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MATHERIA Ⅲ

体を宙でひねり、両手の平を刀の柄に添えた。覚悟はできた。体勢も整った。俺は集団の先頭に位置する剣士に、上から襲いかかった。上段から刀を振り下ろす。


―――動きが遅い。相手の動き全てが遅い。


相手は俺の剣撃を受け止めようと、剣の腹に片手を添え、上に突き出した。


―――遅い。


周りで得物を構える敵共は、俺の動きが止まった瞬間に斬り伏せようと、剣を持ち上げる。


―――遅い。


司令官が俺を包囲するように、と命令を飛ばす。


―――遅い。


「遅ぇんだよっ!」


剣と刀を噛み合わせ、直後に刃を滑らせる。ギィキィィィイン! と甲高い金属音が奏でられ、火花が散った。本来なら上にあるはずの剣の下に刀を滑り込ませ、相手の懐をがら空きにする。脇から迫る凶器。


俺は落下の衝撃を前へと逃がし、相対する敵の横を駆け抜けた。男の身を守る簡易装備の隙間に刀をあてがいつつ。しかし―――


「斬れねぇ?」


ただの鉄の棒で隙間をなぞった、そんな感覚が刀を通して手に伝わる。すぐ目の前から切りかかってきた敵の鳩尾を鋭く突いた。しかし貫通しない。つまり、人を斬れない。


「ちくしょう! つまらないじゃねぇかよ!」


もうヤメだ。こんな戦いは。頭を潰して即行で終わらせる。


「おおおぉぉおっ!」


向かってくる奴らを一発で叩き伏せ、司令官の元へと向かう。軽い、体が羽根のように軽い。


―――身体能力が上がっている?


扉を蹴破った時から感じていた違和感。その正体がこれなのか? 


ダンッ!! と大きく地を蹴りつけ、俺は飛び上がった。一瞬で数メートルの高さまで到達する。予備動作もなく、いきなり飛び上がった俺を見上げる敵。呆けた顔で佇む敵を尻目に、懐から爆竹を取り出し、着火した。


火薬を多めにして作り上げたこの自家製の爆竹は自信作だ。とにかく音が凄まじい。


「ほぅら、爆ぜろ」


ばらまくようにして投げつけられた爆竹は、鼓膜をつんざくほどの轟音を発した。音は鼓膜に襲いかかる。しばらくは音が聞き取れなくなるだろう。


俺は苦悶の表情を浮かべ、両耳を抑える司令官へと刀を振りかぶった。


「き、貴様ぁっ!!」


司令官は下段から剣を振り上げる。憤怒のこもったその剣撃は意外と速い。伊達に司令官を務めていないというわけか。


「それでも遅ぇ!」


俺の剣速はそれを優に上回る。司令官の剣が最速点に達しぬうちに、一度刀を打ちつけ、剣を弾く。剣を意図せぬ方向に弾かれ、踏鞴を踏んだ司令官の首筋を返し刀で一閃。


「ぐうっ!」


鈍い音と共に司令官の体から力が抜けた。力無く横たわったこいつの頭を踏みつけ、ぐりぐりと地に押しつける。鬱憤晴らしだ。司令官の頭が少しずつ埋め込まれていくさまを見て悦に浸っていると、遠方からクレイアの声が届いた。


「お疲れっ! でも、一つ忠告しといてあげる。早くその場から逃げた方がいいよ?」


「あぁ? 何でだ……っ!?」


「《百式 緑ノ兎 六番ノ術》」


ぞくり、と“何か”を感じ、見上げた目に写るは緑色の空。否、空を埋め尽くす緑色の“魔法”だ。


「やっべぇっ!」


急げ! 急げ! それが何なのか理解したと同時に、俺は全速力で駆け出した。一秒とたたぬうちにトップスピードにのり、障害となる敵兵を押しのけ、かわし、走る。跳ね上がった身体能力に初めて感謝した。すぐ真上に迫った緑色の兎。


俺は地に滑り込む。この先は魔法の届かぬ安全地帯なのか、そんなことを考えている余裕は一切ない。刹那、地が轟いた。膨大な質量が地に激突し、その都度小さな穴が穿たれる。舞い上がる砂煙によって、ほんの一メートル先も見えないほどだ。


「ほら、キアも早く乗ってよ。クレイアが乗れないじゃん」


「そうだキア、早くしろ」


「……ええ、あの方は置いていくのですか?」


砂煙によって姿は確認出来ないが、声だけは聞こえる。どうやら逃げようとしているようだ。


「うん、あいつが罪を被ってくれればラッキーでしょ?」


使えるだけ使っとかなくちゃ、とその言葉にピキリと青筋が浮かんだ。


「全員乗ったな。いくぞ、フィル」


「ピエーーッ!!」


響き渡る甲高い鳴き声。バサリ、と翼をはためかせる音。空から逃げる気か。翼から発生した風によって、砂煙が流され、徐々にクリアになっていく視界。そこには今まさに飛び立とうとする三人の男と、一匹の竜がいた。


「逃がすかよ、てめぇらぁっ!」


「えっ!? 急いでフィルっ!」


「ふふふ……やはりあなたはおもしろいですね」


「ピエッ!?」


「誰だあいつは」


バサリ、と竜が地から飛び立った。そして、ぐんぐんと空に向けて昇っていく。


「一足遅かったね!」


あのクレイアの浮かべる満面の笑み。俺を使えるだけ使う、そう言ったことを後悔させてやる。竜の進行方向には巨大な西洋風の屋敷がある。


俺は純粋な脚力で屋根に飛び乗り、そのまま一番高い時計台へと飛び移った。竜との距離はおよそ15メートル。ぐっ、と膝を折り曲げ、跳躍した。届け! この高さから地面に落ちたら、怪我などでは済まないだろう。





6月26日、第4話投稿時、回覧数208

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