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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第三話:裏切り者 ②

「事件を振り返るとこんな感じだったよね。勿論マーナ軍事基地の外から誰かが侵入してきた、と言う可能性もあるけど……まあ、この基地が如何に堅固であるかは皆も良く知っているでしょ?」

 場面は戻り会議室。その部屋は自ずと口が閉じてしまう様な空気が充満しており、目を合わせる事すらはばかられてしまう。そんな中口を開いたのは、白の髪を後ろに流して目元をキリっとさせた『フェルト』であった。

「まあ確かに、外からスパイがやってきたと言うよりかはアイツ等の中にいると考えた方がより現実的ではあるな……でもさ、そんなにうだうだ考えなくても、そいつには隠しようの無い特徴があっただろ?」

 グレアは同調する様に頷くと、

「うん、例の穴からは『あの召喚獣』の非常に強い残穢が確認出来たからね」その場の全員を見渡すと、「今回の事件の犯人はバハムートの継承者だ。その力を使って穴を掘り、人を殺した」

 彼女がそう言い切ると、その場には再びしばらくの間沈黙が満ちた。この事についてより詳細に話さなければならないと分かっていながらも、どうしても口を噤みたくなってしまう。そんな空気間の中、野太い溜め息をわざとらしく吐いたのはスキンヘッドの男だった。彼は褐色の肌と筋肉質な体を持っており、腕や脚の太さは流石軍人と言った所だ。そんな彼に向かってグレアは、

「……どうしたんだい?ブーモ」

「何だよ、お前等。さっきから『スパイ』だとか『事件の犯人』だとか遠回しな言い方をしやがって。もう分かってんだろ?今回の事件の犯人……メシアとか言う奴だろ?」

「違う!」

 グレアはそう叫ぶと同時に両手を机に叩き付けて体を前へと。ブーモはそんな様子の彼女を冷笑するかの様にフンと笑うと、

「何が違う?あの小さな穴を通れる程の小柄な肉体に、魔獣を操るとか言う意味不明な力。そんな良く分からない力を持ってる時点で落とすべきだって俺は言ってたんだけどな」もう一度わざとらしく溜め息を付き、「それにお前も知っているよな?マーナの民が召喚士になった時点でそいつらは固有の魔法を失う。だから召喚士が自らの正体を隠したいなら魔法を扱えないって嘘を付くしかないんだが……メシアは一般的な魔法を使えると言っていたか?」

 グレアは狼狽した顔付きを見せると、

「……魔法は発現していないって言っていた。でもブーモ、もし自分がスパイで尚且つ魔獣を操る力があるって時、君は馬鹿正直に自らの力について喋るかな?少なくとも私はそんな事しない。隠すだろうね」

「知らねえよ。何らかの事情があったんだろ?そもそも、九三期生の中で魔法が発現してねえ奴は三人だけなんだぞ?その中に絶対にバハムートの継承者がいる。メシアと、エスと、後は確か――」


「アーネール……私の話、ちゃんと聞いてる?」

 その会議の翌日。グレアはいつもの六人をその会議室に呼び出して情報漏洩事件についての話をしている。アーネールを覗く五人の表情からは衝撃と驚愕、憎悪の感情を読み取れるのだが彼女だけはその話の間、どことなく心ここに在らずと言った雰囲気だったのだ。彼女はその様なぼんやりとした顔をサッと真剣な物に直すと、

「え……ああ、すみません。最近あんまり眠れてなくて……オルトのスパイがマーナ軍事基地中枢に侵入してきたんですよね」

「ああ、そうだ。俺とメシアの住処を焼き払ったバハムートの継承者が、俺達の中にいるって事だ。多分、俺達の事を追ってきたんだろうな」

 そう話に割り込んできたのはエス。彼は淡々とした口調でそう言ったが、その胸の奥で燃え滾る深い憎悪と殺意の感情が彼の顔から明らかに見て取れた。グレアは皆の頭にぼんやりと浮かんでいるであろう疑問を見透かしたかの様にして口を開いた。

「言っておくけど作戦の中止はしないからね。作戦の一部の変更はするけど、要塞攻略を行うこと自体は決定事項だから。この進撃にはマーナ軍の未来が掛かっているんだよ」

 本当に大丈夫なのだろうか?もしかしたらオルト軍にはもう全てが筒抜けなのではないのだろうか――?

