PACE4-1→雪花 5
†切花†
大切に。大切に。
「師匠?朝ですよ。」
ソファーに寝てる師匠を揺り動かすと、低い唸り声。
「大丈夫ですか?朝ですよ?」
怒らせないように、慎重に。寝起きの師匠はライオン並みに恐い。
「っ……。」
ふと、眉間に皺を寄せている事に気付く。心配しているとうっすら目を開いた師匠が、僕に焦点をあわせた。ぱたぱたと上下に揺れる銀糸の睫。
「頭痛い…。」
「ぇ…?」
嫌な予感。つらそうに起き上がった師匠は小さくため息、眠いのか痛いのか。微妙なところ。
「師匠?」
「…ぁ、楽だな…これ。」
僕の胸に頭を付けた師匠はうとうとするように目を閉じる。浅く長く息を吐いた彼はふらっと立ち上がった。
「……さて、と。」
ワイシャツをかえた師匠はその上にベストを着、スーツを羽織る。煙草をくわえつつネクタイをしめていると、外からユナさんの声。頭に響いたのか、こめかみに指を当てた師匠は目で僕に命令する、"さっさとドア開けて入れろ"。
「どうぞ。」
玄関へ走っていってかちゃりとドアを開ける。ユナさんは少し驚いて、ぱたぱた瞬いた。
「鈴欠は?」
「中にいます。」
「あがらせてもらっていいかしら。」
「もちろん。」
彼女を家に上げると後ろにレーニーさんも、肩をすくめた彼は、鈴欠にお礼言わなくっちゃと囁いた。
「…何の用だ。」
低い声とため息。紫煙に隠れるようにする師匠の目は、少し、虚ろ。
「ね、買い物付き合って。」
「ぁ?レーニーと行け。」
「……レーニーも行くけど……。」
二人だけじゃ恥ずかしいの、とユナさんはつぶやく。
ため息をついた師匠は仕方ないな、と言ってコートを羽織った。
「弥、留守番できるか?」
「はい。……師匠大丈夫ですか?」
苦笑した師匠は大丈夫じゃないか?とつぶやく。
「じゃぁ行ってくるから、いい子にしてろ。」
ぽんぽんと頭を撫でられてちょっと不安になった。
頭が、痛い。
なにが痛いって、目の前でいちゃつかれるところとか、俺が何もしないのにくっついてるところ。何なんだ本当に。これは任務完了何だろうか、くっつくって大体どうなんだよ、とかため息をついてみる。
「……頭痛ぇ。」
訴えは軽く流される、というか、前を歩く二人は完璧に自分達の世界に入っているので、俺の入る余地はない。
「帰っていいか。」
「「駄目!」」
こんな要求だけ答えられても嬉しかない。こっちの体調の悪さをどう教えてやろうか。気を抜けば倒れる、倒れても気付かないかもしれない。何だかくやしい、なんだ、俺はただひっぱり回されるだけか。
「ここっ、ここみたい!」
小物屋にひっぱり込まれるレーニーに手を振って、煉瓦造りの壁に寄り掛かった。息が、白い。
頭に鈍痛が走る。一体昨日の薬は何だったのか。どうせろくな物ではないと思うが……、そこまで考えて思考を切った。軽く頭が割れそうだ。
「鈴欠様。」
それは聞き慣れた、正しここでは聞くはずのない声。
「…基…?」
「顔色が悪い、どこか具合が。」
「いや…基、何故お前ここにいる?」
まったく状況がわからない。あぁでもくらくらと、視界が小さく揺れ動く。
「それは……鈴欠様?!」
頭が痛い。
耐えられなくなって倒れこむと、自分より25センチもでかい男に支えられた。疑問が浮かぶのにうまく整理ができない、くらくら、視界が揺れる。
「大丈夫か。」
「……あぁ。」
「鈴欠様、嘘はよくないかと。」
大丈夫なようには見えない、と言われ、まぁ、そうは見えないか、と少し苦笑した。その様子を見た基は小さくため息。
「失礼する。」
基のコートが肩にかかる感覚。少し寄り掛かっていれば動けるようになると自己分析、浅く目を閉じると急に体が浮いた。
「もっ…?!」
「鈴欠様、お気付きにならないのか?酷い熱だ。」
「だ、だからと言って抱える必要はないだろう?!俺は荷物か!」
「お静かに。熱があがる。それに、自分は誘拐犯に間違われたくはない。」
「そういう問題じゃないっ…!」
そうだ。そういう問題ではないのに、体に力がはいらない。
「……鈴欠様?……その、申し訳ない。しかしその御体では……。」
「……世界が違うな。」
「は…?」
抱えられるのは気に入らない。けど、高い。いつもより25センチ違うとこんなに違うものか。素直に関心してしまう。
あぁそういえば、咲弥は抱き上げると、世界が違う、とはしゃいでいた。
「……サキはこれが言いたかったのか…。」
全然違うから、あんたも試してみるといいわ。
どうためせと言うんだ、と、その時は苦笑して流した。
いまさら。
いまさら、だ。
思い出すんじゃなかった。頭が、痛い。
「鈴欠様…?」
