PACE1-5→記念日2
†裁判日†
今日という日を
記念日にしよう
君と自分を繋ぐ
最後の糸の名前
*
静鳴さんと捺姫さんが帰ってしまった家はとても静かで、僕を淋しくさせた。
「あの…師匠起きてます、か?」
そっと、ドアをあける。俯せに寝た師匠が、気付いて体を起こした。
「なんだ…?」
「捺姫さんと静鳴さん帰りました。」
「らしいな、静かになった。さて、と、本でも貸してやろう。何がいい?」
「ぇ。」
「確かに奴らは騒がしいからな、いなくなると急に静かになるだろう。居づらいならこの部屋で本を読んでもかまわん。ただし騒がしくするなよ。」
「いいんですか?」
「かまわない。」
「あの、じゃぁ、教えてほしい事があるんですけど……。」
控えめにつぶやいて師匠を見た。金属色の瞳が不審なものを見るように細まっている。
「裁判日って何ですか?」
「…そうくるか。」
ため息をついた師匠が、本棚からふるい本を引っ張りだした。
「この本の“本当の極刑についての章”を総て読み切れ。そうしたら答えてやってもかまわない。」
持たされたのはとてつもなく重たい本。何となく師匠を見上げると頭を撫でられる。
「その間師匠は何してるんですか?」
「…そうだな。紅茶でも入れといてやろう。」
「はい?」
「本自体は厚いが中身はすくない、すぐ読みおわるさ。何がいい?オレンジペコ、ダージリン、レディーグレー。」
紅茶の名前をあげる師匠に、ちょっと戸惑った。
師匠がキッチンに立つのはめずらしい。
器用だし、やれば上手なのに、面倒だからって僕に押しつけて文句を言うんだから世話ない。
「じゃぁレディーグレーで。」
「わかった、砂糖とミルクどっちだ?」
「ミルクはまずくないですか?柑橘系でしょう?」
「そうか?甘ければみんなかわらんだろ。」
忘れてた。師匠は極度の味覚異常者。この人の味覚にかかればどんなに甘ったるいチョコレートだって、苦いものになるに違いない。
「あの、砂糖自分でいれますからね。」
先にいっておかないとひどい目に会いそうな予感がしたので、いっておく。
「わかった。えーと、お前今年でいくつだ?」
「…。」
この人は自分の弟子の年まで忘れるのか…。
「10ですよ。いい加減覚えませんか?」
「…そうか…。」
少し考え込んだ師匠はまぁいいか。
と思考を打ち切った。湯わかすか。と部屋をでていく。
「あ、あの?」
「なんだ、ついてきたのか?あぁ、さっきのことなら気にするな。」
「気にしませんよ。師匠にしゃべる気にならないことを問い詰めても無駄なの知ってますから。僕が聞きたいのは…師匠と静鳴さん達って何時仲良くなったんですか?」
やかんをもった師匠の手が、ぴくっと動いた。
「…同期なんだ。運が悪かった。飛び級で行ったクラスに奴らがいて、いつのまにか奴らが絡んできていて、気付いたら無理矢理親友を名乗られていたのさ。ありえないだろう?」
「飛び級?」
「あぁ、学校だ。行きたいなら行かせてやってもいいが?ただし、高位悪魔をめざす奴等が通うからな。わりと厳しい。11から17までが中等部、18から22までが大学部となる。ちょうどいいな。体験入学にでも行くか?」
おもしろそうなのでとりあえず頷いておく。
キッチンの椅子に座って本を広げた。うんざりするほど字が細かい。
「字細かいですよ?」
「あぁそうだな。その内容は見つかったら極刑並にまずいものだからな、仕方ないさ。」
「はい?!」
「あぁ、安心していい。読むこと自体には問題ないからな。現に俺も生きているだろう?」
「や、そう、そうでしょうけど…。」
「命懸けだったのさ、そいつは。………作者は、もう死んでる。」
師匠のカタチのいい指が、ページを撫でた。
「読んでやれ。」
「はい。」
文章は語り口調でかかれていた。
『裁判はふた通りある。一つは一般に言われる、神の玩具である我々の独断で起こした罪についてのもの、もう一つは、神の啓示で行なわれた罪に対しての裁き。』
どういうことなんだろう。神様が命じたことなら、罪はかせられなくていいはずなのに。