 グレアの発言を以てしても、いや、彼女の発言があったからこそ皆の中にあった漠然とした不安が少しずつ巨大になっていった気がした。グレアはその場の空気を取り繕う様な上辺の言葉を幾つか口にしたが、その様な物は彼らの片方の耳からもう片方の耳へと通り抜けていってしまった。

 情報共有が終わった後、エスがその部屋のカーテンと窓を開けた時に覗かせた空模様は、正直に言って相当悪い物であった。空全体がどんよりとした陰鬱で重鈍な雲で満たされており、今にも天から涙が降り出してきそうだ。

 そんな空を見ていると、彼の脳内で思い出されるのは三年前のあの日。全てを失い、彼の一生が例え幾億と繰り返されるとしても決して忘れる事のない、深い絶望と拭い切る事の出来ない己への無力感。そんな積もりに積もった感情を、エスはその部屋に誰もいない事を確認すると近くの机に大きくぶつけた。


 重たい煙の様な空模様は、要塞攻略決行時も同様であった。

 最悪な天気を見上げるエス。彼から少し離れた位置にある丁度良いサイズの岩に腰掛けるアーネール。そんな二人を遠くの木にもたれ掛かりながら監視しているブーモ。九三期生二人とその上官一人がグループを組み、要塞を見守ると言うのが彼らに課せられたミッションだったのだ。

 三人がいる場所はアトラス要塞の隣に位置するなだらかな丘の中腹部分。そこからでも十分に要塞内で起こっている事は手に取る様に分かる。アトラス要塞は周辺を城壁に囲まれており、大きさは彼らがいる地点から余裕で一望できる程度。その要塞の内部では鉄製の鉄骨が複雑に入り乱れており、工場地帯の様にも子供用の迷路の様にも見えてくる。定期的に赤く点滅するライトを側面に付けた建物に、その煙突からモクモクと湧き出る煙。今の所グレア達はまだ作戦の実行段階に入っていないのだろうか、何の動きも見て取る事が出来ない。

 もしこのまま永遠に何も起こらなければ、自分達は永遠にここにいる事になるのだろうか――等とどうでも良い事をぼんやと考えていたエス。そんな彼に向かって、アーネールは語り掛けた。

「エスはまだ……」

 彼女の言葉は不意にそこで途切れてしまった。と言うのも、彼女はその場の中で最も緊張していたからだ。アーネールは俯いたまま両手を互いに組んで岩に座っているが、その手は酷く震えており、膝もそれと共鳴するかの様にして僅かに振動している。彼女の先の発言は非常に早口で、その事から彼女の唇も自分ではどうしようもない程に震えているのであろう事は、アーネールが俯いたままでも分かった。彼女は一度大きく息を吐くと今度はゆっくりとした口調で、

「……エスはまだ、自分の家族を探しているの?」

 そう言われた時になって、彼女が話しかけているのは自分である事にエスはやっと気が付いた様子だ。彼は彼女の方に振り返ると、イマイチ要点が掴めないと言いたげな口調で、

「ああ、そりゃな。と言ってもこの三年間で手掛かり一つ手に入らなかったけどな……」

「エスはまだ、バハムートの召喚士の事を殺したい程に憎く思っているの?」

 間髪入れずにそう言ったアーネール。エスは彼女が何を言いたいのか分からない事に対して僅かにイラつくと、彼の頭がズキズキと鳴り始めた。彼はそんな感情をアーネールにはぶつけたくなかったのだろうが、それでも若干強い語り口で、

「まあ、そうだよ。なあアーネール、俺は今そんな事を話す気分じゃ――」

「じゃあさ、あなたの探している人とあなたの憎んでいる人がもし同一人物だったら、あなたはどうする?」

 それでも話を止めようとしないアーネール。彼の脳内を這い回る頭痛も大きくなり、エスの中の彼女に対する感情が明確に強くなった。このままではいけない。エスは一度、大きく深呼吸をして彼女に語り掛けた。

「……アーネール、申し訳ないけど、俺は今そんな馬鹿げた話をする気分じゃないんだ」

『馬鹿げた話』。エスがそう言った時、俯いたままのアーネールの瞳がハッと開かれた。彼女の両手の震えはいつの間にか止まっており、何が可笑しかったのだろうか、彼女はクックックッと気味の悪い笑みを溢すと、

「馬鹿げた話か……フフッ、そうだよね。馬鹿げてるよね。そう思うよね……」

 エスとアーネールの間をゆっくりとした温い風が通り過ぎると、アーネールの髪が揺れだした。ゆらり、ゆらり、と。彼女は未だに笑っているのだろうか、その肩は小刻み震え続けている。先程エスとアーネールの間を通り抜けた風が周りの木々に移動した様で、彼らもアーネールの様に枝葉をゆらりと揺らしている。笑うアーネールに、嗤う木々。

