PACE2-4→わになみだ7
†贈物†
光
光が、眩しい。
*.゜・.+゜.・
いつの間に寝ていたんだろう。覚えがない。
壁側のベッドでうつぶせに寝ている師匠は一見生きてるかも怪しいほど動かなくて僕を不安にさせた。
「…基さんは…?」
もしかして一人で仕事をしてるのだろうか。師匠は今日動けないらしいし、あんなことがあったばかりだし…多いにあり得る。
それにしても何か忘れている気がして仕方ない。思い出せそうにないのであきらめて、僕はベッドから降りた。そっとドアを開けて、礼拝堂に向かう。
「あら、アラン君…。神父様の具合どうです?なにやら体調がすごく悪くてって聞きましたよぅ?」
修道服を着たモニカさんにそう聞かれて、軽く驚く。そういえば、師匠が休む言い訳って基さんが考えたんだろうか。…なんだか師匠は人に迷惑をかけすぎな気がする。僕を含め。
「父さんなら部屋で寝てますよ。熟睡してたんで起こしはしなかったんですけど…。」
「そうですかぁ…、あのぉ、体調悪いんでしたら心細いと思いますよぉ?お傍についていたしたらどうですぅ?」
…師匠が心細いとかありえない。あの人は寝ている傍にいられるのが何よりも嫌いだと思う、あと寝ているのを邪魔されるのも。
「いや、父さんは仕事して来いって言ってましたから。」
「あらぁ、そうですかぁ?ならいいんですけど。司教様も大変心配してらしゃって…、あとでお見舞いに参るかもですよぉ。」
「…ぁ、父さんが寝てるのを無理やり起したりしないように言って置いてください。普段じゃ考えられないような言葉吐くんで。」
「あらぁ…そうなんですの?」
「寝起き、最悪なんです。」
「…そぅなんですかぁ……!!」
突如、甲高い音が響いた。
普通じゃないということはわかった。そして背中を走るいやな予感。
「…な、何の音?」
「いっ……」
いってみましょう、そう言おうとした言葉は荒々しくあけられたドアの音で中断される。どこから出したのか長外套を着込んだ師匠がでてきて、一瞬僕らをみた。
「し。神父様お体は…」
「避難しろ。」
それだけを言い置いて師匠は礼拝堂に走っていってしまう。追い掛けようか、止めようか迷ったけどモニカさんがたかたか礼拝堂にむかったのでおとなしく付いていくことにした。
礼拝堂の床には色とりどりの硝子が散っていた。遠目からみたそれは花のようでひどく美しい。
「まったく人の話をきかん奴だな…俺は避難しろと言ったからな。」
呆れた声をだした師匠は、死んでもしらん、と呟いて硝子をふんだ。
ぱりり、と言う音、礼拝堂には見知らぬ人がたくさんいた。
「…誰?」
「おい、その女連れてどこか避難していろ。怪我しても知らんからな。それと…。」
僕の問いかけを無視してそういった師匠はため息をついて長外套を脱ぎ捨てた。何処からか刀らしきものを取り出すと、再びため息をつく。
「倒れたら頼む。」
それがどういう意味なのか、僕には図りかねて首をかしげる。師匠は一向に動かない見知らぬ人を一瞥して、それから微笑んだ。
「気をつけろよ。」
「師匠こそ。」
投げ捨てられた鞘が硝子の上に落ちて高い音を立てる。
「…どうか、ご無事で。」
*
昨日の夜、思わぬことを言われた。
そうか、狂っていたのは今日からではなく、昨日からだったのか。
「あなた、一度も私の顔を見ないのね。」
あぁ、気づかれていたのか。と、自嘲してしまった。
見たくないんだ、恐いじゃないか、過去はみたくない。
「ねぇ、こっちをみて。」
あぁやめろやめろ金の光はみたくない。
「?どうしたの?悲しそうな顔をして。」
離して、離してくれ、あぁ深い恐怖が疼く。
「どこか苦しいの、顔をみせて。」
あぁ。
あぁ助けて神様と。
まるで人間のようにつぶやいてしまった。
金の光は美しくてそれ故に恐い。
恐ろしい
光。
「鈴欠様、大丈夫か。」
大丈夫。
意味が飲み込める前に、冷たい言葉が唇から流れる。
「大丈夫だ、問題ない。」
どこが大丈夫、なのだと苦笑が漏れて、それが余裕の笑みにとられる。
奴らは過信しすぎだ、世の中の何処にそんなに余裕がある奴がいるんだか、少なくとも今の自分に余裕はない。
何言ってるんだ俺は
何が大丈夫だ
何が気を付けろよ、だ。
ほかの心配するような、余裕なんてないのに。
刀を握りなおして、
口元に笑みを張りつけて、
「基、どんな感じだ?」
「…低位15、中位4、高位1、計20かと。」
「低位と中位の半分任せてもいいか。」
「……了解した。」
100年近く握っていなかった刀を撫でてため息をつく。天使の奴らを見つめて、そっと構える。
「…あぁ、やはりいたか…。」
「…いちゃ悪いか…。」
天使にそう答えて、笑う。あぁ高位だ、へたすると、自分より数段上の。まずいな、とひとごとのように笑って、基にめくばせした。
かすかに頷いて刀を構えた彼は、次の瞬間空気に溶けて消える。
能力は消滅。鍛えれば、手のひらをかざしただけで敵を消すことができる恐ろしい能力。しかし300余年生きただけの基はまだそこまで使いこなすことはできないようだった。
まぁ、自分の気配を消すことができるだけで、彼にとっては十分なのだろうけど。
