありませんぜ。」

  

「……どういう事だ。確かに異例の娘だし、言葉も達者だが、ただの子供のようにしか見えん。」

   

「旦那は知らないだけでさぁ。奴ぁ化け物で。」

  

「どういう事だ。」

  

佐吉は鈴欠のただならぬ声におびえたように、後ずさり早口に説明を始める。

  

「そりゃ普通の娘であったんなら、あっしらだってこんな大事にゃしませんて。あの娘は人を喰らうんです。嘘じゃありませんぜ。こっちもいくらか喰われてるんでさぁ。」

  

「それは、確かな話か。」

  

「へえっ。」

  

「娘は人の姿で喰らうのか。」

  

「いえ。」

  

「違うのか。じゃあ何だ。」

  

「詳しいことは解りやせんが。白い体。赤い目の怪物だったと。」

  

鈴欠の目が、宙を泳いだ。何かを決心したようにため息をつくと、早足に咲き誇る梅の方向に歩き出す。

   

「旦那、どこに行くんで?」

  

「野暮用だ。先に行け。」

   

佐吉を一瞥した後、秋穂を振り返った。遠くに見える梅の木がざわざわと音を立てる。

  

「秋穂、檻だ。用意出来るな?」

   

鈴欠の声に、きょとんとした秋穂が頷く。

  

「問題ないっすけど。」

  

「じゃぁ出来るだけ早くこっちに送るように手配してくれ。」

  

「鈴欠さん?」

  

不審そうに問う秋穂に、鈴欠はくすっと笑う。

   

「未確認生命体を捕まえると、いくら入るんだったか?」

   

「ああ、なるほど。」

  

頷いた鈴欠が、ひらっと手を振って去っていく。秋穂が小さく呟いた。

  

「本当の事言えばいいのに。弥くんを助けに行くって。」

   

「そら、無理だと思いやすね。」

  

「へ?」

  

「旦那ぁ相当な意地っ張りでさぁ。」

  

「はぁ、なるほど。」

  

地獄絵図のなか、咲き誇る梅はさらさら揺れる。

  

  

   

   

   

  

   

   

    

   

   

   

   

   

   

「ねぇ弥さん。」

  

「……はい。」

  

「音が、しなくなったわ。」

   

「そう、ですね。」

   

「……みんな、いなくなったのかしら。」

  

「どうでしょう……。」

  

抱きしめた体が、小刻みに震えていた。美子さんの後ろ梅の幹を見つめてため息をつく。

   

「どうしましょうか。これから。」

  

小さく問いかけると、腕の中の彼女は小さく首を横に振った。

  

「わからないわ……どうしよう、弥さん。」

   

「……。」

  

答えられなくて口を噤む。髪を撫でていると、彼女は梅の花を見上げて呟いた。

  

「弥さん。私に何があっても、側に居てくれる?」

  

「ええ。今更ですね。」

  

「そうかしら。ねぇ。」

  

「はい。」

  

美子さんが見上げてくる。見つめ返すと、彼女は力無く笑った。

   

「少しの間、目を瞑っていて。」

  

「? はあ、解りました。」

   

頷いて、目を閉じる。美子さんがすり寄ってくるのが解った。さらさら、髪が首筋をくすぐる。

少しすると、ざらりとした間隔が首筋を這い上がってきた。なんだか気持悪くて、思わず目を開けそうになる。すんでの所で美子さんの言葉を想い出し、開きかけた目を閉じた。危ない危ない。

  

「――ろ!」

  

遠くから声がした。近づいてくる足音。思わず目を開ける。

  

「弥!」

  

「! あ、ああっっ!」

  

美子さんは、居なかった。僕の目の前には、真っ赤な目と、先の割れた舌の顔。

   

「嗚呼、気付かれちゃったかしら。」

  

その声は紛れもなく美子さんの声のはずで。

でも、僕の目の前に居るのは、あの笑顔の綺麗な、背筋が凍るくらい綺麗な美子さんじゃなくて。

じゃあ、じゃぁこれは、何?

深紅の瞳、真っ白な長い体。頭から全身を伝う、銀と金の線。

僕の体を握りつぶそうとするかの様に巻き付くそれはどう見ても。

   

「……大蛇か。」

   

先ほど僕を呼んだらしい師匠は、何食わぬ顔でそう呟く。冷静で冷たい一言。だけど少しだけ、ほんの少し呼吸が乱れていた。もしかして、走ってきた? 誰のために? 有らぬ期待を抱き掛けてため息。一度師匠から離れた僕を師匠が追ってくるわけない。

   

「来ないでね。来れば、弥くんの命はないわ。もっとも、貴方を食べちゃったあとで、この子もいただくけど。」

   

「口達者な爬虫類だな。残念ながら俺は爬虫類って動物が大嫌いなんだ。だから、俺の所有物にお前がくっついているのも気に入らない。即刻離れろ。それと……お前に食われるほど、俺はどこぞの馬鹿と違ってのろまじゃない。まあ念のため、どこぞの馬鹿。動くな。」

