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赫燭大戦記  作者: 赤松一
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第十三話:愛に似た匂い ③

「しっかし……こんな森の奥地に村なんて本当にあるの?」ざっと周りを見渡して、「さっきから視線を凄い感じるけど」

「はい。俺達は長年、魔獣のせいでこんな森の中に閉じ込められてたんです」

 三人が実際にネストに足を踏み入れたのは、翌日の事であった。

 妖しく嗤う木々。その陰に蠢く、正体不明の怪物達。彼らの視線に晒されながら進む巨大樹の空では、重鈍な雲々が不気味な影を落としながら渦巻いている。

 実際にネストに赴いたのは、エスとメシアとグレアのみであった。勿論より多くの軍勢を大挙して進む案も出たが、そちらの方が返って魔獣からの被害を生んでしまう可能性があるとグレアが指摘した為、結局はこの三人だけとなったのだ。

 エスがネストの木々を見渡していると、自然と頭の中から昔の思い出が飛び出してきた。

 懐かしいな。あそこの木に生っていた実を食べたら一週間腹を下したし、ここの小川はメシアと来た場所だ。そこで見た事も無い位大きな鮭を捕獲した事もあったな。その後は勝手に村の外に出た事が父さんにバレて、こっぴどく叱られたんだっけな。そうだ、あそこは――。

 溢れ出す記憶を口の奥で噛み締めながら僅かにその口に笑みを称えると、

「そうだ……あの日は祭りが行われようとしていたんだったな」味わい尽くす様にして目を閉じ、「懐かしいな。もう三年も前なのか」

 そうやって回顧するエスのすぐ横、浮かない顔で俯いているのはメシア。

「まだ、三年だよ」と彼女はエスと目も合わせず言った。

 その発言の意図が分からなかったエスはチラリとメシアの横顔を見たが、すぐに理解した。

「ああ……そうだな」

 エスがそう言うとメシアは満足したのだろう。下を向いたままだがその口には小さく笑みが浮かんでいる。

 ネストの奥地に踏み込めば踏み込む程、魔獣の視線が増えてきた様に感じる。茂みの中、木陰の奥底、はたまた遥か遠くの地平線の向こうから。彼らが今の所一匹として襲ってきていないのはエスの内に潜む二体の化物を見通しているからなのだろう。

 そんな時、エスの心の中に一つの憂いがぶくぶくと膨らんできた。あの時にアーネールとグレアの会話を盗み聞いた瞬間から腫れ始めたその腫瘍が聞き間違いではなかった事を確かにする為、エスは口を開く。

「グレアさん……その……俺達はこの事を正直に話しました。だから、今度はグレアさんが正直に答えてください」

「なになに?私、基本的に隠し事はしない主義だけど」

「俺の寿命についてです」

 グレアの口の両端がスッ、と下がった。エスから地面に視線を移して彼の言葉を待つ。

「すみません、あの時……あなたとアーネールの話を聞いていました。それで……召喚士の寿命は九年しかないって……」

『あの時』と言うのは要塞攻略後にミランダにアーネールを移した際に、地下牢で彼女とグレアがした会話の事を指しているのだろう。よりにもよってあの時の会話を盗み聞きされていたとは。召喚獣を継承してから死ぬまでには九年。そしてエスが召喚獣を継承したのは九年前――彼が絶望するのも無理はない。

『一体何の話だい?単なる聞き間違いだと思うよ』『単なるジンクスだよ。実際には九年以上生きた召喚士もいるしね』

 どんな嘘も言葉も彼に安寧をもたらすとは思えなかった。それならばもう――。

「……本当だよ」

 半ば吐き捨てる様に、グレアはそう言った。

 彼女の言葉を聞くと同時に、エスの喉がひゅっと鳴った。徐々に呼吸が荒くなっていき、それを打ち消す為に唇を噛み締めたが――何の意味も無かった。熱くなった目頭の奥から感情を溢れ出し、次々と頬を伝っていく。

