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MATHERIA Ⅰ

―――ここは理事長室。


如月学園のトップが居座る個室である。いかにも高価な嗜好品の数々に彩られているその部屋の中心には、シャンデリアの輝きを跳ね返す禿頭が一つ。口の端から零れ落ちた涎が、踏めば靴底が沈み込むほどの柔らかな赤い絨毯に滲みを作った。



「お、開いた開いた。安物つかってんな、こんな簡単に開くっつーことは」



部屋の壁に埋め込まれた金庫は見るも無残にひしゃげている。最初はダイヤルを適当に回してみたのだが扉のロックを解除できず、苛ついた俺は渾身の蹴りをぶち込み、金庫の中身を仰ぎ見ることに成功した。たった数回の蹴りで壊れた金庫に些か疑問を覚えたものの、安物を使っているということで自己完結。革袋に収まる五枚の金貨を手に入れた。これで当面は金についての心配をしなくてもよさそうだ。


目的を果たした俺は部屋の中をざっと見回す。


「ねぇ、理事長に拒否権がないことはわかってるよね? ほら、“イエス”か“はい”か早く返事してよ」


両手両足を縛られ、宙に吊り下げられたこの学園のトップ。首もとに突きつけられた短剣から、赤い雫が滴り落ちている。


「ふむ、複合魔法の研究書とは……中々いいものを持っていますね。貰っていきましょう」


数冊の分厚い本を手に取り、気に入った本を積み重ねていく色男。


「……暇だ」


理事長が座るべき革張りの椅子にふんぞり返り、退屈だとほざく馬鹿。


「混沌だな」


最早カオスとしか言いようがないこの状況。何故俺達が理事長室を襲撃しているのか?



それは数時間前に遡る―――





   △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼





闇より濃い漆黒の穴、それは唐突に消え去った。視界を覆う純白の閃光。そして、俺は宙に投げ出された。重力に逆らうことなく、真下に落ちていく。


―――ガンッ!!と頭から何かに衝突した。


「いってぇぇぇええ!」


「うぎゃっ!」


あまりの衝撃に視界が明滅する。頭が陥没したかのような錯覚に襲われた。洒落にならないほど痛い。


俺は頭を抱え、地にうずくまった。何か温かく柔らかいものが下にあるが、今はそれどころではない。


「……空から人が降ってくるなど始めてみる現象ですね。知的好奇心がそそられます」


「そんなこと言ってないでクレイアを助けてよ! 痛いし重いんだよ!」


「おや、今の音で警備に見つかってしまったようですよ。早く逃げなくてはいけませんね」


ようやく頭の痛みが遠のき、俺は瞼を持ち上げた。背景は硬質な大理石の床、目の前には人の顔。長い睫毛にクリッとした大きな栗色の瞳。小振りな鼻に桜色の唇。そして、少し長めでウェーブのかかった茶色の髪。


―――何故こんな奴が俺の下にいる?


「……ああ、なるほど。夢か」


「夢じゃないから! さっさとクレイアの上からどいてくれないかな? 男に押し倒される趣味はないんだよ」


「あ、ああ。わりぃ」


こんな俺でも一応礼節は弁えているつもりだ。見知らぬ女が俺の下敷きになっているという状況に頭の理解が追いつかないが、ひとまずこいつの上からどこうと考え、詫びを交えつつ、足に力を込める。


瞬間、前方から飛んできた矢が頬を掠めた。


「―――っ!!」


一筋の朱が刻まれ、じわりと血が溢れ出す。


「ついに追いつかれてしまいましたね。まったくクレイアが遊んでいるからですよ?」


「いたぞっ!! あの三人が侵入者だ! 盗品もあいつらが持っている! 殺してもいい、とにかく逃がすな!」


あの三人? その言葉に些かの疑問を覚えた俺は、現状把握のために周りを見渡した。


一人目、矢を射かけられているという状況にもかかわらず、爽やかな笑みを浮かべる色男。二人目、俺の下にいるチビ女。三人目、俺。


「……っておい! 俺もてめぇらの仲間扱いされてるじゃねぇか!」


「そうみたいだね?」


「しかも殺してもいいって、ふざけんじゃねぇよ!」


「えーっと、ドンマイ?」


チビ女の態度に苛立つものの、逃げる算段を必死に考える。こんな所で殺されるなんてたまったもんじゃない。俺は巻き込まれただけ、そうそれだけだ。だったら、俺を巻き込んだ奴らをどうにかすれば―――。


「……ねぇ、何で君はそんなに楽しそうに、クレイアの脇を持ち上げて―――ってぇえっ!!」


「さぁ、責任取ってこい、馬鹿野郎!」


女の脇の下に手を滑り込ませ、持ち上げつつ、大きく振りかぶって、思いっきり投げ飛ばした。様々な武器を手に取り、俺達に向かってくる無骨な集団へと。礼節だのどうだのそんなことは言ってられない。初対面だろうが何だろうが、使えるものは囮として使っておく。


「あぁぁぁああぁぁぁっ!」


「さて、それでは僕達も逃げましょうか。どうぞ、これはあなたのものでしょう?」


紅の鞘に納められた一振りの刀。ポイッ、と色男が投げてよこしたその刀を掴み取る。こんなものなど記憶には一切無いが、黙って受け取っておくこととしよう。追いかけてくるのは、弓などという物騒な者を持ち出している野郎どもだ。武器があるに越したことはない。


そして、俺達はこの狭い空間から抜け出すべく、走り出した。




6月25日、第二章書き始め、アクセス数52。

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