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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第二話:幻日 ②

 そして翌日が訪れた。

 エスは起床時間の一時間程前から既に目覚めていたが特に体を起こしたりはせず、すっかりと冴えてしまった脳と共に毛布とベッドの隙間にその体を挟み込んでいた。

 起床時間を知らせる軽快なラッパの音が鳴り響いた時になり、エスはようやく自らの体を動かし始めた。服を着替え、歯を磨いて扉を開けると、丁度左正面の部屋からアトリーが出てきた所だった。彼女もそこまで眠る事が出来なかったのだろうか、はたまた元からの顔付きなのか分からないが眠たそうに見える。

 寮の外に出て他の四人とも合流し、昨日グレアの演説が行われた場所へと移動すると、そこには既に彼女の姿が。

「おはよ~。今日は早速、皆の身体能力を見させてもらうよ。着いてきて」

 グレアがそう言って歩き始めると、六人とも徐に彼女の後を追い始めた。

 エスとメシアがマーナ兵の選抜が始まるのを待っている間に夏がその実力を最大限に見せつける時期がやってきていたらしい。

 真夏の木々では蝉達が絶え間のない合唱を奏で、夜に浮かぶ星に似た煌めきが小川には流れている。蜃気楼に歪む彼方の上空では太陽の光を遮んと躍起になっている積乱雲が。

 汗にべたつく肌を感じなが歩を進めていると、グレアが重要な事を思い出したようだ。

「あ、そうだ」彼女は皆の方へ振り返り、「本当は昨日の自己紹介の時に言ってもらうべきだったんだろうけど、皆の固有魔法は何?」

「氷魔法です」とフユ。

「……土魔法」とアトリー。

「僕は炎魔法なんですけど、何だか他の人達のとは違う気がして……」

 自信が無さ気にそう言ったのはテレサ。グレアは顎に手を当てると、

「あ~……もしかしたら『天賦魔法』なのかも」

「『天賦魔法』……?それって何ですか?」

「そうだね、普通の魔法使い、例えばフユみたいな氷の魔法使いなら氷の生成、又生成した氷と周囲にある非魔法の氷の操作が出来る。ただ『天賦魔法』使いは周囲の氷の操作が出来ない。その代わり生成した氷に特別な性質が宿ったり、何らかのデメリットを背負い魔法の威力が滅茶苦茶上がったりするんだ」グレアは振り返りながら自分の胸に手を当て、「かく言う私も天賦魔法使いだよ」

 グレアはそう言うとフフンと自慢げに息を吐いた。そしてエス、アーネール、メシアと目配せをすると、

「残りの三人は?」

「俺、そういう事出来ねえんだよな」とエス。

「私も~」とアーネール。

「ふ~~ん……まあ、魔法の発現時期は一般的に六歳程度って言われているけど、ある程度の個人差があるから遅いだけかな。君は?」

 グレアがそう言ってメシアへ目線を投げると、彼女は俯いたまま固唾を呑み込んだ。

 触れた魔獣を意のままに操作するという私の『魔法』。それを他者に伝えるべきなのだろうか?森から出たここには魔獣もいない為証明が出来ないし、たとえ言っても皆を混乱させてしまうだけだろう。それなら黙った方が良いのだろうか?

 メシアは重要な選択を迫られた際に他者に決定権を託す癖がある。そしてこの時もそれは同じであった。彼女はエスと目を合わせると、彼は僅かに首を縦に振った――その能力を皆に伝えよう、と言いたいのだろう。

「私は魔獣の操作が出来ます。私が魔獣に触れると、その魔獣は大人しく私の命令を聞くようになるんです。これも天賦魔法なんでしょうか……?」

 メシアは覚悟を決めそう言ったが、そんな彼女の気も知らないグレアは顔をしかめた不思議そうな顔付きをして、

「魔獣を……操る?何それ?そんな魔法使い、天賦魔法を含めたとしても私は聞いた事なんて一度も無いよ。面白い事言うね」

 皆も私の事を不思議そうな目で見つめてきている……こうなると分かっていたが、信じてもらえなかった。やはり言うべきではなかったのだろう。メシアは僅かに下唇を噛むと、

「やっぱり……そうですよね」

 その様な会話をしている間に随分と遠くまで来たらしい。彼らが寝泊まりを始めた寮も今では地平線上でその姿を歪めている。太陽の光は止む事を知らず、蝉達の合唱はサビに入った様子だ。グレアはその口に笑みを含みながら、

