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MATHERIA Ⅴ

「ぐ、紅蓮水晶が何でないの!?」


紅蓮水晶? ああ、小さい割にかなり重い紅い水晶玉か。俺の指先に触れ、仄かな熱を放つ小石大のこれはそんなに高価なのか。


「ど、どこで落としたのっ!? 敵は全部魔法で殲滅したし、キョウとぶつかった時はまだあったし……」


あーでもない、こーでもないと頭を抱え、記憶を辿るクレイア。今にも泣きそうな彼が少々不憫に思えてきた。未だ男ということに納得出来ていないためか、どうしても女が涙目になっているようにしか見えない。……前言撤回。不憫になど欠片も思えなかった。俺の加虐心がくすぐられる。


「紅蓮水晶ってのはんなに高けぇのか? たかが小さい水晶玉だろ?」


「たかが、なんて物じゃないよ! 金貨にして十枚くらい。クレイアとしたことが……」


「宝石みたいなもんか?」


「いえ、違いますよ。嗜好品の類ではなく、魔法を行使する上での補助道具です。火山地帯の地下深くで精製され、噴火と同時に地上に上がってくると考えられています」


「ほぅ、それはそれは貴重な物をなくしちまったんだな」


俺は紅蓮水晶を取り出し、手でモテアソぶ。


「紅蓮水晶ってのはこんなやつか?」


「うん、そんなの。魔力を蓄えれば蓄えるほど紅くなっていくんだよ―――って何で君が持ってるの!?」


「そんなの決まってんだろ。俺がてめぇから掏っ……」


掏ったんだよ、と最後まで言わず、閉口する。


「落ちてたのを拾ったんだよ」


「そうなんだ、ありがとね、キョウ。助かったよ」


そう言って差し出されたクレイアの手を、パシリと払いのける。


「誰が返してやるって言ったか?」


「え?」


「落とし物の三割。金貨十枚らしいからな、金貨三枚ってとこか? そうしたら返してやるよ」


「くっ……それはクレイアのだよ?」


「今は、だろ? 元の持ち主に渡してもいいんだぜ?」


悔しげな顔をしたクレイアは、ぐむむむむと唸っている。“盗品”その単語で、こいつらがあの屋敷の中で追われていた理由がようやくわかった。クレイアとキアが盗みに入り、マナが逃走手段を確保する。中々面白そうなことをやってんじゃないか。


「金貨三枚は後で渡しちゃダメ?」


「ダメだ。俺はてめぇらを信用しちゃいねぇからな。それに、俺は逃げるっていう手もあるんだぞ?」


クレイアの最も不利益になる道を提示し、焦らせる。俺とてここで逃げるのは良策ではない。いくら金になるものを持っていようとも、それを換金する場所を知らない。だったら利益が減ろうとも、今ここで現金を手にすることに意味がある。上手く行けば、こいつらから情報を引き出すことも可能なはずだ。


「さぁ、どうすんだ?」


「……今は手持ちがないし……。マナとキアはお金持ってる?」


「ない」


「残念ながらありませんね」


その返答を受け、がっくりと肩を落とすクレイア。そこへキアが助け船を差し出した。


「ではこのようにしてはいかかでしょうか?」


「このようにって?」


「恭さんには僕達の仲間になってもらう、というのは」


中々いい方向へと話が向いてきた。


「ほぅ、それは俺に犯罪の片棒を担げと言ってるわけか?」


「ええ、結果的にはそうなりますね」


「“結果的”には?」


その含みのある台詞を問いただす。


「まだ仲間でもなく、信用できないあなたに、その言葉の真意を教えるメリットがありません」


「そりゃそうだ」


仲間になるということは、こいつらと行動をともにすることと同義だと考えていいだろう。信用を勝ち得るために先程は盗みに難色を示しておいたが、掏摸で生計をたてていた俺にとっては今更である。右も左もわからない今、俺の方から仲間にしてくれと頼みたいくらいだ。しかし、それだと足下を見られるだろう。


「クレイアとしてはキョウを仲間にするのはあまり賛成したくないけど……紅蓮水晶のためなら。マナはどうなの?」


「別にオレは構わない。使えなかったら囮として切り捨てるだけだ」


「いいね、その考え。俺は好きだ」


使えれば使い、使わなければ切り捨てる。薄っぺらい信頼よりも、損得勘定での繋がりの方がよっぽど強固だ。こいつらから吸い取れるだけ吸い取って、使えなくなったら後ろから刺し殺す。考えただけでゾクゾクする。


「では決定ですね。今日からあなたは僕達の仲間です」


「ほらよ、クレイア。これで約束通りだ」


ポイッと紅蓮水晶を放り投げた。月光を浴び、仄かな紅色に染まるその水晶は、クレイアの手に収まった。


「さて、そろそろ到着だ。フィル、先に屋敷に帰っていてくれ。オレ達は学園長を脅……話し合いしてくる」


「そうですね。行動を共にするためには学園に入学しなくては」


「キョウはぜったいに武闘科だね。序列にも入れるでしょ」


「では、オレは先に行く。理事長室前に集合だ」


マナはそれだけを言い残し、ヒラリと俺の視界から姿を消した。未だに竜は空を飛んでいる。眼下に見えるは、背の低い建物が密集する住宅地と思わしき都市の一部。右手側には白塗りの巨大な城がそびえ立つ。そして、宙を悠然と歩くマナ。


「あ、あいつは何で空中を歩けるんだ?」


竜の翼が力強くはためく度に、マナの姿は後ろに流されていく。


「簡単な話です。自分の魔力で辺りの空気を超圧縮し、一瞬だけ足場を作る空歩術ですよ」


「ねぇ、そんな話ししてないでさ、そろそろ降りなきゃ学園から大分離れちゃうよ?」


「降りるって言っても、ここから落ちたら死ぬだろ」


俺にはマナのように空を歩くすべはなく、使えそうな道具も持ち合わせていない。


「むぅ……渋るんだったら実力行使だよ。あ、これパラシュートだから」


「ああ、パラシュートか。使い方は?」


「魔力を込めれば開くから。というわけで行ってらっしゃい」


リュックサック大に収納されたパラシュートを受け取ると同時に、ドンッ、と突き飛ばされた。


「っ、てめぇ」


ふらり、とよろめき、一歩下がったその足が空を切った。全体重が後ろにかかり、体が傾いていく。クレイアの満面の笑みに既視感を覚える。屋敷の外で、敵の密集するど真ん中に蹴り込まれた時とまったく同じ笑顔。


「パラシュートは銀貨二枚だから、後でちゃんと払ってね」


「押し売りじゃねぇか!」


地面に向かって少しずつ加速していく。今日はよく落ちる日だ、そんな悠長な事は言ってられない。


―――パラシュートが開かない。


“魔力”とやらを籠めれば開く、それはわかった。しかし、その魔力はどうすれば扱えるのかさっぱりだ。風切り音が耳元で唸り、建物の中でも一際高い時計台の屋根の横を通過する。流石にヤバい。壁面に埋め込まれた巨大な時計は、もう直ぐ12時を指す。月明かりに照らされた長針と短針が重なった。力強い鐘の音が夜空に響き渡る。


そして、俺の体は地に打ちつけられた―――




     

7月2日 第5話投稿時 回覧数502

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