TOBIRA
「うぅぅん・・・」
俺は真っ暗な部屋で目を覚ます。
闇に支配されたその部屋。
光など微塵も入って来ず、目を開けても寝ているような感じ。
「あぁ、ここは何処だ…?」
真っ暗なその部屋で俺の声は闇に吸い込まれた。
たとえ喚こうが叫ぼうがきっと同じ音量で聞こえるんだろうな。
俺の姿は自分でも見えない。
普通なら目が慣れてくるもんだけど・・・。
全く見えない、分からない。
「畜生…何だよ・・・」
俺はおもむろに立ち上がった。
ペタ、ペタ、ペタ・・・
裸足の音がかろうじて耳に届く。
床はフローリングなのか…定かではないが、
普通の部屋であるというのは間違い無い様だ。
「にしても暗いな…何も見えねぇ」
目が見えなくなった障害者のように手探りをする。
何処に進んだら良いのかも分からない。
だんだん不安になってきた。
手汗が凄い。 こんなに俺って臆病だったか?
その時、何か手に触れた。
広い。 少しざらつきがある。
「壁…か?」
誰も答えてくれないのは承知の上で俺は、
これは[壁]だという結論を出した。
そうだ…壁に沿って歩けば何時かはドアに辿り着くはず!
俺の不安は少し和らいだ。
「・・・お」
何秒…いや何分だろう。
壁伝いにまっすぐ歩いていると、急に素材が変わった。
木材…かな。
ということは、ドア!?
俺はその周りを手探りする。
すると、金属製の冷たい丸いものが触れた。
ドアノブだ…!
出れる…出れるぞ!
安心した俺は思い切ってドアを開けた!
目の前には、もう一枚のドアがあった。
今度は薄暗くてぼんやりと見える。
鉄製の重そうなドアだ。
というより…扉っていう感じだ。
…まぁいい。 これを開ければ…ッ!
この扉の取っ手は長細い。
引くか押すか分かんないが一応押してみる。
ガシャ・・・
重い…。
俺は体全体を使って、歯を食いしばった。
「な・・・」
その扉の先は、信じられない光景だった。
10…いや、それ以上の扉が横に所狭しと並んでいた。
間隔があまり無く、びっしりと…。
この扉で終わりじゃないのか…!?
大荒れの波のように感情が高ぶる。
嫌な予感がする。
このままずっと続いてしまうのではないのか…。
くそ・・・ッ!
まず、落ち着け、落ち着くんだ。
このどれかはきっと出口に繋がっている。
確認しながら開けていけば何も怖いことなんて無いんだ。
何怖がってんだ。
ったく、俺らしくないぜ…。
よし!
最初に、一番右端の扉を開ける。
この扉は…あの部屋のときと同じ木材で出来ている。
ここはさっきよりまた更に明るくなっているから大分見えるようになった。
ギィー・・・
腐りかけたこの扉を開けると、
また扉が一つ。
「これが出口に繋がっている…のか?」
俺はその扉に問う。
答えてくれる訳が無いが、
そうして不安や恐怖を消し去ろうとしていたのかもしれない。
ギィー・・・
ドアノブを回して開けると、また同じドアが。
何回でもやってやるぜ…。
ギィー・・・
ギィー・・・
ギィー・・・
ん?
この道に入って4回、扉を開けていったが、
今の扉の先に次の扉or抜け穴が無くなっていた。
目の前は暗い暗いただの壁だった。
「この道、行き止まりか…。 ここじゃねぇってことか」
俺はトボトボと来た道を戻る。
そんな時に俺は、何かを感じた。
背筋がゾワァッと大きな手で触られている様な感触。
心臓が一気に高鳴り、息が荒くなる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・」
寒気がする。 手先が震えて、足の力も抜けてきた。
これ、何だ…?
その時、何処からとも無く声が聞こえてきた。
『…ヨンバンメノ、トビラヲアケロ…』
機械に声を通したような不気味な声。
4番目の扉を開けろ…だと?
「お前は誰だ!」
そう聞き返してもその声はもう聞こえてこなかった。
その声が聞こえてから、
さっきの寒気や手の震えは治まった。
今のは何だったんだ…?
…仕方ない。 行くか。
ダメだったら…また探せば良いし。
一応、教えてくれたんだし…な。
また、あの扉ばかりの部分へ戻ってきた。
4番目だろ…。
俺は罠にでも引っかかっているんじゃないかと少し気弱になるが、
その時は、その時だ…。
と、有らぬ事まで考えてしまった。
4番目の扉の前に立つ。
真ん丸なドアノブにゆっくり手をかけ、深呼吸する。
ひんやりした空気が肺の隅々まで広がっていく。
これで少し気は楽になった。
そして、ドアノブを回した。
「…ッ!?」
扉を開けた俺は口が塞がらない位驚いた。
2、30メートル先に眩い光を放つ、黄金の扉が見えたからだ。
「あれが、出口…?」
俺は、いつの間にか走り出していた。
横が1メートル位の狭い道を。
本気で。 息が乱れるほど。
それ程帰りたかった。 抜け出したかった。
光が近づいてきて、直ぐに扉の前に着いた。
目も開けられないほど輝いている。
今まで薄暗いところに居た俺が嘘のように光に包まれた。
「これで、帰れる…ッ!」
しかし、変な事に、ドアノブや取っ手が見つからない。
なぜだ…?