「そう……ですか……」

 上ずった声で何とか声を絞り出したエス。その横でメシアが呟いた一言は、結局その場にいた誰の耳にも入る事は無かった。

「私が何とかするから。絶対に、他の何を犠牲にしても」


 ネストを進む三人。飲食料品は念の為に一人につき三日分持ってきたし、それでも足りなくなりそうならば食料は木々に自生した木の実を、飲み物は川の水を熱湯煮沸して摂取する手筈となっていた。

 結局彼らがネストに踏み入りファランジュに到達するまで半日を要した。

 木陰から抜け出し村に足を踏み入れた瞬間真っ先に彼らを迎え入れのは、溢れんばかりの日の光。視界が真っ白に支配された事で思わず眩んでしまったが、その後すぐに視界の隅から徐々に表れたのはファランジュ――だった物。

 村を囲んでいた稲は完全に枯れ果て、生き残った苗物も羽虫に啄まれている。そこから先に視線を投げると、そこには焦土と化した土地。その上に散乱する瓦礫の山々。そしてまばらに点在する赤黒い液体溜まり。雨が降ると自然に作られる水溜まり程度の大きさだが、近くの光を飲み干してしまいそうな程の深淵を覗かせている。

 生命を感じる様な物は、一切として残されていない。

「やっぱり当然だけど……何にも残ってないよね」とメシアは悔しそうに唇を噛み締めた。

 エスはごくりと唾を呑み込むと、故郷に向かって一歩を踏み出した。村を取り囲む畑の終わり際に差し掛かると、鼻の奥へ何か嗅ぎ慣れない匂いが忍び込んできた――煙草?硝煙?何か肺を満たす様なモワモワとした煙の匂いな気がする。

 そんな奇妙な匂いに奇妙な感覚を覚えながらも稲を超え、赤い液体の溜まり場に顔を近づけてみて気が付いた。

 これは血液だ。人間の血が体外に流れ出し、それが液体溜まりを作っているのだ。もしこれが一人に付き一つの血溜まりが出来るとするのならば、一体どれだけの者が――。

「ここにあった死体は、全部魔獣の餌になったのかな」

 血溜まりの前で屈みこんだエスの後ろでグレアがそう言った。

 恐らくこれは人間の血なのだろう。肺の奥に溜まる鈍く錆びた鉄みたいな独特の匂いからそれは疑いようがない。それは間違いないが、それにしてはおかしい。

 どうして血液が蒸発していない?そしてどの様な殺され方をしたのだ?死体の肉は魔獣に食い漁れたか、腐敗したのだろう。人が死んだにしては骨が少ないのは魔獣が人間の骨をも喰らうからなのだろう。だが何故血だけが――。

 しばらく考えてみたが、この疑問を満たしてくれるような答えが思い浮かぶ気がしない。深く息を吐くと、エスは諦めて村の探索を続ける事にした。

 村の中央だった場所に目を向けてみると、給水塔がキャンプファイヤーを待つ薪の様な形で地面に倒れている。そう言えばこの給水塔に上ってメシアと一緒に色々な話をしたな――くだらない冗談。取り留めのない毎日の話。井の中の蛙が見た将来の夢。

 再びエスの元にノスタルジックな感情が入り込んできた。彼は周囲を見渡しながら過去と現在を重ねていると、遂にあの場所に辿り着いた――村の外れにあった家。横に長い木造の平屋だが、柱が傾いている。屋根もすっかり禿げ上がってしまっており、瓦は殆ど全て地面に散乱している。

 エスとメシアがパブロと共に住んでいた家だ。そして全てが始まった所でもある。

 その家の扉を出てすぐの地に染み込んだ真っ黒なシミ。周囲の血溜まり程は大きくなく、枯れ果てた華の様な歪さを残している。じっと見ているとその部分の土壌だけが腐ったようにも見えてきた。