「そろそろ今日の試験の詳細についてでも話していこうかな。今回、皆には『獣機』と戦ってもらう。それを行動不能になるまでダメージを与えるか、その中にいる操縦者を疑似的に殺すが出来たら見事クリアだね。獣機と言うのはネストにいる魔獣の体の一部を機械にくっつけて誕生した機械の事だよ。本当は私達もそんな感じのを作りたいんだけど……作り方が全く分からないんだよね。だからオルトの民だけが獣機を作れる。今から君達が戦うのは彼らから鹵獲した物」

「聞いた事があります。近年になって獣機が開発され、それのせいで段々とマーナ軍が押され始めているとか」とテレサ。

 グレアは大きく俯くと溜め息交じりに、

「そうなんだよね~……ちょっと前までは私達が優勢だったのに、最近になってオルト軍が戦略を変え始めてね。まあ、その話は追々やっていくよ」

 グレア達がそんな話をしていると、遂に目的地に着いた様子だ。

 そこに広がっていたのは一見して分かる程人工的に生み出された盆地。ある地点から十メートル程地面が正方形にくりぬかれており、広さはその窪みの縁から一望できる程度。その盆地内には木々や一部が瓦解した壁、ピラミッド状に積まれた石レンガ等の大小様々な障害物が点々と設置されており、そしてその中心には――。

「着いたね、今から君達には『アレ』と戦ってもらう」

 地上から一メートル程で宙に浮いた、鋼の様な色合いの球体。直径は目測で五メートル前後、そして最も印象的なのは、その球体の全身から接続された九本の触手。植物の茎の様な薄い緑色をしており、それぞれが本体と同じかそれよりも長い程度だ。しなやかに湾曲する触手に、それとは対極的に一切の動きを見せない鋼鉄のボディ。それら二つはチグハグ、と言うのが最適解な程互いと嚙み合っておらず、成程グレアの獣機は機械と魔獣の混合物と言う話にも説得力がある。

「アレが…獣機……」とエスは息を呑んだ。

「あの中にいる操縦者に負けを認めさせたら君達の勝ち。武器は人数分一通り用意してあるよ。作戦を立てたら早速戦闘だ」


 戦場の中心に佇む獣機。触手をしならせ敵を待つ。

 獣機からすると自らの触手を十二分に生かせる程の空間が四方八方に広がり、そこから少しして人工的な障害物が設置されている。その為獣機視点では二十メートル先が見えていれば上々という程度だ。

 その獣機の球体部分には数層に分かれて横線が引かれているのだが、その隙間に小型カメラがびっしりと敷かれている。それ故操縦者からは三百六十度、周囲の状況が手に取る様に分かる――今回の班は十分程度で作戦を考え挙げた様だ。先程から障害物の間隙を縫う様にして皆が移動し、自分を取り囲もうとしている。

 操縦者が右斜め後ろを見てみると、そこにはギリギリ触手が届かない立方体の上に立つメシアの姿が。

 どうやら一人は移動を完了し終えた様子だ。現在地からでは届かない程度の高度を持つ障害物の上。皆から良く見える位置。そこから全体の指揮でも執るつもりだろうか?そうであればすぐに容赦なく叩き潰すが――。

 パァン、とその瞬間どこかから発砲音が鳴り響き、それと同時に周囲の物体の裏から姿を現したのはテレサとアトリー、アーネール。獣機を全方位から取り囲む様にして出現し、テレサの手には片手銃が。残りのエスとフユは、互いが獣機を挟んで真反対に位置する障害物の裏にてその身を潜めている。

 獣機が彼ら三人の姿を視界に収めた瞬間、その触手の動きがぴたりと止まった。そしてほんの少しの間が空いて一斉に狙いだすはアーネールたった一人。九つの触手が互いに連携し合い彼女を上から、右から、左から。後方へ下がろうとしたが生憎すぐ後ろには三段に積まれた大型トラック用タイヤが道を塞いでいる。だがこれはアーネールにとって好都合であった様だ。一番上に積まれた黒光りのタイヤを両手で掴むと、その手にはずっしりとした重みが伸し掛かってきた。

 このタイヤは恐らく一つで百キロ程度であろうか。だがそれがどうした事か。この程度の事が出来なければ、私のしたい事は何もできないだろう。

 アーネールは両足をしっかりと地面につけ腰を低くすると、タイヤを浮かし始めた。流石に彼女にとってもそのタイヤは重かったのだろう、それでも雄叫びを上げながら完全に浮かしきるとそれを獣機に向かい放り投げた。獣機はその巨体では避ける事が出来ず、ぶつかった瞬間にぐらりと操縦者の視界が揺れて画面全体に走るノイズ。苛立たし気な叫び声を上げてすぐに態勢を立て直したが、その時には既にアーネールも万全であった様だ。もう一度かかってこい、と言わんばかりの笑みをその顔に携えており、もう同じ手は通じそうにない。