「……疲れた、許すから、早く帰る。」
「了解した。」
ゆらゆらゆらゆら世界は揺れる。
君だけが、居ない。
基さんに担がれて帰ってきた師匠は、ただ今説教をうけています。
「あのね鈴欠サン。どうして具合が悪いときに動きたがるんです?ねぇ?凄い熱ですよ?あんた馬鹿ですか?真冬に水に飛び込むなんて馬鹿としか言えませんよねぇ?」
「……わかってる…から、できれば、叫ばないでくれ……。頭に響く……。」
「そうですかそうですか。あぁそうですか。」
「鳴鈴……うるさい…。」
「うるさくしたくもなりますね。はい、9度3分。」
体温計を突き付けられて、師匠はため息をつく。かなり辛そうだったり。
「ターゲットを殺すわけにも行かないだろう…?と、いうか、この体調の悪さはあれだ、シュトラフに無理矢理飲まされた薬が……。」
「シュトラフだか何だか知りませんけどね、僕にだって仕事があるんっスよ?その辺わかってます?」
「だから…悪かった。」
呟いた師匠はごろりと寝返りをうって耳を塞いだ。顔を赤くしてる師匠は、いつもより生きてるって感じがして、何だか安心する。
「……で、基。何しに来た…?」
ふらりと体を起こした師匠が、基さんに問い掛けた。心配げに眉をひそめた基さんが、そっと師匠をベッドに押し込んで答える。
「横になっていたほうが。……自分は任務変更をお知らせに来た。司令官様からお話をあずかっている。"やっぱり面倒だからくっつけなくていい、もう帰ってこい"だそうだ。」
きょとん、とした師匠が、ぇ。と呟く。
「じゃぁ、あれか?俺のしたことは、すべて無駄と。」
「いやその……。」
「あぁそうか。そうかそうか。俺はただ遊ばれただけか。」
「だが、その…。」
機嫌の悪い師匠は、ため息。フォローしようがないのか基さんも落ち着きがない、枕に顔を埋めてうとうとしてる師匠と僕を交互に見つめる。
「……その、鈴欠様。」
「………。」
反応なし。基さんが不審そうに声をかける。
「鈴欠様…?」
「……ん…。」
どうやら眠ってしまったらしく、枕を抱えた師匠はころんと寝返りをうつ。
「…鈴欠様には…もう一つお仕事があるのだが…。」
なんだかんだ、基さんも仕事の鬼。
きらきら。忘却の粉。
浅い眠りを繰り返して、ふと、意識が覚醒する。天井を見上げていると見慣れた顔が覗き込んできた。
「気分はどうだいシュリアシェリア。」
あぁ殴ってやりたい。舌打ちをして目をそらすと、機嫌を損ねたかな、と苦笑。
「あの薬なんだ。」
「ぅん?秘密だよ。いい薬ではないがね。」
「…お前との友好を断ってやる。」
にらんでやるとわざとらしく慌てる声。
「ゆるしてくれないかい、シュリアシェリア。私は君に休んでほしかったんだよ。」
「あぁそうか。…俺にはもう一仕事あるんだよ。」
すべてを忘却させ、もとあった形に戻さなくてはならない。ため息をついて体を起こすと、原因の男は心配そうに眉を寄せた。
「あぁ気分が悪い。」
「大丈夫かい?」
「じゃない。」
ただいま24日。人間がクリスマスイヴだとはしゃぐ夜。何が聖夜だ、こっちは疲れてるし相手もいない。八つ当り気味にクッションをたたいてため息をついた。
「で…?仕事は何だい?」
「この街全員の、記憶を飛ばす。……巻き戻し。」
やっぱり必要ないから、くっつけたのは元にもどせ。
司令官は絶対これを狙ったんだろう。気分的に人をもてあそびたいとか言ってたしな。何もしてないのに妙に疲れてる。……司令官も一度殴ってやらなきゃ気がすまない。
「……手伝おうか?」
「頼む。」
「じゃぁ、私が雪を降らすよ。ほら、ホワイトクリスマスとかいうんだろう?雪の結晶に忘却を混ぜて。なかなかオツな考えじゃないか?」
シュトラフは天気使い。勝手にしろと呟いたら、じゃぁ君は寝てるといいよ、と。
やけに、やさしい。
「12月は、思い出がたくさんあって辛いだろう?」
そうだな。つぶやいて、耳を塞いで。
「おやすみ。メリークリスマス。」
仕事を放棄。面倒になっていってしまう。
「いい。消さなくて。」
「ん?」
「いいじゃないか。今日はお祝いなんだろう?」
「そうだね。だが、仕事はいいのかい?」
「……もぅそんなこと関係ないくらい失敗してるからいいんだ。」
そうだ今日くらい。
「気前がいいね。」
「疲れてるだけだ。」
別に祈っていないわけじゃない。他人の幸せ。
「随分優しげな顔をしているな。何かいいことでもあったかい?」
「いや、別に。」
少しだけ祈ってみた。
ユナとレーニーがずっと幸せなように。
君は切花。大切に大切にしていたのに、崩れてしまった。
い、一応間に合いましたか…?ぐだぐだでもうしわけありません。