 三年前にエスがブレイドに一矢報いようとした場所だ。

「ああ……懐かしいな。確かここで俺は――」

 回顧するエスの脳内に突如として呼び起こされた記憶の断片が、彼の口を言葉の途中で閉ざしてしまった。

『本当にこんな寂れた村にあるんだろうな?』

『ああ……ある。あの丘の上だ』

 エスが銃弾で頭を貫かれ、朦朧とする意識の中で聞こえたブレイドとアリストの話。大した事とは思っていなかった為に深く考えてはこなかったが、何とはなしにこの言葉に従って二人の視点に立ってみた。

 すると――。

「……あ」

 とある結論が導き出された。その瞬間、気付いた時にはエスの体は走り出していた――ファランジュに隣接していた丘、その頂点へ。

「「エス!?」」


 エスは丘に続く道を走りながら、急速に自らの脳を働かせる。

 オルト兵が攻めてきた理由――アイツらは『何か』を求めて来た――ファランジュにあった『何か』――この丘にある『何か』――メシアの遊び場?――大樹?――それともその周りの墓?――いや――違う――。

「そうか……あいつ等がファランジュに攻めた理由、それは――」

 丘を登り切り、細い山道を走り、走り、走る。

 そして遂に辿り着いた墓場。それに取り囲まれた大樹。そしてその幹には、大樹をぐるりと一周する藁製の紐により縛り付けられている――。

「祠!」

 大樹に縛り付けられていたはずの祠。正面が観音開きになっていて、特に底の部分は今にも崩れ落ちそうな程だった祠。

 それが、無くなっていた。

 まるでエスとメシアの中にだけ存在していたかの様にして忽然と姿を消している祠だが、それを縛り付けていた藁製の紐だけが大樹の足元で悲しそうに横たわっている。今では祠の存在を証明する唯一の物体だ。

「……やっぱり無くなってる」

 息を切らしながらそう言ったエスのすぐ後ろからすぐにエスとメシアが走ってきた。

「エス!急に走り出して!どうしちゃったんだい」

「ここの大樹には良く分からない祠が縛られていたんです。中には何にも入ってなかったのに、父さんはやけに気にかけていて。でもそれが……無くなっている。これってつまり」メシアの顔に目を向けて、「やっぱり祠の中には何かが入っていたんだ。そしてそれを手に入れる為、オルトの奴らはファランジュを攻めた」

 メシアはエスの言葉を反芻してみたがいくつか腑に落ちない点があった様だ。口を歪ませ、

「本当にそうかな……?もしそうだとするなら、わざわざ軍を遣わして侵略しなくても夜中の間にコッソリと祠の中の物を盗む事も出来た訳だし。祠が無くなっているのだって、単に風で吹き飛ばされただけの可能性もあるし……」

「ん……確かにそうだけどさ……」とエスは顔をしかめた。

「まあ、そう言った話は後でやろう」

 グレアはそう言うと、墓を丁寧に並ばせている大樹を見上げた――非常に高い樹だ。五十メートル、もしかしたら六十メートルもあるかもしれない。余りに大きく、根元から見上げただけでは枝葉が邪魔をしてその頂点まで見る事が出来ない。その枝には数匹程烏が立ち誇っており、自慢げに木々を見渡している。

「……それにしても立派な大木だね。この木に内包されている魔法の量も半端じゃない。齢は千を超えているんじゃないかな」

「これだけ大きい木の下で眠れるなら、ここにいる人たちも安心してるだろうってパパも言ってましたね。『大樹信仰』……でしたっけ」とメシア。

「ああ、それはこの村にも伝わっているんだ。この世にある全ての木々は根っこで繋がっていて、この星その物に宿る魔法を循環させている。そして私達マーナの民が息絶え、埋葬されると私達の中に存在していた魔法を根っこが吸い取ってくれて、それもまたこの星を循環する。でも完全に溶け切る事は無く、悠久の時をこの星と共に過ごす。そうやって彷徨う魂達を救う為に生者達は彼らの墓に灯の付いた燭を添える。すると魂達はその火を目印にしてこの星を巡り、いつの日かどこかの歪から再び生を受ける……これが一般的な『大樹信仰』の考え方だね」口の両端を上げ、「面白い考え方だと思うよ。実際、多くの人がこの信仰を大なり小なり受け入れている訳だし。君達も自分の前世とかについて考えた事あるでしょ?」

