第二話:幻日 ③
獣機の討伐後、一か所に集まった六人。真っ黒に成り果てた灰に周囲を囲まれ、焦げが染みついた匂いが肺胞を出入りする。テレサの魔法のせいかその空間はやけに乾燥しており、いつの間にか地面の下から覗かせていたマグマもどこかに消え去っている。六人は特段何か話す事は無く、ただそんな場所でギリギリ燃えていなかった障害物に身を委ね、汗水を垂らして浅く早く呼吸をしている。そんな彼らの元に近づいて来たのはグレア。
「いやー驚いたよ。まさかテレサを囮にしてエスが背後から忍び寄る作戦を、その場ですぐに思いついて共有もせずに分かり合えちゃうなんて」
グレアがそう言って近づいて来ても誰も反応しなかった。それ程までに皆が疲弊していたと言う事だが、彼女は特に気にしている様子もない。グレアはエスに指差すと、
「エス、君は武具の扱いに長けているね。でも後先考えずに突っ走っちゃうその性格は直した方が良いかも」
次に指差したのはアーネール。
「アーネール、君はどちらかと言うと自らの拳に重点を置いているのかな。勿論、実際の戦場においてそれは大切な事だけど……他の武器の扱いについてもこれから学んでいこうね」
その次に指を移した先はフユ。
「フユ、君の魔法は威力だけ見たら一端のマーナ兵を遥かに凌駕している。けど精密性がお座なりになっているから、それを直せたらさらに強くなれるよ。もしかしたら君に欠けているのはご飯を食べたいとかじゃない、ちゃんとした戦う理由なのかもね」
「皆凄かったですね……僕ももっと頑張らないと」
そう言ったのはテレサ。彼は自らの無力を呪うようにして奥歯を噛み締め、その表情は非常に暗い。グレアはそんな彼を励ますかの様に笑みを浮かべると、
「テレサ、君は確かに他の人達に比べて身のこなし等で出遅れていると言わざるを得ない。でも君の天賦魔法も使い道は幾つもあるし、作戦にミスが生じた際に柔軟な考えで窮地を脱せていた。もっと自分に自信を持てば最高の指導者になれるだろうね」
そう言うとグレアはアトリーに顔を向けた。
「アトリー、君は全てを卒なくこなせる程には器用だね。特に魔法の精密性に関してはマーナ兵の中でトップクラスじゃないかな。でももう少し積極性を見せて欲しいね」
テレサの魔法で発生した上昇気流が漸く止んだのだろうか、空からはぽつぽつと灰の雨が降り出し、焦げた匂いにも少しずつ鼻が慣れてきた。グレアはニヤリと笑ってみせると、
「所で皆さ、さっきから何かがこちらを見ている事に気付いてる?」
そう言って彼女が指差した先には、恐らくは元々家か何かが立てられていたのだろうか、木製の扉とその周辺の壁が少々。支えもなしに自立しているのが奇跡的な程だ。いや、グレアが指差したのは厳密にはその壁ではなかった。
その壁の際、そこから僅かに緑色の触手が姿を現していたのだ。
比べてみるとこちらの方が小さいが、先程会敵した獣機に瓜二つの色と形の九つの触手。しなり、曲がり、うねっている。そしてそれら触手の大元に目を移していくと、そこには薔薇に似た何かが。何層にも重ねられた真っ赤な花弁に、その中心から覗かせている真っ黒な目玉。僅かに棘の付いたその触手と薔薇に似た物体で構成されたその魔獣は、まるで典型的な宇宙人の様にも見える。大きさとしては人間よりも小さい一メートル程だろう。推し量るに、エス達が戦闘中に誰かがその魔獣をここまで連れてきたのだろう――一体何の為に?