 操縦者が次に目線を向けた先にはアトリー。先程から彼女はぼうっと眺めているだけで臨戦態勢すら取っていない。彼女ならばすぐに倒せるだろう。

 そう判断すると再びその触手がしなり、先程と同じ様に九本の触手が一斉にアトリーに襲い掛かった。それでも彼女は動こうとする気配無く、ぼんやりと眠たいそうな顔付きを見せている。

「私を狙っても意味ないと思うけどな……」

 アトリーがそう言うと彼女の足元が僅かに振動を始めた。すると彼女の目の前で足元にあった土が隆起しだし、あっという間に触手を含めた獣機を超す程度の高さに。厚さも二、三メートル前後で横渡りも一見するだけでも十分だと分かる程だ。

 バチン、と触手がその城壁に激しく当たってもピクリともしなかった事に、驚いた者はその場に一人としていなかった。それ程に堅固な壁を一瞬で造りだしたアトリー。彼女は未だに一歩として動いていない。

 獣機は再び苛立たし気に叫び声を上げると、最後のテレサにその刃を向けた。彼はアーネールの様に力業で切り抜けたりアトリーの様に魔法を使うのではなく、ただひたすらに走り回って触手を避けている。一度彼の頭上から迫りくる触手に当たりそうになったが、その寸前で何とか身を屈んで回避をした。

 恐らくその時、その場の中で最も緊張していた者はテレサだっただろう。彼の手は酷く震えており、気を抜いてしまえばすぐにでも銃が自分の手からするりと滑り落ちてしまいそうだ。彼は落ち着こうと、心の中で自ら考えついた作戦を頭の中で復唱する。

 先ずは僕とアトリー、アーネールが表に出て獣機と交戦をする。そしてメシアは十分に僕達が獣機の気を引いたと思ったら物陰に隠れているエスとフユに手を挙げて合図を示す。それを二人確認したら同じタイミングで現れ、獣機に向かって攻撃する。それで行動不能になる事は無いだろうが最低限、獣機に隙を与える事は出来るはず。最後にその状況下で行けそうな者が獣機上部にあるハッチから内部に侵入し、操縦者に負けを言わせる。大丈夫。十分に勝機はあるはずだ。大丈夫、大丈夫、だい――。

「……あ」

 テレサは右脚に突然の違和感を覚えたかと思うと、急に視界が九十度回転した。ドンと脳に衝撃が走った時には地面と平行になっており、右頬と胴体にはざらざらとした土の触感がたっぷりと。

「テレサ!」

 彼は躓いてしまったのだ。地面にうずくまり、すぐに立ち上がれそうな状況にないのは明らか。そんな彼を待つ事無く襲い掛かる触手。それをすぐ近くにある障害物の影から見守っているのはエス。緩やかな一瞬の内、彼の脳内で様々な思考が巡った。

 テレサが倒れた。触手が彼の元へ襲い掛かる前に彼は起き上がれるか?いや、間に合わないだろう。だからと言って作戦上自分が出る訳にもいかない。メシアの合図を待たなければ。考えてみればテレサが必要なのは獣機の気を引くまでだ。そしてそれも十分達成出来たと言えるだろう。彼はこのまま触手の餌食となり選抜から脱落するかもしれないが、それは仕方が無い事だ。だから俺は悪くない。よし、決めたぞ。俺はこのまま――。

 気付いた時には、エスはテレサの前に飛び出していて触手を薙ぎ払っていた。流石に触手の切断は出来なかったがそれでも勢いを落とす事は容易であった様で、何が起こったのかをテレサが理解するまでの時間はたっぷりとあった。彼はエスのお陰で首の皮一枚繋がった事に感謝しながらも険しい声音で、

「エスが出てきたら駄目じゃないか!」

「でも!」

 エスが出てきてしまった。私はどうするべきだろうか?