『二つ目の裁判について本来ならば我々は関与してはならない。何故なら神は絶対で神に逆らう程重い罪はないはずだからだ。
だがあえて踏み込もう神の領域に。
神はすべてを遊びと心得ている。
神は我々が苦しみ悲しむ姿をそれはゆかいに見ているのだろう。
二つ目の罪は、神の遊戯によって生まれる罪だ。
神の啓示によって罪を犯すことになる。
起こすものの大体はお気に入りである。
罪を犯したものは、すべてを奪われ、何もないままただ長い時を生きる。』
師匠がかたん、とティーカップを置いた。
「読めたか?」
「ぇ、あぁまぁ。」
「どこまで読んだ?」
「罪が二つあるとか、一つは神様の啓示で行なわれたものとか…。」
「OKOK♪さすが俺の弟子だな。優秀だ偉い♪」
わしゃわしゃ頭を撫でた師匠は、ため息をついた。
「っ。」
「どこ痛いんですか?」
「あ〜神経?」
「……ぁ、やっぱり老化が…。」
「あぁっ?!」
「違うんですか?」
「呪いだ呪いっ!書いてあるだろうが!」
「まだ読んでない所ですね。」
「…飲め。」
師匠も気まずかったらしい、ティーカップが差し出された。角砂糖を入れまくってる師匠の目は本の字を追っていた。
「…裁判日は、二つ目の罪の最高刑だ。ただし俺の場合は少し違うんだ。極刑+自発的睡眠の剥奪。
ま、簡単に言えば…眠るっていう概念はあるし、眠くはなるが、どうやっても自分じゃ眠れないっていう状況だな。俺には相当つらいが。」
「でしょうね…。師匠は寝るか、女の人と遊ぶかしかやることありませんもんね。」
「なわけないだろうが!」
「じゃぁ、何かありますか?」
「あるだろう!たとえば…。」
「た、と、え、ば?」
師匠の目が宙を泳いだ。
「……仕事、とか。」
「へー。」
これ以上ないってほど呆れた目で見つめてやると、師匠はいづらそうに居住まいを正して咳払いをした。
「で、裁判日の話だが。裁判日は言葉通り、判決がくだされたその日、その時刻に毎月呪いが決行されるものだ。それと+αで…死の返上。死とはつまり魂の解放。極刑を受けたものは、神が許すまで死ぬことさえできない。そういうことだ。」
「え…。」
「下手するとおまえより長生きになるかもしれないのさ。まぁ、それまで精神がもつかまったくもって疑問だが。廃人かもしれないな。」
どうでもよさそうに、師匠はため息をついた。
「あの…。気になったんですけど…師匠は自分じゃ眠れないのに…どうやって寝てるんですか?」
「あぁ、薬。」
だからか…。
だから起きないのか…。無理矢理起こしてもすぐ寝てくれる師匠のなぞが一つ解けた。
「あぁ、それで…裁判日をうけた罪人はもれなくこの入れ墨みたいなのが送られる。」
たくし上げられたワイシャツの下に痣のような模様が浮いていた。
円のような模様の中にSINと書いてある。
「汝、罪を忘れるなってな。」
「…すごく思うんですけど。」
「なんでそんな大事なこと今まで言わなかったんですか?」
「わからないか?」
くびを傾げた師匠は、言う。
「俺のなかで整理がつかないから、それだけのことだ。」
「…整理?」
「神にどうして逆らえなかったのか、とかな。色々思うところがあるのさ。」
そういった師匠はいつもよりずっと穏やかで、僕に492年の月日を感じさせた。やさしい表情のまま師匠はつぶやく。
「生きるなんていうのは、所詮後悔の連続で、でも、いい人生というのは、後悔が少ないものをさすんだろう。俺のはすでに手遅れ。救いようのないとこまで落ちているからな。だけどお前のは違うだろう?…だから、この話をする気になったのさ。師弟揃って馬鹿なことをする必要はないからな。」
ゆったりわらった彼は言う。
「さて、話はこれで終わりだ。もう寝なさい。おやすみ、弥。」
呼んだら届くだろうか
愛しい君の名前。
PACE1-5→記念日。fin...
to be continued..
久しぶりの投稿の立津です♪最近説明ばっかりで、数少ない読者のかたもウンザリ(-д-;)かもですが、次からはちゃんと本題に入りますので見捨てないでくださぃね!どうでもいいですが、京都っていいところですね♪ではまた。