「もしかしたら君達の中には初めての人がいるかもしれないから言っておくけど、アレが魔獣と言う奴だ。そしてアレの成体と機械を組み合わせた物が君達が先程戦った獣機であると見ている。さて、本題について話そう」グレアはメシアに目を移し、「メシア、君の力を見せてくれ」
彼女のそんな発言に僅かな緊張が走った。先程は冗談であると一蹴したはずだが、一体どの様な風の吹き回しであろうか?彼女はその様な皆の疑問を組んでくれたのだろうか、得意げな口調で、
「先の戦闘では君だけが直接戦う事をしなかったけどね、もし君があの魔獣を操作する事が出来たなら君の合格を認めようかな。まあ無理だと言っても大丈夫だよ。今の私なら指パッチン一つでアレを倒す事が出来ちゃうし、何より――」
グレアがその様な事を言っている間にメシアは魔獣の目の前まで移動していた。薔薇の魔獣はメシアへの恐怖からだろうか、その体は玩具の様に小刻みに震えている。メシアはゆっくりとしゃがみ込むと、その魔獣の恐怖は最高潮に達したのだろう、遂に自らの触手を伸ばして彼女の右腕に絡まり付いた。
グシュっと肉が引き裂かれる音がして、メシアの腕から血が滴る。しかし、真っ赤になった自分の腕を見ても彼女は何も思わなかった。残りの左腕でそっと花弁の下辺りを触れると、小刻みに震えていた魔獣の動きがぴたりと止まった。
「おお……」
メシアはその魔獣をまるで自らの赤子の様にして両腕でしっかりと抱えると、皆の元に戻ってきた。相変わらず血が漏れ出たままの右腕と、そんな腕に抱かれながら穏やかに眠る魔獣。その様な光景には、どこか目が見入ってしまう様な何かがあった。彼女は魔獣に目を固定させたまま冷たい口調で、
「これでいいですか?」
彼女の発言で漸くグレアは意識を取り戻し、
「ええ……ああ、うん。勿論だよ。メシア、君には凄い力がある。是非ともその力を私達の元で振るってくれ。もしかしたら君は、とんでもない化物になるのかもしれないね」
その時のグレアの言葉に反対する者は、一人としていなかった。
その後、グレアに連れられ六人は別の場所に移動を始めた。
先の戦闘地点から歩いて二十分程度。そこに待ち受けていたのは、見渡す限りの墓、墓、墓。上部分が丸みを帯び腰よりも少し高い程度の墓石。それが地平線の向こうまでびっしりと覆われており、何の目印も無いその墓場では一人でいると方向感覚が働かないであろう事はすぐに分かった。僅かに霧がかかっており、生命の気配が一つとして存在していないそこの雰囲気は、俗に言う幽霊とやらが出たとしても不思議でもない情景を醸し出している。
「ここは……」
「今までに殉職したマーナ兵達の弔いの場だよ」
グレアはそう言うと、徐にとある墓石の前で片膝を付いた。その墓石の手前には橙色をしたサンドラの花束が置かれており、墓には『フィリア』と言う名が刻まれている。
「フィリアは……九年前の『ミフュース襲撃』で戦死した私の親友なんだ。君達九三期生には、彼女みたいになって欲しくないからね。これからの三年間でとことん強くなってもらうよ」
そう言った彼女の顔は暗く、沈んだ物となっており、とても何か深く聞けるような状態に無い事はその丸くなった後ろ姿からも見て取れる。
どこか遠くで烏が鳴き声を挙げたようだ。しかしそんな声もすぐに空中へと溶けていき、その場に残ったのはひどく重鈍な静寂。それから更に少し間が空くと、グレアは顔色一つ変える事無く、
「全員合格だ」
「……え、良いんですか!?」
呆気なく終わった選抜に目を大きくする六人。彼らの反応を予測していたのだろう、グレアはその背中を丸くしたまま、
「うん。君達はそれぞれ強さを持っている。それに……元々マーナ軍には選抜をする程の人的余裕は無いんだ。知っているかい?マーナ兵が年齢を理由に辞める割合は、全体の一四%に過ぎないんだ。つまり残りの八六%は、戦死しているんだよ。約九割だ。昔はそんな事なかったらしいんだけどね……でも、それがマーナ軍の現状」長く、細い溜め息を付き、「嫌な話になるけど、君達も戦地でこれから多くの人を看取るだろう。そんな時私は死にゆく者達の想いを、望みを引き継ぐようにしている。そうやって彼らを紡いでいけば……私は戦える。悲しむのは、全てが終わった後で良い。私はそう思うようにしているよ」
そう言って振り返ったグレアの顔には、笑顔が張り付けられていた。口の両端は笑っている様にも見えるが、その目は未だに沈んだままだ。誰の目にも偽りと分かる『笑み』を見て、心浮かれる者はその場に一人としていなかった。
「ああ、ごめんね。何か……暗い話になっちゃったね。取り敢えず、今日はもう帰りな」
心なしか、その墓場の霧が少し濃くなった気がする。
そして、日が沈み深夜。