苛立ちを覚えた俺は、その扉から2メートルほど離れた。
助走を付けて蹴破ってやる…。
「ウリャァアーーッ!」
これまでに無い大声でその扉に突進した!
もう目をつぶって痛さを堪えられるように。
だが、当たる瞬間、扉が勝手に開いた。
勢いが付いたままの俺は、勿論止まることが出来ず、
扉の向こうに飛んで、転んでしまった。
「痛てッ…」
とっさに前屈みの姿勢のまま手を付いた為に、
手の平が焼けそうなぐらい熱く、膝も多少擦りむき、血が滲んでいる。
裸足だった足の裏は大丈夫だ。
今気付いたけど…この服装はなんなんだ?
パジャマのような柔らかい生地。
縦の青いラインが入ってて、ズボンも同じ。
今の衝撃で膝の部分が破けていた。
前にボタンが付いてるからきっとパジャマそのものなんだろう。
何で俺がパジャマなんかを…。
疑問に残る部分はかなり増えてきた。
ここは何処なのか。
なぜここに居るのか。
あの声はなんだったのか。
この服装は一体何の為に。
色んな気持ちが渦巻く。
周りは薄暗いとこばかりで見えづらいし…。
アッ!?
さっき開いた扉が無くなってる!
一面、壁、壁、壁。
それと同時に視界がだんだん暗くなり、
また真っ暗闇に包まれた。
俺は、死んでしまうのか・・・。
そんなの、耐えられねぇよ・・・。
その場で俺は大の字に寝転がった。
目から涙が湧き出るように目尻を伝って流れていく。
こんなに泣いたのは、子供の頃以来だ。
まるで、迷子になったようだった。
泣いても泣きじゃくっても絶望の淵に立たされて。
本気で水溜りが出来るんじゃないかって思った。
俺は目を閉じた。
『ドウダ、カエリタイカ?』
いきなりあの声が聞こえてきた。
相変わらず姿は見えず、
上の方から聞こえてきて見下ろされているような気がして堪らなかった。
てっきり駄目だと思っていた俺は、
「…えっ! 帰れんのか!」
と、すぐさま飛び起きた。
すると、何かが崩れるような地震がおこった。
立っているのもままならない位に。
仕方なく、目を閉じて頭を抱えていた。
ガラガラガラガラ…
揺れが収まった。
恐る恐る目を開けてみると…。
『アノ、ヒカリノナカニトビコムノダ』
一筋の光が目の前に広がった。
俺を待ち受けていたかのように…。
「本当にこれで帰れるんだろうな!」
天井を睨み付けて俺は聞いた。
どうも嫌な予感がして信じにくいからだ。
「ハヤクトビコマナイト、キエテシマウゾ」
俺の言葉など無視ってか。
腑に落ちないところは多いが、信じてみるか…。
涙はもう乾いた。
今は帰る事しか思ってない。
泣いた自分が恥ずかしくなった。
「じゃ、行くからな」
独り言のように呟いた。 決心を固めるために―――。
俺は歩みだした。
一歩一歩確実に、踏みしめて。
あの声の正体が気になるが、
早くしないと消えてしまうらしいし。
『ハシッテ、トビコムノダ! ハヤクシロ!』
…何だよ。
異様に早まらせるな…。
そう思いながらも、駆け足になり、最後には普通に走った。
光が近づく。 近くで見ると、でかい。
それに、今まであった扉が無かった。
不安に駆られたが、もう遅い。
俺は、目を瞑って飛び込んだ…!
ヒュオーーー・・・・・
風の音が耳に付く。
高い所から落ちているような妙な感覚。
否、違う。
〔落ちているような〕ではなく、〔落ちている〕んだ!
「うわあああぁぁぁぁぁ!」
本能的に手足をジタバタさせる。
目を開けたら、真っ暗な空が見え・・・・ッ
ドシャッ
鈍い音が静寂な夜更けの街に響き渡った。
暗い闇夜にまた闇のような赤黒い血が地面に広がっている。
その男は目を見開き、
「これが、運命なの・・・か」
と言った後、力尽きた。
〔次のニュースです。
今日の深夜未明、
マンションの屋上からジョン=スミスさんと思われる男性が落ちた模様です。
警察は、飛び降り自殺と見ています。
遺体には膝の傷や手の擦り傷などが見られ、
不可解な点が多い為、慎重に調べを進めています…〕
ニュースを聞いたその人物はニヤリと笑みを浮かべた。
『スコシハラクニナッタダロ? フハハハハ!』
闇の中でその人物の高笑いが大きく轟いた…。
“TOBIRA” ~fin~
この物語の舞台は夢。扉ばかりの夢を見ていた男は謎の声に導かれて死んだ。
ただそれだけなのです。