ひゅんっという風を凪ぐ音がすると、基を見失って辺りを見回していた天使の首がごとりと落ちる。ある者は肩から上をなくし、ある者は体を半分に割られた。教会にふさわしくない殺戮が、天使達を怯えさせる。
「優秀な部下をお持ちのようだ、ますます貴方に興味をもった。なぜこんなところに?」
目の前にたった天使は、その冷たさを象徴するような紺色の髪をかきあげる。仲間が死のうが、見えないとでも言うように、彼は笑った。
「仲間、助けなくていいのか?」
七人目の天使が悲鳴をあげて、ジュラエル様と叫んだ。
「役たたずは嫌いな性分でね。」
「ジュラエル様とよんでるが?」
聞こえないな、と笑った。
「…あぁ、近くでみるとさらに美しい顔だ。剥製にして、飾りたいほどに。」
「―――っ!」
いつのまにか目の前にいる男に、戦慄を覚えた。つぅと顎の線をなぞられ、髪を梳かれる。いつもならこうはならないはずなのに、単なる負け惜しみを呟いて刀を手放した。
がしゃん。ガラスが跳ねる。
「……しかし、高位悪魔とはこうも弱いものなのかね?」
失望だ。男はそういって笑う。少し動かすだけでも痛みが走る体に鞭を打って、頬にかかる手を握った。
「…立ち上がれ無数の光。形式を電流にて形成、致死。範囲、2222、対象。左部の接触。起動、洗練、発動。」
はじめは、ぱりり、と言う音。
大気中の光が収集され、渦巻くのがわかった。その強い光は決して天使の目にはうつらず、彼の左手から無遠慮に侵入した。
「っ?!なっ…。」
「…光、従え。引導、右部。実行。」
右手でジュラエルの指をからめ、小さく微笑む。綺麗な顔をした者ほど、恐怖に歪む顔は美しい、とそういったのは一体誰だったか、あぁ本当だ。端正な顔はひどく歪んではいたが、美しかった。
「大丈夫、痛くはないさ。俺は優秀だからな。」
左手をゆっくりと心臓へ移動する。人差し指でくるりと円を書くと、彼は小さな悲鳴をあげた。
「あぁ、なかなか可愛らしい声ではあるな。さすが天使だ。だが、顔とはあまりあわないようだ。そういう声は彼女の前でだしたまえ。」
「……っ、き、貴様っ…!あぅっ。」
円を描いた指を少し左に寄せれば、男は痛そうに悲鳴をあげる。男の後ろで、すでに17人目の天使が頭と体を分離させていた。
「あぁ…実をいうと俺は今日裁判日でねぇ、少しばかり機嫌が悪いんだ。そんな時に君が弱いなどと言ってくれるからつい大人気ないことをしてしまったな。悪かったね、痛いか?」
気遣いなどしていない。円を描いた手をぺたりとつけて、微笑んだ。
「…お休み。」
ぎゅっと、手を握る。心臓を…握り潰すように。
「なっ…あぁあぁああぁああぁあっっ!!!」
握りこんでいた右手をはずすと、手のひらを這った指先は簡単に地面へと落ちる。見開かれた目は空をにらんだまま、閉じられることはない。
「……鈴欠様、19人デリートを完了した。」
「ぁぁ、悪いな…最終的にみんなお前に任せた…。」
苦笑して目をそらした。ただ単に目をみられなかっただけ。
「お体は…。」
「これから休むよ、事後処理は任せていい……か…?」
疑問が生じた。
神は言ったのだ、君の仕事を手伝ってあげる。と。
だってそうすれば早くあえるから。と。
どういうことだ?これじゃ、邪魔しかしていないことになる。…まさか。これからまだ何かあるのか?
ぱたん、と扉が閉まる音がした。カツカツというヒールの音。あぁ、リーザはここにいなかったのか、と納得し、それから異常に気付いた。
あれだけすごい音がし、悲鳴もあがったのに何故でてこなかったのか。
気付かなかった…?いや、ありえない。じゃぁ、じゃぁなんだ?
警鐘が頭に鳴り響く
危ナイアノ女ヲ此処ニ寄セルナ
そう、響く。
「…――!どうした…!」
礼拝堂に入ってきたリーザが何かに気付いて走りよってくる、彼女の目が自分でなくその後ろに定まっていることに気付いて、ふりかえった。
倒れてくるのは十字架…キリスト像、それと、たくさんのガラス木片、いわゆる窓を形成していたもの。
「………基避けろ。」
傍らに立つ男を突き飛ばしてリーザをみる、とまれ、と叫ぼうとして、思考が停止した。
これで助けなければリーザを殺す手間が省ける。
あぁ、あぁこれが手助けか、と気付いた。
じゃぁ、何も考えなくていい。助けなくていいのだと、一歩引こうとして。
目に移ったのは金の光。金の呪い。
アレはリーザだ、そう思ったのに、体はいうことをきかなかった。
リーザが他の誰かと重なる、走りよってくる"咲弥"を押し倒して体の下に隠した。轟音、位置からしてキリスト直撃は免れたが、背中に何かが刺さるのは避けられなかったようだ。肉をきる感触がし、熱のような痛みが響く、下の女が何かを叫んでいたが、聞き取れなかった。
「あぶな……っ!」
「…?」
うえを見上げようとして、思考停止、窓枠がこちらに向かって落ちてきていた。あたったらまず、怪我は間違いない。咄嗟に彼女を転がし、小さく覚悟を決める。
「神父様っ!!!」
がっ…。
あぁ、金色がこっちをみてる。
つぶやく。今はもういない名前。
「…さき……?」
あぁ、答えてくれる声を思い出してしまった。
あの透き通る日差しの色は鬼門だ。