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PACE4-1→雪花 3

†恋花†

   

   

   

  

  

深々と降り積もる雪に、同色の少年は不安げに眉を寄せた。

いいつけはちゃんと守っている。

今日一日、ちゃんと安静にしていたし、量は食べられなかったものの、あたためて食べなさい、と言われたものはなんとか口に入れた。

だけど、どうしたのだろう。

早く帰ってくるといったあの人は、10をすぎ、眠らなければならない時間になっても帰ってこなかった。

だから

だから少年は、一つだけ言い付けを破ることにした。

言い訳は、ただ心配だったから。狡猾な少年にしてはひどく不器用な言い訳。

だけど少年は不安で仕方なかったのだ。

ただ一人、自分を守ってくれる存在をなくすのが。

   

けれど少年の思いは報われない。

午後11時。リビングでうとうとと外を眺めていた少年の耳に、ざくりざくりと雪を踏む音が聞こえた。

帰ってきた! 少年は直感して玄関へと走る。背伸びしてドアを開け、この少年にはめずらしく、安堵の混じった満面の笑みを浮かべて言おうとした。

   

「お帰りなさ………!」

   

それは、花びらのよう。

寒椿の花びらのように、ぱたりぱたりと雪に落ちている、赤い赤い液体。

   

少年はそれが何だか知っていた。

   

足元に落ちる、彼女のコート。

   

少年はそれが何を意味するか知っていた。

   

   

『ねぇりん、悪魔はね、本当の意味で無へと帰るのよ。……悪魔の死んだあとには、上着だけが残るのですって。』

    

     

少年は否定するすべを探した。

雪に手をつき、ただ一人大切な人でない証拠を探す。

だけど少年は、見つけてしまった。

    

雪の上に落ちる、紙袋。

中には、この前欲しいとねだった、青いガラスの、彼女の職場。

    

少年は見つけてしまった。決定的な証拠。

     

     

「ああぁあぁぁあぁっ…!」

    

    

これはまだ、彼の名前が『りん』だった頃の隠された記憶。

    

    

    

    

ねぇりん

    

    

    

    

貴方の呼び掛ける声が、耳から離れない。

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

「師匠?」

   

窓の外を眺めたまま、動かない師匠に声をかけてみる。なんだ、とけだるそうに振り向いた彼は、煙草をしまった。

    

「雪は、嫌いなんだ。」

    

「……きれいなのに。」

    

「そうだな、赤がよく映える、冷たい色だ。」

    

失言。話題をすり替えるためにあわてて口をひらく。

    

「ぁ、朝食何か召し上がりますか?」

    

「……レタス。」

    

来た。ピンポイントな要求。

トマトと人参とパプリカ・ピーマンは嫌いなくせに、師匠はどちらかというと野菜が好き。それも、レタスとか、鍋限定で白菜とか、ロールキャベツのキャベツとか、かなりピンポイントで。

いや、別に悪くはない。だけど、作るほうの身にもなって欲しいわけだ。

   

「わかりました…栄養ないですよ?ゆで卵食べます?」

   

「白身だけなら。」

   

「偏食!黄身も食べなきゃ栄養ないでしょ!」

   

「アレまずい、ぱさぱさしてるだろう?」

   

「じゃぁ半熟にしますよっ!」

    

「いやだ、半分生なんて許せないな。」

    

どこまで変なんだろうな。この人は。

たしか目玉焼きは半熟じゃなきゃ嫌だ、とか言ってた気がするんだけど。ちなみに半分液体、半分固体がちょうどいいんだとか。細かすぎだ。

    

「あーもーどうしますか?」

    

「……林檎。」

    

「いい加減にしてくださいっ!」

    

思わず叫ぶと、師匠は肩をすくめた。真面目な話だ、なんて、どこの口からでるんだか。

    

「林檎で決定だな。」

    

「はい?」

   

真ん中のテーブルに左手を置いた師匠が尋ねる。

   

「いくつがいい。」

    

「えーと、三つ。」

    

師匠が、ふわっとテーブルから手を挙げた。どこから出てきたのかまっ赤な林檎が三つ。

   

「皿もってこい。」

    

そう言った師匠が椅子に座る。どこからか折りたたみ式のナイフを取り出して器用にむき出した。

しゃりしゃりしゃり。

紅いリボンがくるくる円を描いて落ちてゆく。ものの数分で林檎を真っ白にした師匠は均等に櫛形に切ってお皿にのせだした。お皿を差し出されたので、有り難く貰う。甘くておいしい。

    

「師匠、器用ですよね。」

   

「手先口先器用がとく、ってな。」

   

「何となく納得できちゃいました。」

   

「それは聞き捨てならんな。」

   

師匠が苦笑して、しゃくしゃく、また新しい林檎をむき出した。伏せ目がちな師匠は妙に絵になる。

    

「あぁ、それにしてもどうするかな…無理だろうあれは、なんだ、SM関係なのか奴らは。」

   

「違うと思いますよ?っていうか、僕にはあの二人が”くっつく予定”には見えないんですけど。」

   

「…俺だって見えない。」

   

師匠のため息。と、外から声が聞こえた。

   