「……だから何言ってるんだよ……」

 エスは怒りを通り過ぎて半ば呆れた様な口調でそう言うと、再び要塞の監視を始めた。

 未だに小さな動き一つ見て取る事が出来ず、煙突から湧き出る煙を除いて時が止まった様にも見える要塞。いい加減動きの一つでもあれば、この感情もいつの間にかどこかに飛んでいくのだろうが――そう思ったエスの後ろ。そこでアーネールは遂に笑う事を止めたのだろう。その肩の揺れがスッとなくなった。

 そして――。

「私がバハムートの召喚士であなたのお姉ちゃんなの」

 アーネールが確固たる口調でそう言った。

 彼女はそう言うと徐に立ち上がったその傍ら、その言葉を聞いた瞬間彼女に向かって走り出したのはブーモ。彼の右手にはナイフが握られており、何をしようとしているのかは一目瞭然だ。ブーモは彼女の目の前に来ると同時に身を屈み、そのナイフで狙うは彼女の顎下。一秒後にはアーネールの命を終わらせているかもしれないブーモに向かって、彼女が選択した行動は至極簡潔な物であった――彼の顔を鷲掴み、光線を放つ。その光線が放たれる直前の彼の顔面には、バハムートが光線を放つ直前に出現する紋様が浮き上がっており、そこから放たれたのはバハムートの光線と全く同じ色と音をした魔法。

「……は?」

 首から上を失い、どさりと地面に落とされたブーモだった物体。体全体に何の力も入っておらず、両肩の間からは壊れたポンプの様に真っ赤な液体が噴き出ている。

「アー……ネール……?」

 立ち尽くし、ただひたすらに困惑しているエスの横をゆっくりと通り抜け、アーネールが見つめるはアトラス要塞。彼女はそれを見て何を思ったのだろうか、十秒程たっぷりと無表情に見つめると、徐に人差し指を要塞の方に向けた。

「ねえ、バハムート、あの要塞を破壊して」

 そう発言したアーネールの口調は、先程よりも更に確固とした物であった。

 どんよりとした雲に、生暖かい風。要塞から連続的に湧き出る煙に、息を呑み二人の動向を見守る木々。二人のすぐ近くで血の水溜まりを作り続ける死体に、定規を引いたかの様にしてキッパリと割れ始めた雲。その隙間から漏れ出る神聖な光に、それに紛れて降臨してくるそのドラゴン。体中にびっしりと生えた紫色の鱗に、巨大なフォルム。長くて鋭い尻尾に、背中から生え出る二枚の大きな翼。鋭利な爪牙を携えたその両脚に、自らの胸でクロスに組まれたその両腕。ある程度の高度まで降下すると遂に開いたその口に、その奥から溢れ出る眩い光。その口の周りに浮き上がる円形の紋様に、そこを通って放たれた光線。光の柱の中に包まれるアトラス要塞に、その後に遅れてやってくる頭の中で何度も聞いた爆撃音。未だに茫然とするエスに、そんな彼の顔を真っ赤に照らす要塞の熱。

「……もう一度言うね」

 今現在、ほんの瞬きの直前までアトラス要塞の形を成していた瓦礫の集合体を取り囲んでいるのは、真っ赤に燃え盛る炎。真っ黒な煙がそこら中から湧き上がり、要塞から遠くにいるはずのエスの耳元にまで悲鳴が聞こえてくる。エスが口をポカンと開けてその光景に見入っていると、要塞からの灼熱で顔面が溶け出してしまいそうに熱い。今にも張り裂けんばかりに心臓が暴れ回り、顔中を汗が覆う。

「私がバハムートの召喚士で、あなたのお姉ちゃんなの」

 炎に塗れたアトラス要塞。その光景を見てエスの脳内にフラッシュバックするは、三年前のあの時の記憶と感情。何も出来ずに逃げ回る事しか出来なかったあの日の少年の、悲痛な叫びと行き場のない憎悪。今、エスの胸の内であの瞬間の感情が、これ以上無い程の鮮度を持って再び回帰してきた。

 唐突に自らの正体を現したアーネール。ただひたすらに困惑するエス。彼ら二人の間にバハムートがドスンと降下し、周囲に舞い散る土埃。アーネールがバハムートの体に手を伸ばすと、二人の間にバチッと電気の様な物が一瞬走ったが、エスはその事に疑問を持てる程冷静ではなかった。

 燃え盛る炎。崩れ落ちる瓦礫。

 ぶっ殺してやる。全員、全員この手で。エスの中でその様などす黒い声が聞こえてきた時には、彼はアーネールに向かって駆けていた。両の手で握り締める剣の力が彼女に近づくにつれて増していき、そして――。

 バハムートの唸り声が、辺りに木霊した。


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