PACE5-1→pace of law
†欠片†
「何…みてるの?」
「いや、お前がどう化けるのかと。口紅濃くないか。」
「黙れ。」
「どんなに塗りたくってももとがもとだからな、諦めろよ。」
「……。」
飛んでくる化粧水とコンパクト、なんとか受けとめると彼女まで飛んできた。足のあたりに馬乗りになって、彼女は言う。
「死ね。」
「違う違う、何か勘違いしてないか?俺はもとがいいからあまり塗らなくていいと……。」
「嘘言わなくてもいいわよ?あんた腹立つし。」
嘘じゃない、素直に言えないんだ。
ことん、と床に、小さな箱が落ちる。
「…ぁ。」
「何それ?」
きれいに包装されて、金のリボンがかかっている箱に、彼女の顔が歪む。勘違いしてる、わかっているのに否定しない。
「何だろうな?」
「大っ嫌い!」
失敗。叫んだ彼女は俺の頬を一発殴ったあと言う。
「最悪!馬鹿、女ったらし!嘘つきっ!」
それは酷く震えた声で、気まずくなって箱を手に取ると、彼女に奪われた。
「あたしが開ける。」
「どうぞ。お前のだから、お前が開ければいい。」
呟くと、きょとんとした顔。それがとても愛らしくて好きなのは、俺だけの秘密。
しゅるりとリボンを解いた彼女は、この上なく慎重に包装紙を剥がしてゆく。でてきた白い箱をあけて、彼女は小さく息をのんだ。
「これ……。」
「俗に言う婚約指輪。」
硝子細工の箱に入った、シルバーのリング。
喜ぶと思ったのに、彼女の顔は奇妙に歪んで。
「な、何で、危ないことするの……っ!」
「……?」
いっている意味がわからなくて首を傾げると、彼女の柔い指が、熱をもった頬に触れて。
瞳からは大粒の、泪。
「こんなことしてっ……、もし、ばれたらどうするの!」
「大丈夫、大丈夫だ。」
金糸の髪を撫でてやれば、彼女はいつになく擦り寄ってきて。用事を忘れて、しばらくそのまま二人。
「なぁ。」
「……。」
「おい、きいてるか?」
「……ん…。」
「足、足痺れたんだが……。」
覗き込んでみれば当の本人はぐっすりで、それでも硝子の箱だけはしっかり抱えているから、今回は許してやろう、と少しだけ笑った。
「……ん…りん…。」
大切ならば、手放せばいいのに。また一つ拘束道具を増やして。
俺はまだ、君を解放できない。
頭が、痛い。
「ねぇ、飼っちゃダメですか?可愛い猫でしょう?」
あぁ俺は、こいつをこんな阿呆に育てた記憶はないのに。
「ダメですかぁ?可愛い猫なのに…。」
待て待て待て。それは猫じゃない。
買い物帰りの弟子の後ろにいるのは、緑色のでかい動物……いわゆる、陸亀(大)
あぁこれは幻覚なのか、数日の間病み上がりの体で徹夜をしたのがたたったのか。弟子曰く、(猫)であるその動物は、俺には亀にしか見えない。
「……あ〜……弥、お前の後ろのそれは……一体何だ?」
「何って……知らないんですか?猫です。」
あぁ何なんだこの状況は。奴の後ろの亀は得意げに首をのばしたりちぢめたり。あぁ、本当に亀、蜘蛛、鼠の類はこの世から消え去ればいいのに。できれば、箪笥や捺姫なんかも単品で消えて欲しい。違うそうじゃない、論点はそこじゃない。目眩を引き起こす目の前の現状から現実逃避しようとする脳を何とか踏み止ませて、ため息。
「弥、それは猫じゃない。亀だろう?恥ずかしいことを言うな。よそで言ってないだろうな?」
「恥ずかしいのは師匠でしょ?また僕に嘘を教えようとして。その手には乗りませんからね!」
俺が、何時、お前を騙した。怒鳴りそうになるのを堪えて、浅くため息を吐く。落ち着け、落ち着かないと何事も上手く行かない……すでに上手く行っていない気がするが。
「とにかく。それは猫じゃなくて亀だ。今すぐ居た場所に返してこい、人様のだったらどうする。」