 そう頭を悩ませているのはメシア。獣機の届かない高所から思考を巡らせる。

 彼がああしてしまった以上フユ一人で獣機の不意を突かなければならない。だが肝心の彼女は状況を呑み込めていない様子だ。先ずフユに作戦の見直しを伝えに――いや、待て。エスが出てきた今が恐らく獣機の気を最も引いている瞬間ではないのだろうか?ならばこのチャンスを見逃すわけにはいかない。ならば今がフユに合図を送る絶好の機会だ。

 そう判断したメシアは勢い良く腕を上げた。するとフユは彼女の思惑通りそれを合図と受け取った様子で、その身を獣機に露わにすると同時に身を屈み両手を地面に置いた。そうした所、低めのフルートの様な音と共に青白い光を発し始めたのは、獣機の真下に位置する地面。その光は徐々に強くなっていき、周辺の風が冷気を帯び始めた。そして輝きが最高潮に達した瞬間、地面を突き破り光の中から現れたのは巨大な氷塊。獣機の足元に向かってナイフの様に鋭いその先端を伸ばし、最終的にその高さは十五メートル程に。そして獣機はその氷柱に貫かれ行動不能に――と言う事は起こらなかった。

 獣機は自らの足元が光りはじめた時点で自らの触手を一斉に地面に打ち付け、その反動で空へと逃げていたのだ。氷塊は僅かにその身を掠めはしたが、表面にほんの少しの擦り傷を残す程度に留まっている。

 しばらくして宙から獣機が帰還した時には、六人の持ちうる全ての策が尽きていていた。彼らの身を撫でる冷ややかな風に、未だ五体満足の獣機。心なしか、その姿は戦闘を始める前よりも巨大に見える。

「……終わりだ」

 そう呟いたのはテレサ。彼の脳内で様々な案を練るが、それでも有効打になりそうな物は一つとしてない。

 全て僕のせいだ。もし、僕があの時躓きさえしなければこんな事にはならなかったはずなのに。僕のせいで皆が選抜に落ちるんだ。僕のせいで。僕の――。

 テレサがそう自責しながら俯くと、彼の首元に掛けていたペンダントが不意に視界に映った。ふらりふらりと空で円を描き、太陽の光を眩しく反射している。それを見て彼は何を思ったのだろうか、徐にその口元に僅かな笑みが浮かび上がった。

「僕の魔法を使う。死にたくなかったら遠くに隠れて」

 テレサがそう言った瞬間、彼の周辺が真っ赤な蜃気楼に歪み始めた。皆はテレサのその姿を目に入れたるとすぐに全てを理解した様子だ。蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し、皆が障害物で見えなくなった。それを見てテレサは安心したのだろう。大きく一息吐くと、その火力は更に強まり留まる事を知らない。極限まで乾燥した大地の様にして地面はひび割れ、その隙間から姿を現したのは灼熱の溶岩。全てを歪曲させる蜃気楼はその濃度を増し、二酸化炭素の匂いが周辺を支配する。フユが生成した氷もどろりと溶け出し、今ではすっかり水蒸気へと気化して空で歪んでいる。マグマから漏れ出た火の粉が木に燃え移り、更にその炎が周辺に伝播していく。あっという間に獣機を獄炎が取り囲み、その中心にいるのはテレサ。しばらくするとその炎が彼の頭上に集まり始めた。渦巻く様にして少しずつ巨体になっていき、その大きさはすぐに獣機のそれを超えた。

 最終的に形を成したのは巨大な龍の顔。長大な二本な髭にその顔面にびっしりと敷かれた鱗。それらに加えて二つの巨大な目玉と万物の物体を呑み込まんとするその大きな口は、不定形な炎の形ながらも明らかに見て取れた。

「喰え、炎龍」

 獣機が事態を了解しその触手を伸ばし始めた時にはもう遅かった。炎龍は野生の獣の様な低音の呻き声を上げ、極熱の暴風は呼吸を拒み、そして――。

 それ以上何も起きる事は無かった。一秒前まで暴力の限りを振るっていた炎龍はその場で霧散し、そこに残されたのは焦土の匂い。

 炎龍は獣機に噛みつくその直前に形を崩し、生暖かい熱風へと成り下がったのだ。まるで夢であったかの様にしてその身の証明を拒み、周りにあった炎の姿はもうどこにも無い。テレサは未だその場に佇むのみで、それ以上何かしそうな気配は微塵もない。獣機も何が起こったのか理解出来なかったのだろう、触手を中途半端な位置で止めたま茫然としている。

 ガンッ、と獣機の上部で金属が何かにぶつかった音が聞こえてきたのは、その時だった。まさか何者かがこの内部に入り込もうとしているのか――そう操縦者が考え首を動かし見上げた時には手遅れだった。獣機のハッチは開けられ、操縦者の首元には刃が突き付けられている。

「……合格だ」

 操縦者が全てを理解してそう言い、溜め息を付いた背後には、その操縦者に小刀を突き付けるエスの姿が。息を切らしてその顔中に汗を垂らしているが、それでもすぐに達成感からの笑みが彼の顔を満たした。


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