皆が寝静まり、夜の空気が辺りに満ちている。アーネールが物音を立てないように慎重に寮を抜け出すと、田畑では蛍が自らの命を燃やしていた。今日はコオロギか何かのコンサートが開かれているのだろう、どこからともなく多様な唄が聞こえてくる。
そのまま歩いて十分程度、辿り着い場所は昼間に魔獣と戦闘を行った場所。今では多種多様な障害物は撤去されおり、無駄に広い窪み地が残されている。そこで空を見上げて待っていたのはエス。
「話って何?エス」
アーネールがそう言うと、エスはその瞳に無数の星々を反射させたまま顔を彼女に向けた。
「……昼の獣機戦の時に見ていて思ったんだ。アーネール……お前は俺よりも身のこなしに長けているよな」エスはペコリと頭を下げると、「だから頼む、俺に稽古を付けてくれ」
僅かに間が空くとアーネールは目を丸くして、
「えっと……え、それだけ?」
「『それだけ』?……ダメって事か?」
「……ううん、良いよ」彼女ははにかむと、「じゃあ、早速やってみようか」
エスは安堵感とやる気に満ちた笑みをアーネールに向けると、足元に置いていた木刀を手に取った。柄の部分から先端が持ち手に比べへこんでおり、体長は六十センチ程。寮にあった物を借りてきたのだろう。それを正面に持ってきて、
「ありがとう。手加減しねえからな」
アーネールはボクサーの様に腕を『八』の字にして前に出し、右脚を半歩、後ろに下げた。その状態で僅かに前傾姿勢を取り重心を下げると、正面から見た時にまるで隙が無い。上から行くとそれより早く腹を、左右からでもまず脇腹か脚をもっていかれる。エスが両の手に木刀を握り締めたまま固唾を呑むと、アーネールは自信満々に、
「安心して。私、あなたより強いから」
エスは一度、深く息を吐くとアーネールに向かい走り出した。
上からは駄目。左右からでも駄目。それなら狙うべき場所は一つ、足元だ。
そんな結論に達したエスはアーネールの目の前で姿勢を低くして、彼女の足元を左から。これには対処できなかったのだろう、アーネールは刃が届く前に地面を蹴り飛ばし背後に。だがエスは追撃の手を止めない。すぐに態勢を立て直すと正面から彼女の胴体目掛けて一突き。
「そう来ると思ったよ」
アーネールはこの動きを読んでいた。彼女はいとも容易く右手で木刀を掴んでしまうと、その動きは完全に止まってしまった。だがエスもまた、この動きを読んでいた。彼はすぐに木刀を手放すと同時に拳を丸め、アーネールに殴りかかろうとする。しかしアーネールは更にそれよりも早く右手に握った木刀をエスの足元に叩き付けた。するとカンッ、と木と骨が衝突した音が大きく鳴り響き、エスの足元には切り裂ける様な激痛が。
「いってぇ!」
エスは急いで距離を置こうとしたが、気付いた時には目の前にアーネールの拳が。彼の顔面の真正面で静止したその丸められた手には、殴ろうと思えば殴れたという彼女の意思表示――つまりはエスの負け、と言う事を表しているのだろう。
エスは悔しそうに下唇を噛むと両手を挙げ、
「……負けたよ」
アーネールはそれを聞くと、地面に落ちた木刀を拾い上げた。
「やっぱりね。獣機と戦っていた時も思っていたけど、エスの動きは読みやすいね。丁寧に誘導すればそれに乗ってきてくれるし」木刀をエスの前に持ってきて、「一つの可能性に飛び込む事は悪くないよ。でもその可能性に飛び込むまでも、飛び込んでからも他の可能性を探し続けるべきだね」
エスは木刀を受け取り、空に向かって一振りすると、
「成程な……よし、もう一戦頼む」
エスの瞳にはまだまだ情熱の炎が燃え滾っており、際限の無いやる気が溢れ出ている。
「良いけど、何だか張り合いがないな」ニヘッと少し気味の悪い笑みを浮かべ、「君、姉がいるんだよね。もう一回負けたら私の事『お姉ちゃん』って言ってもおうかな」
そうしてエスは昼に各個教練、部隊教練、指揮法、軍事講話、射撃訓練を学び、夜にはアーネールと稽古を繰り返した。また時間があると街に出て家族の捜索も行ったが、一切として有益な情報を得る事は無かった。
そして、三年が経過した。
エス達九三期生はもうすぐ訓練兵としての教育を終え、実戦にも投入される計画が立てられていたそんな日だった――マーナ軍の上層部を揺るがした、『とある事件』が起こったのは。
カーテンが閉ざされた薄暗い会議室、緊迫した空気の中にいるのはグレア含むマーナ軍幹部達。部屋の真ん中には縦長の机が二つ繋がれて置かれており、それを取り囲む様にして幹部の人数八人分の椅子が。
彼らの中で鉛の様に重たい口を開けたのは、カーテン側の椅子に座っているグレア。
「マーナ軍事基地内において殺人、及び重要資料紛失が起きた。当時の状況からして――」一呼吸置き、「九三期の中に、裏切り者がいる」