   

どこぞの馬鹿って、僕だったのか。ため息をついて頷く。人の体なんか丸飲みにしそうな太さを持った美子は、ずるずると体を引きずって鎌首を持ち上げた、そして、師匠に向って挑戦的に牙を剥く。

   

「爬虫類? そんな下等種族と一緒にしないで下さる? 私は神なのよ。この世界の、神なの。貴方の方が、全然下等なんだから。」

   

「神? ほう、神とは大きくでたな。」

  

くすり、師匠が冷たく笑う。それは瑠宇さんの頭を掴んでいたときの師匠の笑みと、よく似ていた。

  

「何がおかしい。」

  

美子が声を荒げる。同調するように、梅の木がざわざわと不吉に鳴った。

  

「おかしいさ。神はお前のように醜くない。」

  

師匠が刀に手をかけ、一歩踏み出した。気圧されるように鎌首を持ち上げたソレは後退る。

  

「来ないで!」

  

「神はただ今四代目だ。美しい黒髪を纏った女神。この世にまたと居ないほど美しい、それは美しい女だ。当たり前だが、彼女はお前のような下等種族に変化はしない。そして世界に神と名乗れる女は、彼女しかいない。よって、お前は神ではない。ただのでかく成りすぎた爬虫類だ。」

  

すらりと彼は刀を抜く。鋭利な切っ先は師匠の瞳と同様にひどく獰猛で、目の前の獲物を欲しているようだった。師匠が一歩踏み出すたび、美子はその重そうな体を引きずって後退る。

  

「神は自尊心が高いお方でな。馬鹿にされるのを好まない。本人曰く自分は温厚な性格だよ。というが、残念ながら俺にはそう見えない。まあそんな事はどうでもいいんだが。要するに、だ。」

  

師匠はにっこり笑う。ちゃきっと、刀が鳴った。

  

「俺はお前を殺さないと、殺される。」

  

「来ないで!」

  

師匠が一歩踏み出したところで、美子の頭が僕の顔の横に来た。その顔をまじまじと見つめ、ぞくりと悪寒を感じる。気味が悪い。

  

「……仕方ないわ。あんたを先に食べようと思ってたけど、あんたが大切にしてる弥くんを先に食べる。後悔するといいわ。」

  

師匠は無言、くいっと、美子の顔がこっちをむいた。ぞくっと背中に悪寒が走る。でも、師匠に助けを求める事が出来なかった。そんな都合の良いこと、出来やしない。

でも怖くて、目を閉じた。

じゃくり、肉を断つ音。

  

「おい、馬鹿。何をおびえている。」

  

耳元で聞こえる声。痛みが無いのを不思議に思って目を開けると、師匠の端麗な横顔が目の前にあった。視線を美子の方に向けて絶句。

  

「師匠!腕っ。」

  

「ああ、旨い具合にはまったな。」

  

ばたばたと、白い体に紅い雫が落ちる。美子の口に左手を捧げた師匠は、何食わぬ顔で刀を小脇に挟み携帯を開いた。

  

「嗚呼、秋穂か?檻の用意、質の話なんだが、ライオンが二頭入る程の大きさ、像がふんでも壊れない程の頑丈さ。鉄格子の幅は人間の頭が通らない程の間隔がいい。用意できるか? ああ、じゃあ頼む。一時間くらいでもってこい。ああ、じゃあな。」

  

ぱちん、携帯が閉じる。ソレをポケットに仕舞った師匠は何の前触れもなく、刀を美子の体に刺した。じゃくり、また肉を断つおと。

  

「わっ!」

  

締め付けがゆるんだ途端、さっき噛まれたはずの師匠の右手が僕の襟首を掴んだ。ふわり、宙に浮いたと思ったら、地面に転がる。

  

「逃げろ。」

  

「は、でも。」

  

「邪魔だ。そこらに隠れてろ。」

  

「え。あ、でも、え?」

  

師匠が舌打ちをする。ずるずると体を引きずって距離を置こうとする美子を凝視しつつ、何か呟く。

  

「それについて行け。俺もすぐ後を追う。」

  

「え、それってど……。」

  

どれ、と言おうとして口を噤む。目の端に何か気になるものが写ったからだ。そちらを向く。そして、目を見開いた。

  

『こちらへ。』

  

「しゃ、喋った!」

  

「弥! 感動してないでさっさと行け!」

  

いやでも師匠、驚きますよ。

僕の目の前にいるのは、体全体がきらきら光ってる犬と狼を合わせたような動物。それは師匠のように銀の瞳に銀の体。ぱたぱたとしっぽを振っているのがなんだか可愛い。

  

「弥早く行けと言ってるだろうが!」

  

「はっはい。」

  

本気で怒鳴られた。慌てて踵をかえすと、さっきの動物が先立って走り出す。一度だけ振り返って前を向いて走り出す。

少しだけ、師匠がああやって怒鳴ってくれることが嬉しかった。


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