泣いている王女が可哀想だからと婚約者は口づけをしました。ですから婚約を破棄します。
どうしてなんで?なんであの人は、王女様を抱き締めているの?
雨の煙る暗い日、アシェリア・カイン公爵令嬢は、王宮の廊下で自分の婚約者であるルウド・シャル公爵令息がカディナ王女を抱き締めている姿を目撃してしまった。
泣くカディナ王女を慰めるルウド。
美しい金髪碧眼のルウドは誰にでも優しい男性だ。
困った人がいたら見てられない。
泣いている人がいたら、手を差し伸べる。
そんな優しい彼が好きだった。
ルウドがアシェリアの家に婿に来るのだ。
優しいルウドなら、傍にいて癒されて愛されてきっと幸せな家庭が築ける。
そう信じていた。
いつも気遣ってくれるルウド。
誕生日だって、アシェリアの好きな紅の花のブローチをオーダーして作ってくれて。
そのブローチを見た時は嬉しくて。
「わたくしの好きな花の色を覚えていてくれたのね」
「勿論だよ。君は私の婚約者だ。アシェリアが好きなものは何でも覚えているよ」
そう言ってくれて嬉しかった。
そのブローチは宝物になった。
カイン公爵家に来る時は、王都の流行の菓子店で菓子を買い、花屋で大きな薔薇の花束を作って貰って持って来る。
アシェリアの好きな紅の薔薇の花束。
菓子はあらかじめ、菓子店に予約を入れておいて、それを受け取ってからカイン公爵家に来てくれる。
買って来た菓子はいつもオシャレで、美味しくて。
この間、土産にもらった菓子は、可愛いウサギの形をしたオシャレな焼き菓子だった。
繊細な甘さが美味しくて。
そんなルウドの気遣いが好き。
そんな優しいルウドが好き。
好きで好きでたまらない。
アシェリアはルウドに日に日に惹かれていく気持ちを抑えられなかった。
公爵令嬢たるもの、気を抜いてはいけない。
公爵令嬢たるもの、上に立つ為に冷静に判断しなくてはいけない。
解っていても、ルウドの前なら何もかも忘れて、彼に夢中になってしまうのだ。
そこまで愛しているのに……
雨の煙る暗い日、王宮の廊下でルウドはカディナ王女を抱き締めていた。
泣くカディナ王女。
ルウドはその髪を優しく撫でて、
「私はカディナ王女殿下の想いに応える訳には」
「でも、わたくし、貴方の事が好きなの。お慕いしているの。だから、どうかわたくしと結婚して下さいませんか?でなければ悲しくてわたくし命を絶ってしまうかもしれません」
「命は大事にして下さい。私の為に命を絶ってはいけません」
「だったらわたくしを強く抱き締めて。わたくしに愛していると言って」
「しかし、私は……」
「お願い。ルウドっ」
ぎゅっと強くルウドはカディナ王女を抱き締めた。
カディナ王女は涙を流しながら、
「嬉しい。ルウド。キスをして欲しいの。激しいキスを。貴方は優しいわよね」
カディナ王女がかぶりつくようにルウドにキスをした。
応えるルウド。
二人は舌を絡めて激しい口づけをして。
それを見てしまったアシェリアは胸を抉られるようなショックを受けた。
カディナ王女は美しい。王国一の美しさだ。
レド公爵家に嫁入りが決まっている。
ジャイル・レド公爵令息はルウドと違って美しくもなんともない。
平凡な顔立ちにおまけに太っていた。
カディナ王女はジャイルの事を嫌っていて、すげない態度を取り続けていた。
婚約者なのに、まるで虫けらをみるかのように。
だから、ルウドに縋ったのか?
でも、ルウドはシャル公爵家の次男だ。シャル公爵家にカディナ王女が嫁入りする訳にはいかないのだ。
ルウドはわたくしの婚約者よ。それなのにカディナ王女殿下はルウドを誘惑して。
二人が熱く口づけを交わす姿にショックを受けていたけれども、徐々に怒りが湧いた。
二人の前に進み出て、
「二人とも何をしているのですか?」
慌てて離れるルウドとカディナ王女。
ルウドがカディナ王女を庇うように、
「カディナ王女殿下が悲しんでいたから、私が慰めていたのだ」
「口づけをして?わたくしという婚約者がいるのに?」
「気の毒だろう。私に思いを寄せて、キスをしてくれとせがまれたら、気の毒に思ってしまってついキスを」
カディナ王女が頬を染めながら、
「あんなに熱いキスをして下さるなんて。わたくしの事をまんざらでもないと思っているのだわ」
アシェリアは思った。
気の毒に思ったからキスを?それなら、ベッドに誘われたら気の毒に思ったから行為を行うの
平気で不貞をするの?