「俺の……前世……」

 グレアがそう言って視線を投げた先で、エスは小さく呟いた。

 森のどこかから侘しい鳥の鳴き声が聞こえてきた時、グレアはもうすぐ日が沈みそうにな事に気付いた。太陽がゆっくりと地平線の向こうへと落ちつつあり、雲の端を鮮やかなオレンジに縁取っている。川面は赤く染まりながら揺らめき、風が運ぶ夕暮れの匂いがほのかに漂っている。

 急がなければ、ファランジュの調査は往来の時間も含めて二十四時間以内、と言う三人でネストに踏み入る際に付けられた条件を破ってしまう。

「……そろそろ引き返そう」

 グレアの提案に、二人とも拒否する様な姿勢は見せなかった。


「おや、随分とお元気な子ですね」

 最近よく夢を見る。

 真っ白な視界の中、温かい腕に包まれている夢。なのに自分は泣き叫んでおり、喉が今にも引き裂けそうだ。誰かの手が自分の後頭部を撫で、額に柔らかい感触がした。自分は未だに泣いていて、泣き止む気配はなさそうだ。

「ええ、ネーメンさんのお陰です。ありがとうございます」

 女性の声。誰だろうか?そう言えばさっき聞こえてきたのは男の声だった。穏やかな、聞いているだけで安心できる声音だ。その声の主の名前がネーメン、と言うのだろうか。

「いえいえ、私なんて……」男は謙遜して、「お名前は何になされるんですか?」

 名前?誰の?まさか――。しばらく間が置かれて、

「この世界は冷たく、残酷で、真っ暗だから……この子にはそんな世界を明るく、温かい光で照らしてほしいの。だからこの子の名前は――」

 そして、いつもここで目覚める。気付いた時には真っ暗な天井を眺めていて、先程までの夢を反復するが、いつの間にか曖昧に他の意識と混じっていき――忘れ去ってしまう。

 エスはその日も、そんな夢を見た。ベッドの上でぼんやりとその夢を思い出すが、体を起こして顔を洗う頃にはやはりどんな夢だったか分からなくなってしまった。しかしそんな事はどうでも良い位にその日はエスにとって、いや、全マーナ兵、全てのマーナの民、そして人類にとって重要な日となった。

 人類史に新たな一ページが刻まれる時が近づいてきたのだ――マーナ兵によるオルト国襲撃。その決行日が。


 エスとメシアが三年前、ネストを抜け出した時に最初に彼らを迎え入れたのは、眩しすぎる程の真っ白な光だった。その次に目に映り込んだのは広大な草原。地平線の向こうまで続いており、草や低木は風に向かって楽しそうに靡いていた。遠くにそびえ立っているのは、見た事も無いギャザリアの建造物群。

 今、その草原ではおびただしい数のマーナ兵がひしめき合っている。

 人々の肩が重なり合いながら息遣いすらも交差しており、ひしめき合う姿は上から見ると一つの生命体が躍動している様に見える。足音、話し声、笑い声、喧噪が渦巻いており、空気その物が揺れるように響き渡っている。その中で最も目立っているのは、九隻の飛行船。横長で真っ白なガス袋の下には操縦室がちょこんと付いており、後ろの方には機体の大きさにそぐわない位に小さなプロペラが付いている。廃村急襲時に鹵獲した十三隻の内、九隻が使用可能な状態であったらしい。

 エスは飛行船の内の一隻をその足元から見上げながら、

「本当に……これでオルトに攻めるのか……」

 隣のメシアも飛行船を見上げながらこくりと頷くと、

「エス、もうバハムートを介してアーネールの記憶を見る事は出来たの?」

「いや、まだだ……もしかしたらこの進軍の最中に見る事になるかもな」

 エスは何とはなしに飛行船の中に入ってみると、そこには数多くのゲージが格納されていた。薄暗い船内にはサイズの異なるゲージが所狭しと縦にも横にも積まれ、その錆びた鉄格子の奥に潜んでいるのは――大量の魔獣達。体は人間の様だが頭部に暗黒の球体がくっ付いている魔獣に、眼球が蛇で出来た黄金色の巨大蛙。エスは彼らを視界に入れると、

