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PACE3-1→この子の七つのお祝いに…

†願い†

   

    

    

   

あぁ

あぁお願い貴方

貴方の遺したただ一つのちぃさな幸せ

どうか守って

あぁお願い貴方

せめて

せめてこの子が七つになるときまで

こいのぼりが空に昇ってゆくまで!

   

お願い!!!

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

    

++++++++++

  

   

   

   

      

   

   

   

   

   

それは二年も前のこと。夫は急に病に倒れ、そして帰らぬ人となった。

夫は、村の外からやってきた人だった。

…私のすんでいる村は、お世辞にも進んでいるとは言えない。村には一台、キネマの機械があるだけ。

カタカタカタカタ

それは月に一度だけ、古いテープをカタカタ回す。

都会からきた彼には、唯一親しみがあったのだろう。彼は毎月通いつめ、そして私たちは出会った。

村には、数々の伝説が残っていて、と、言っても当然今は信じられず、話だけ残っているものばかりだった。

その代表が村の守り神、御狐様の話。

村の人間が、悪事を働いたりすると、御狐様がおりてきて、罰として七つに満たない気に入った子をさらっていってしまう、と言うものだ。

その伝説の名残として、村人達は子が七つになる年にこいのぼりをあげた。我が子は無事に七つになったと、そう示すために。

けれどあの人はこいのぼりが昇る前に逝ってしまった。あとに残ったのはちぃさなこの子だけ。

だけどこの子がいたからあきらめなかった。

きっとあの人に似ているこの子が大きくなれば、あの人と過ごした日がまた帰ってくると、そう思ったから。

なのにどうして、どうして私とこの子が。

声が耳元を舐める。

     

もういぃかぁい…。

     

     

     

     

     

     

     

     

      

       

       

       

       

             

            

           

            

             

          

              

                

               

             

          

             

              

            

          

         

      

       

     

女は何度も足を絡げながら、満月の照らす夜道を走る。何度も何度も転びかけ、それでも、腕の中の子だけはなくさぬ様に懸命に走ってゆく。後ろから聞こえていた、からん、ころん、という音はいつの間にか途絶えてあとには女の踏む砂利が横の小川に落ちる音、女の荒い息遣いだけが残った。

足を止めてはいけないと、女は思っていた。なくせないのだ、この子は最後のちぃさな幸せで、なくしたら二度と、あの人は帰ってこない、と。

   

「どうしたんだい、そんなに慌てて。」

   

急に響いた年老いた声。女の足はぴたりと止まり、やっと理性を瞳に宿した。

女を立ち止まらせたのは、知り合いの老夫婦だった。女は震えた声で、どうしましょう、どうしましょうと繰り返す。様子を察した翁が、とりあえずお入り、と女を家に招きいれた。

    

「どうしたんだい。こんなに遅く、女子供の一人歩きはあぶないだろうに、いったい何があったんだい?」

    

やわらかい翁のことばに、女は小さく語りだす。女の話を何度も頷いてきいたあと、翁はため息をついた。

   

「御狐様もお怒りなのだろう、村はひどく荒んでしまった。盗みも増え、ヒトをあやめる者まででてきた…あぁ、さぞやお怒りだろう…可哀相に、その子は選ばれてしまったんだ。」

   

「どうしたらいいのでしょう、どうしたら、この子を守れるのでしょう。」

   

女の話を黙ってきいていた老婆が、ふとつぶやいた。

    

「隠してしまえよ、この子が七つになるときまで。」

    

「でも、いったい何処に…。」

    

「あそこがいい、お山のお寺が…あすこの和尚様なら悪いようにはしないはずだから。」

    

翁がそういいおわるが早いか、がらりと戸があいた。

   

「内緒話は終わりか。」

   

狐は赤い舌で唇をぺろりと舐め、にたりと笑った。

    

「では、私と鬼ごとをしようではないか。」

   

鬼ごと?

女は恐怖と疑問に身を堅くし、狐を見つめる。狐はもう一度にたりと笑うと、ふわりと膝をつき、言った。

   

「鬼ごとだ。わからぬか?朝日が昇るまで私から逃げ回れ。お前を、その子を捕えられれば私の勝ち。私から無事逃げ切れれば貴様の勝ちだ。簡単だろう? もし、貴様が勝てば、その子は潔くあきらめよう。そのかわり………貴様が今ここで否というならば…その子供は私がいただこう。」

     

その言葉に女はひどく怯え、ひくりと喉を鳴らした。

笑みを深くした狐は立ち上がり、女の視界からふっと消えた。直後、冷たい何かが、女の首筋に触れる。

   

「ほらほら、逃げぬのか?逃げぬのならば、それは私のモノだ。」

   

のばされた腕をふり払い、女はもの言わず駆けていった。残された狐は老夫婦ににこりと笑い、すたすたと歩きだす。

    

「ひとーつ、ふたーつ、みぃーつ。」

    

からん、ころん、かろん、ころん。

    

「よぉーつ、いつーつ、むぅーつ。」

     

ころん、かろん、からん、ころん。

     

「ななーつ、やぁーつ、とう。」


かろん、からん。

狐はにたりと笑い、老夫婦にむかってすぃと手をのばした。

     

「ばいばい。」

     

ごとん。

     

    

    首、落ちる。

    

    

     

    

    

    

    

    

    

    

    

     

    

    

     

     

     

     

     

    

    

からん、ころん

音が追ってくる。音がでるほど堅い道ではないのに、音は急かすように、からん、ころん、大きくなってゆく。

月は徐々に西に傾きはしたが、まだ沈むのには間があるだろう。空を見上げた女は、小さくため息をついた。それから、腕の中の子供をみ、少しだけほほえむ。

   

あぁ大丈夫、貴方の残したちぃさな幸せのためなら、私は神様からも逃げ切ってみせるわ。

   

「…!」

   

ずっ、と女が足を滑らせる。倒れかけた女の耳に笑いを含んだ声が響く。

    

「早く逃げないのか?それでは私が楽しめぬではないか。」

   

女はびくりと体をゆらし、一目散に駆けていった。

狐はぺろりと唇を舐めると、ゆったりと笑う。遠くなった女の背中をからん、ころんと追いはじめた。

ただ歩いているように見えるのに、女の背中はぐんぐん近づいてくる。狐はふと、張りつけていた笑みを退屈そうな表情に代え、静かにため息をついた。女の肩をつかみ、舐めるような声でささやく。

   

「ほらほら早くにげなくっちゃぁ……背中にしがみついて首かるぞ。」

    

女の首に冷たい舌があたった。べろりという気持ち悪い感触と、鋭く鈍い痛み。

    

「それとも…。」

    

「それとも、手、足、首、心の臓…少しづつ食んでやろうか?」

    

首からしたたる液体に、女は戦慄し、がたがたと震えだす。だが満足気に笑った狐が、腕の中の子に手をのばしたとき、女の目に理性が戻った。狐の白い腕に爪をたて、ガリリと傷をつけると叫ぶ。

   

「耳、鼻、目、口、髪の毛一本たりとも誰にもやらぬ!」

   

狐はにたりと笑い、低い声で笑う。

  

「お前の望んだ幸せ、一つも一つもかなわぬ。」

    

「させるものか!この子は私とかの方のものだ!誰にも、誰にもやるわけに行かぬ!」

   

ならば、と狐は笑う。

   

「ならば逃げればよかろう。朝日が昇るまでの鬼ごとではないか。」

   

   

   

月は少しづつ、西に傾いてきている。

   

   


   


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