「キスを貴方は拒否しなかった。それはどういう事かしら」
「だから気の毒に思ったから。泣いている女性を放っておけないだろう」
「でも、キスは不貞よ」
「キスくらいで不貞だなんて大げさな」
「舌を入れていたわよね。熱いキスをしていたわ」
「王女様が求めて来たから少しは慰めてあげようと思ったんだ。私は見過ごせなかった」
ルウドは優しい。
ルウドは困っている人を見ていたら放っておけない。
ルウドは……
許せなかった。
「この婚約、考え直す必要がありそうね。貴方の事が信用おけなくなったわ」
「君は困っている人を助けたいとは思わないのか?」
「それは困っている人がいたら助けたいとは思っているけれども、でも、貴方はキスをした。舌をいれるような熱いキスを。わたくしは貴方を許せないわ」
カディナ王女が、
「だったら、さっさと婚約解消しなさいよ。ルウド。わたくしと結婚致しましょう」
ルウドは慌てたように、
「王女様には婚約者が」
「誰があんなデブ。わたくしは貴方がいいの」
「でも、私は継ぐ爵位も何もございません」
「お父様がなんとかしてくれるわよ。わたくし、貴方がいないと、生きていけないの。ねぇ、ルウド。わたくしの傍に居て」
涙を流すカディナ王女。ルウドはカディナ王女の肩を抱き寄せて、
「可哀そうに。こんなに泣いて。大丈夫、私が傍にいるから」
アシェリアは婚約破棄をすることにした。
ルウドの父、シャル公爵は激怒した。
「ルウドは優しすぎる。あらゆる人に優しくするなと、公爵令息としての判断力を持てと常々……婚約破棄は受け入れよう」
婚約破棄は成立した。
慰謝料も沢山、払ってくれた。
カディナ王女は国王陛下に怒られて、
「レド公爵家からお前の不貞により婚約破棄を申し出られそうだな」
と頭を抱えていたが、王女の婚約者のジャイルが、
「王女殿下は美しいから、私にはもったいない位に。しっかりと閉じ込めて監視しますから、どうか結婚させて下さい。いいでしょう?王女殿下」
だなんてカディナ王女との婚約を破棄しなかった。
カディナ王女は泣き崩れて、
「絶対に嫌っーーー結婚なんて貴方としないわ」
国王陛下が怒り狂って、
「カディナを部屋に閉じ込めておけ」
カディナ王女は部屋に閉じ込められた。
後に、レド公爵家に嫁ぐ事になるが、部屋から出して貰えず監禁生活を送ることになる。
ジャイルはそれはもう美しきカディナを部屋に閉じ込めて溺愛したとのこと。
婚約破棄をされたルウドは、アシェリアに王立学園で謝罪をしてきた。
「私が悪かった。ついカディナ王女殿下に縋られてキスをしてしまった。二度とそんな事はしないから、どうか私と婚約を再びして欲しい」
アシェリアはきっぱりと断った。
「貴方の優しさがわたくしは好きでしたの。でも、貴方の事が信用できなくなったわ。可哀そうだからって王女殿下と口づけをすることは信用を損ねる立派な不貞よ。その不貞をわたくしは許せないの。ですから貴方とは二度と、婚約することはないわ」
がっくりと膝をつくルウド。
優しかったルウド。
でも、貴方は流されやすかった。
もっとしっかりと自分の意志を持って王女殿下を断る事が出来たら。
アシェリアは前を向いて歩くことにした。
ルウドは、廃籍はされなかったが、街で少しは荒波に揉まれて来いと、商会で働く事になった。とある昼休み。
「お腹がすいていて死にそうだ。何かおごってくれないか?」
と、四人の男達がルウドに声をかけてきた。
ルウドは気の毒に思って、
「丁度良い。私もお昼を食べに行くところだ」
と、その四人の男達に弁当を買ってあげた。帰ろうとした先に馬車がとまっていて、ルウドは攫われた。
屑の金髪美男が大好きな変…辺境騎士団連中に。
馬車の中で、変…辺境騎士団員のアラフが、
「こいつは屑か?でも、女性を泣かせたから屑だよな」
ゴルディルは首を捻って、
「まぁそうだが。流されやすかっただけじゃねぇか?」
マルクが弁当の肉を食べながら、
「弁当おごってくれたし、可哀想じゃね?屑の美男としてではなく、しっかりと騎士団で下働きさせようぜ」
エダルが、
「そうだな。尻が無事でよかったな。ルウドとやら」
ルウドは真っ青になった。
だが、二度と王国には戻れないと言う事は理解した。
変…辺境騎士団の下働き。よかったのか悪かったのか。
窓の外を眺めながら、泣くしかないルウドであった。
アシェリアは紅のブローチを手に取り涙を流した。
「ルウドと結婚したかったわ。わたくしは貴方の優しさが好きだった。まさかその優しさが他の女性にも向けられるものだなんて思わなかったわ」
ブローチを捨てたかった。でも捨てられない。
これもまた、一つの思い出。
そっと引き出しにブローチをしまった。




