MATHERIA Ⅱ
「てめぇは仲間を囮に使われたのに怒らねぇのか?」
「ええ、あの程度の輩などにクレイアがやられる可能性など、万が一にも、いや億が一にもありませんからね」
「ふぅん、あの女はそんなに強ぇのか。そうは見えねぇけどな」
「女……ですか? クレイアは男ですよ。正真正銘の男です」
「あれで男なのか!?」
衝撃の新事実に驚きつつも駆け続けていると、ようやく長い廊下が終わりを迎えた。最後に俺達を遮るのは、外へと繋がる重厚な木の扉。開けるのが煩わしく、俺はそれを蹴破った。簡単に砕け散る扉、あまりの抵抗の無さに違和感を感じつつも、外に躍り出た。
「クレイア本人の目の前で女呼ばわりするのはタブーですからね。うっかり口が滑りでもしたら、死を覚悟してください」
「―――女呼ばわりしただけで死かよ。ってもよぉ、この数は多すぎるんじゃねぇか?」
俺達が今まで入っていた屋敷を取り囲むように包囲するのは、敵、敵、敵。ざっと見て、おおよそ三十。星の瞬く夜空の下で、弓なりに整えられた陣形の中央、即ち俺達の正面に位置するのは、剣や斧を持つむさ苦しい大男共。その両脇には、木の杖や矢がつがえられた弓を構える遠距離攻撃部隊と思われる奴ら。木の杖でどうやって攻撃する気なのだろうか?
いや、そんなことよりも完璧に銃刀法違反である。
「いいか、餓鬼だと思って油断するなよ! 屋敷の中に配備されていた部隊は全滅したとの連絡が入った!」
「へぇ……あのクレイアって奴は本当に強かったんだな。あの人数を倒しちまうってことは」
「殺してでも絶対に逃がすな!! 魔力を練ろ!」
なんて物騒な。
「……この人数を相手にするのは些か煩わしいですね。あなたは戦えますか?」
「ああ、少しならな」
あの人数を相手取るとなるとかなり厳しいだろう。しかし、今俺の手の中には刀という得物がある。
勿論、殺してもいい―――よな?
血肉が沸き立つ。体が疼いて仕方がない。
―――もう“スイッチ”が入っちまった。
スラリ、と漆黒の刀身を紅の鞘から解放する。もう待ちきれない。
「……殺してはいけませんよ? 僕達は殺しのない盗みをモットーとしていますから。峰でお願いします。殺してしまうと、依頼主がうるさいんですよ」
「ふん、やだね。何でこの俺がてめぇの指図なんか受けなきゃいけねぇんだ?」
「……確かにそうですね。しかし、こちらとしても事情があるので然るべき対応はさせていただきますよ」
「俺を戦えないようにするつもりか? いいぜ、やってみろよ」
「いえいえ、そんな手間のかかる方法ではありません。ただ、あなたの刀に魔力付与を施すだけです。質の悪い魔力で、ですけどね」
色男は手を耳元まで持ち上げると、パチンと指を打ち鳴らした。
―――何も変化は起こらない。
俺の頭の上に幾つもの疑問符が浮かび上がる。この男は一体何がしたかったんだ?
「そろそろ時間ですよ。あちらも準備が出来たようです」
色男から視線を逸らし、意識を切り替える。それと同時に、指揮官と思しき男が声を張り上げた。
「魔術師隊、魔法を放てぇっ!!」
刹那、宙に刻まれる色鮮やかな五方星。魔法という単語によって脳の奥底が灼ける、そんな錯覚を覚えた。
―――ここは日本じゃないのか? いや、そんなことより、俺は魔法を知っている―――?
空を埋め尽くす大量の火球。激しく燃え盛るそれは、多大な質感を伴って全方位から俺達に襲い来る。熱気が空気を焦がし、朱が荒れ狂う。こんなでたらめな攻撃を防ぐことなど俺にはできない。
“死”が現実味を帯びて、間近に迫る。やばい―――
「この攻撃は僕が防ぎますから、あなたは近接部隊を潰してきてください。《玄武の甲楯》!」
色男が足を踏み鳴らすと同時に、目の前に盾が展開された。地表が剥がされ、持ち上げられ、宙を漂う様はまるで亀の甲羅。半球状の土壁に幾つもの亀裂がはしっている。
「《玄武、守れ》」
色男の作り出した盾と、俺達を排除するための灼熱の劫火は、俺のすぐ鼻の先で衝突した。
ズドッッ!! と轟音が駆け抜けた。
凄まじい量のエネルギーの衝突によって、空気が振動し、地が唸る。
「これが―――魔法」
圧巻。無数の火の球と堅牢な土の盾のせめぎ合いは、雄々しく、力強く、それでいて美しい。言葉が出ない。
「持続型魔法陣魔法ですね。魔力が尽きるまで半永久的に魔法が繰り出されるわけですか……。埒があきませんね」
ズドドドドッ! と絶え間なく襲う火球によって盾が震え、少しずつ土が剥がれ落ち始めた。
「おいおいっ! やべぇんじゃねぇのか!? 壊れそうだぞ!」
「ええ、あと一分ともたないでしょうね」
心なしか、土の盾が徐々に押し返されているような気がする。
「安心してください……攻撃は最大の防御、それをモットーに掲げる人がやって来ましたから」
「《voltage type baster sword》」
刹那、雷鳴が轟いた。俺達を掠めるように飛んでいった、雷で構成された二振りの巨剣。エネルギーの凝縮されたその魔法は、押し寄せる炎の弾幕を突き破り、陣の両翼に配備された魔法部隊の手前で急停止した。
「《discharge》」
そして膨大な閃光を伴い、弾けた。光が視界を覆う。響きわたる悲鳴。
「す、凄まじいな」
光が消え去るとそこには、プスプスと煙を上げて地に横たわる黒こげの魔法部隊。そのあまりに悲惨な光景に合掌。
「ふぅ、やっとキアに追いつけた。どっかの誰かがさ、いきなりクレイアを投げるから余計疲れたよ」
ぞくり、と背筋が凍った。右斜め後ろから迫る“蹴り”を防ぐために、両手をクロスし、衝撃に備える。
「いい勘してるね。でも残念、その程度じゃ足りないよ?」
クレイアの小さな足から繰り出された蹴りによって、俺は空高く吹っ飛ばされた。まるで大砲から放たれた砲弾に直撃したかのような圧倒的な力によって、全身に痺れが走る。
「……っ、てめぇっ!」
「ほら、クレイアと同じ気持ちを味わってきなよ」
落下先は、仲間をやられていきり立つ近接部隊。真剣を手に1対1なら経験したことはあるが、1対多数は初めてである。不安はある。しかし、それ以上に興奮が上回っている。
「しょうがねぇ、やってやろうじゃねぇか!」
何せ人を斬れるのだから。
思い返すのは数年前。あの感触が、あの手応えが、あの紅の血飛沫が、俺の全てを魅せて直、放そうとしない。
6月25日、第三話投稿、回覧数83