PACE1-1
カルチャーショック
師匠が出ていってから10分。
すでに暇を持て余した僕は、師匠の部屋に忍び込んでいた。
これでもか、とばかりに本棚に詰め込まれた書物。
部屋の左側は、本棚で埋まっていた。天井まで本がみっちり入っている…。
不覚にも師匠が本に押しつぶされるのを想像してしまい、ちょっと笑った。
「何か面白いものないかなぁ…。」
たとえば師匠の弱みとか…。
まぁ、そんな簡単に見つかるほど、師匠も甘くはないと思うけど。
そう思ってベッド横の小机をみた僕は、固まった。
「人形…?」
…えぇと。僕としたことが、あまりのショックにうまい言葉が出てこなかった。
小机にあるのは、女の子のお人形。
フェルトと綿と毛糸が原材料、手作り風味の可愛らしい…師匠に似合わないものだ。
「…これは…。なんだろ、笑うべき?」
師匠ってこういう趣味なんだ。人形を手にとって持ち上げてみる。
「…ぼろい。」
『何よ、ぼろくないんだからぁ!』
「は?!」
いきなり、人形が動いて喋った。
糸で書いてある口がぱっくり開いて可愛らしい女の子の声が響く。どうしよう、素敵に意味がわからない。
人形って喋るんだろうか。
確かに僕は作られてからまだ十年の、思慮の足りない子供だけれど、人形が話す、動くなんてのは物語でしか聞いたことがない。
『ね〜ぇ!ちょっと聞いてるぅ?』
「ぁ…はぃ。」
『よろしい。あたしマリエス♪しぃちゃん専用の追跡道具だよん。』
…追跡どーぐって、なんだろ…。もぅ意味がわからない。
マリエスと名乗った人形はフェルトの手を上下に動かして僕に訴えた。
『ねぇね、あそぼ!』
とてもじゃないけど、そんな余裕僕にはない。
人形が動いているのがやたら恐くて、泣きそうだった。
「…っ、師匠の馬鹿っ…。」
『しぃちゃんは昔から馬鹿ょぉ〜。ねぇ、お外行きたい〜。連れてって〜!』
「無理だよ。僕は留守番してないとダメだし…。師匠は怒ると恐いし…。」
留守番しないで家を出たりしたら…そしてそれに気付かれたら、きっと僕はこの世から消える…。
冗談抜きで恐いので、僕にはできそうもなかった。
『ようは、しぃちゃんにばれないように行って帰ってくればいぃんでしょぉ? あたしに任せてよ〜。行こうよ、お外〜。』
「ぇと…、まり、エスは、師匠に気付かれないようにできるの?」
出るのは恐いけど、僕だって退屈は嫌いだ。
テレビにはもう飽きていたところだし、少しくらい悪戯をしても神様は許してくれるんじゃないかと、僕は考えだしていた。
『とぉぜん!まっかせといて〜。』
「ぁ。じゃぁさ、師匠のとこに行けたりもするの?」
『行けるよぉ♪マリエスしぃちゃんの居場所解るもん!観察しに行く?』
「うん!」
僕はこの時師匠をなめていた。
本当にほんの遊びのつもりで、僕はマリエスを抱き上げる。
体温はないようで、とくに暖かいとか言うのはなかった。動くのに…変な話だ。
本当に僕は馬鹿だった。