「猫ですって!母さんは段ボールの中に入ってて拾って下さいって書いてあるのはほとんど猫だっていってましたもん!これは猫です!」
あぁもう、コレは本当に質の悪い悪夢なのか、それともどっきりなのか、もしくは誰かにそそのかされた弟子が俺をからかっているのか。どうかこの三つでありますように。勘弁してくれ、亀は嫌いなんだ。
本当にくらくらと目眩までしてきてリビングのソファーに座り込むと、大丈夫ですかぁ?なんて間延びした声。誰の所為だと思ってるんだ。一体。
「なんでも良いから捨ててこいといってるだろう、ここは俺の家で、お前は俺に養って貰ってるんだ。俺の言うことは絶対。」
「師匠は偉そう、なだけで偉くないんですから僕には命令できません!」
「命令じゃない!人聞きの悪いこと言うな!」
「命令にしか聞こえません!」
もう疲れた、勝手にしろ。無視を決め込んで立ち上がると、途端に不安そうな顔をする馬鹿な弟子。
「師匠……だめなんですか……?」
泣きそうな弟子に、内心酷く焦っていた。泣かれると困るし、かといってあんな陸亀、飼うなんて考えられない。ふと気付くと飼うコトについての妥協案を考えている自分に腹が立ったが、仕方がない、弟子の機嫌を損ねると後が大変なのだ。……家出されたら困るし。
そう言えば、亀ってスッポンと同じような格好してるし、もしかしたら食えるんじゃないだろうか。これだけでかければ、それなりの非常食になるだろう。よし、妥協成立……。
「師匠……わがままいってすみませんでした。僕……無責任だったかも……。」
は?
「考えてみれば、養って貰ってる僕が、この子をちゃんと育てられるかなんか解りませんよね……。浅はかでごめんなさい……。」
どうして俺の妥協策が出来たと同時にこの弟子はこんなことをいいだすのか。飼わなくていいに越したことはないが、なんだかこう言うのも後ろめたい。
「弥……。」
「だけどやっぱり師匠の言うことなんか聞きたくないので僕は飼います!」
そうくるか。にっこり笑って呟いてやった。
「覚悟しろよ。この馬鹿弟子が。」
数十分の言い合いでも決着はつかず、双方ともにいっていることは毎回同じ、それも俺は疲れてきたという現状に陥っていた。そんな時に助け船。ため息をついて猫と亀の違いを説明しようとしたとき、けたたましく電話のベルが鳴り響いた。渡りに船。あぁ生きていて良かった、なんて少し思ってしまった。
「師匠僕は……。」
「電話だから中断、いや終わりだ。お前はいいからそれを捨ててこい。俺はその動物が大嫌いだ。」
大体亀なんてふわふわもしてないし、抱えても痛いだけだし、とろいし、暖かくないし、可愛いところなんか一つもないじゃないか。もっともだ、と頭のなかで頷いた後、待たせてしまった電話にでる。掛けてきた奴には何かくれてやらないとな、と小さく決意して。
「課長!助けて下さい!」
それは、二年来の声。
その人は、酷く無関心だった。
「ハジメマシテ。地球支部、人間課課長に就任した鈴欠だ。」
異例。
翼を持たないその人は、小さく目を細めた。
「……ついてこいと、言う気はない。こんな若造についてくるのは貴様等の自尊心に反するだろうからな。」
酷く、惹かれた。
その、優しげな双眸に。
単純に美しかったのだ。皆、心酔していた。心酔しないものは、居なかった。
「大変だ!鈴欠さんと咲弥さんが……!」
だから皆、信じられなかった。助けたいとおもった。
その、血まみれで頭を抱える彼を。
震える声で、助けを求める彼を。
初めて聞く、あの人の、あんな声。
「俺は………どうしたらいい……。」
それは、とても悲しい声。
数日ぶりの更新で申訳ありません。じつは携帯が砂嵐になりまして、どうにもならないような状況に陥っておりました。明日更新するよぉなんて言ってたのに申し訳ない、友人。携帯が治りそうな気がするのでこれらかは頑張ろうと思います。では。