「鈴欠ぁ〜!」

     

「あぁ、またうるさいのが来た……。」

   

立ち上がった師匠が、玄関に向かう。かちゃんと鍵をはずす音と同時にごつん、という痛そうな音、確か、玄関のドアは……。

   

「ご、ごめんっ!鈴欠大丈夫?!」

   

「大丈夫じゃない……。」

    

「え、えっ、ちょっと見せて!きゃぁ!血出てるっっ〜!」

   

「別に平気だ…。」

   

今度は何が遭ったんだか。師匠はこの前からついてない。まぁ僕が痛い訳じゃないから関係ないんだけど。

さして心配もしないで林檎を食べていると、額から血を流した師匠が戻ってきた。機嫌は最悪、しっかり眉間にしわがよってる。


   

「貴様の仕事は、俺に怪我をさせることなのか…?」

   

「そんなつもりはなぃんだけど……。」

   

「昨日からついてない。」

    

師匠のため息。いやでも、本当についてない。悪魔にもついてない日なんてものがあるんだ、なんて、妙に関心してしまった。

    

「で、何のようだ。」

    

師匠の問い掛けに、ユナさんは少し迷ってつぶやく。

    

「スケートいかない?」

    

「却下。」

    

むしろ気持ち良いほどの即答、いや、速答と言うべきかもしれない。師匠はありえない、という表情でため息をついた。

     

「このくそ寒い日に外なんかにでられるか。」

     

「動けばあったかくなるわよ?」

    

「そんなに動いたら疲れる。」

   

「何でもいいからコート着て!行くよ!」

    

「だから行かないといって……。」

     

「拒否権はなしっ!」

    

結局適わなかった師匠と僕は、曇り空のしたコートをきて連れ出されることに。

   

ユナさんて、強いな…色んな意味で。

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

くるくると、氷上で回る赤い花。

    

    

「なるほど、確かにきれいだな。」

    

関心したように、師匠がつぶやく。

ユナさんにつれられてきたのは、街の外れの湖だった。歩いてる内に太陽が出てきてあまり寒くない。

     

「あの、さ。鈴欠……僕…仕事が……。」

     

「貴様が帰ったら俺が滑らないとになるだろうが。帰るな。」

    

そして哀れなレーニーさん。湖にいく途中に師匠とユナさんに捕まり、師匠の代わりに滑ってる……転んでる。のが正しいけど。

     

「鈴欠ぁ!なんで滑らないのっ!」

    

「寒いから。」

    

即答再び。本当に寒いらしく、後ろから僕を抱えている師匠は、子供は体温が高くて羨ましいな、って。

僕は滑りたいんですけど、ねぇ師匠。言いたいけど我慢してあげることにする。たまにはこういうのも、ね。

 それにしても、ユナさんはスケートが上手。くるくる回ったり、ぴょんって飛び上がったり、赤い髪が、削られた氷が、きらきら光る。

    

「……寒い。」

     

「結構あったかくなってきましたよ?」

     

「いっそ氷が割れて、うえにいるユナとか、レーニーが落ちたらすかっとするのにな。」

     

「……やめてください。変なこというの。」

     

「寒くてまともなコトが考えられないんだ。あーぁ、寒い帰る。帰りたい。」

    

師匠が壊れた。寒い、帰りたい、を交互に呟く師匠はだいぶいっちゃってるらしい。

本当に気温の変化に弱くて困る…、これで天使なんかが襲ってきたらどうなるんだか。

     

「師匠、大丈夫ですか?」

     

「……あと5%程大丈夫だ。」

     

あと少し気温が下がれば確実に死ぬ、と言いたいらしい。僕をしっかり抱えた師匠は、ため息をついた。

     

「何が淋しくて子供を抱き締めてるんだ、俺は。」

     

「寒いからでしょう?」

     

「忘れかけてたんだから思い出させるな馬鹿者。」

      

「師匠にだけは言われたくないです。」

     

軽口を叩きあってため息。転んだレーニーさんを嘲笑うユナさんをうんざり眺めているとき、ふと師匠が視線を宙に舞わせた。

      

「……天使…?」

    

嫌な予感。ばりばりっと言う音に、恐る恐る、湖をみる。

     

「冗談じゃない。」

     

本当、冗談じゃない。真っ二つの氷と、波立つ水面。氷上にあった二つの人影は、見当たらない。

     

「やぁやぁ鈴欠くん、邪魔をするように言われてしまったよ、こんな演出は気に入らないかい?」

      

後ろからかかった声に、師匠は振り向く。そして、いつになくにこりと、ほほえんだ。

     

「気に入らないな。シュトラフ君。人間は水のなかで長く息できないと知っているか?」

    

視線の先には、黒い帽子に黒い燕尾服、黒い髪に黒い瞳、ついでにちょび髭の天使がたっていた。これまた真っ黒な傘をくるくるっと回すと、たんっと地に付ける。

    

「いやはや私もそこまで馬鹿ではないからね、そのくらい知っているさ。」

     

知り合い?

つぃ、と師匠によってきたその天使は怪しく笑う。

     

「君に任務が実行できるかね?」

    

    

安全な任務ってないんだろうか。


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