WARLD Ⅰ
俺の七つ道具、其の一
爆竹
本来の爆竹よりも、火薬を大量に詰め込み、作り上げた。
実験のために生ゴミを漁っていたカラスに投げつけてみたところ、一発で気絶した。
最早その威力は爆竹にあらず。
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「わかった! 転入を認めるから早く下ろしてくれぇ!」
「下ろしてくれ、じゃなくて、下ろしてくださいクレイア様でしょ?」
少し先の丸まった栗色の髪を揺らす少年は、紐で身動きを制限された理事長を弄ぶ。少女のような華奢な体格に似つかわず、やっていることはえげつない。白地のTシャツには、赤い花弁が幾つも散っている。
「お、下ろしてください、クレイア様」
「はい、合格」
プツリ、と張り詰めていた紐をクレイアは切断した。重力に従い、顔から落下した理事長は芋虫のように地に這いつくばる。
「じゃあ、明日までにお願いね。もし、他言したらコレをばらまくから。わかってるよね?」
クレイアの手の中にあるのは一枚の写真。でっぷりと太った男、即ち理事長が下卑た笑みを浮かべつつ、少女を痴漢している光景だ。
「わ、わかっている」
「じゃあ、後はよろしく。あとさ、このシャンデリアは貰っていくからね」
シュッ、とクレイアは理事長の首に突きつけていた短剣を投擲した。狙い寸分違わず、シャンデリアと天井の結合部分を切断した短剣は、そのまま石造りの天井に突き刺さる。どれだけ切れ味がいいんだ、あの短剣は。金属と石をいとも容易く切り裂いてしまった。
「よっ、と」
クレイアは落ちてきたシャンデリアを両手で抱え込むようにキャッチした。男としてはかなり小さな部類に入る彼は、シャンデリア華美な装飾の中に埋もれてしまう。その様は滑稽の一言に尽きる。
そんなクレイアのフルネームはクレイア=ラクウェル。趣味は金勘定、マナとキア曰わく極度の守銭奴であるらしい。クレイア百貨店を個人経営しており、学園内ではそこそこの利益を得ているとのこと。
“学園内なら運送、配達無料!何でもそろうクレイア百貨店へどうぞ!中央校舎一階にて”
という広告が理事長室の扉に張ってあったことは、この際触れずにいよう。
「キョウの転入も取り付けたし、そろそろ帰らない?」
「少々待ってください。もう少しで本をまとめ終えますから」
俺に背を向け、本棚の前にかがみ込むキアは何をしているのか、と覗けば、数冊の本を布に包み途中であった。彼は俗に言う本の虫。自室に収まりきらぬ大量の本が、屋敷の廊下に整然と並べられているらしい。
部屋に入りきらないってのは、どんくらいの冊数なのだろうか。想像がつかない。フルネームはキルルア=アマデウス、略してキアだ。スラリとした体躯に、白い歯を口から覗かせた爽やかな笑み。常日頃黄色い悲鳴に包まれていそうな色男だ。何というか、妬ましい。
「オレは先に帰る。今日は飯係だからな」
平淡な声音でそう呟いたマナは、今まで深々と腰掛けていた革張りの椅子から立ち上がると、背後の窓を引き開けた。
「キョウは何を食いたい?」
「んー、肉だな」
「そうか、肉料理を用意しておくから、少し学園内でも見てこい」
飯は二時間後だ、それだけを言い残し、マナは窓から飛び降りた。自由奔放、常にマイペースな男、マナ=フォルカス。翼竜であるフィルの主。そして、三人の中で一番強く、リーダーを務めている。終始不機嫌そうに眉をしかめており、顔の筋肉を滅多に動かさない。あの不機嫌な顔さえなければ、中々のイケメンだと思うのだが。
開け放たれた窓からは、爽やかな夜風が吹き込んでくる。壁に掛けられた時計の針は、12時を少し回ったところだ。即ち、現時刻は真夜中。とてもじゃないが、深夜の校舎など見て回る気になどなれない。
「なぁ、学園を散策すんのは明日でいいから、少し寝れるところはねぇか?」
「屋敷に幾つか空き部屋がありますから、帰ったらすぐに用意しましょう」
「あ、そうだ、キョウはクレイア達と一緒に暮らすってことでいい? 早急な依頼が入った時のためにさ」
願ったり叶ったりだ。
「あぁ、それでいい」
「よし、それじゃあ帰ろっか」
かくして、俺の今後の生活場所は決まったのである。
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「ぜ、全財産が……。流石にもう我慢ならん! あやつらは絶対に許さんぞ!」
一人理事長室でいきり立つ男は、顔を怒りに染め、地団駄を踏み鳴らす。盗られた金貨は学園の資金ではなく、彼の財産。金貨五枚ともなると、十年は遊んで暮らせる額だ。
「和国、和国からあやつらを呼び寄せよう。たかだか問題児が三人、太刀打ちできるまい」
その脂肪を蓄えた腹を揺らしつつ、机の中から一つの電話番号が書かれた紙切れを取り出した。そして、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
「ふひひひひひ」
気色悪い笑い声を携え、理事長は学園を後にした―――
7月4日、第6話投稿時、回覧数803