「え……こいつ等、魔獣か!?メシア、お前やっと正式に魔獣を使う許可が出たんだな!」

「うん。まあ実際には、グレアさんが多方面に呼びかけてくれたらしいよ」大きく溜め息を付き、「エスが休養中にした事だから知らないんだろうけど、凶暴な魔獣に触れるの本当に大変だったんだからね~……」

「頑張ったんだな」とエスが手を伸ばしたゲージには小さな魔獣が入れられていた。

 真っ黒な毛溜まりに小さな手足が生えた様な見た目の魔獣。それの前足がエスの腕に触れた瞬間――エスは奇怪な体験をした。

 周りにいた人が全員、どこかに消え去ってしまったのだ。音も無く、皆突然どこかに。

「……!何だ!?」

 エスはすぐに異変に気付き周りを見渡してみたが、人影は誰一人として見えない。ついさっきまではマーナ兵であふれていたはずの草原。今では草木が音も無く悲し気に萎れているだけだ――一体何が起こったんだ?一瞬で自分以外の人物がどこかに転移させられたのか?

 いや、その静寂の場には三人だけ人がいたのだ。一人はエス。そして残りの二人は――。

「早く会いに来てよ、エス」

「え……?」

 突然、エスの背後から女性の声がした。訳も分からず振り返ってみるとそこには男と女が。男は金髪の前髪を上げており、額には何かで出来た切り傷が細く付いている。目元はぱっちりとしていて、年齢はエスと同じ程だろうか。女も彼と同じ年齢程度で、腰にまで伸びたうねり毛の赤髪だ。二人共心配そうな顔付きでエスの事を見ているが――誰なのだろうか?エスには見た事も無い者達だ。

 エスは無心に二人の事を見返していると、突然二人の姿が歪み始めた。二人の右肩から左腰へ、絵の具を水に溶かしたかの様にして彼らは背景と同化していった。そして霧の様にぼんやりと消え――その場にはエス一人になってしまった。再び周りを見渡し始めたその時、エスの脳内に女性の声が響いた。

「エス……エス……?」

 今度は知っている人の声。メシアだ。彼女がすぐに近くにいるはずなのだが――。

 次にエスに襲い掛かったのは強烈な眩暈。目の前で光がチカチカと踊りだし、重心がどこにあるのか分からなくなってしまったかの様にして膝から崩れ落ちた。

 次から次へと何なんだ――少しのイラつきを覚えながら地面を見下ろしていると、両耳の奥で渦巻いていた波が平穏取り戻す様にして次第に気分が良くなってきた。エスがもう一度周りを見渡してみると、目の前にはメシアが。先程まで見えていた男女の様に心配した顔付きだ。

「あれ……メシア……」

「エス、大丈夫?」

「……うん、多分」

 メシアは先程エスに触れた魔獣に目を移し、

「多分この魔獣に触れたせいだね。こいつの手の平に触れちゃうと幻覚みたいなのを見せてくるんだと思う。エスも多分それを見たんだよね?私もこいつを捕まえた時に……幻覚を見せられたし」

「ああ、そうなのかな」

 飛行船の外を見てみると多くのマーナ兵が変わらずひしめき合っている。先程までの景色は本当に魔獣による幻覚だった様子だ。ほっと一安心したその時――。

「注目!!」と突然グレアの声が響いた。

 マーナ兵の話し声が一斉に止み、皆の視線が飛行船の上に佇むグレアに注がれる。彼女はそれを見届けると、

「これより私達はオルト国にある四都市・ミフュース、ヒペリオン、ヘイム、マーナを攻める!この侵攻の最中、私達の元に数多の苦難が立ちはだかるだろう!だがしかし!その困難の先に私達マーナの民の未来があると信じて」大きく息を吸い、「進軍!」

 爆発したかの様にして周囲からマーナ兵の雄叫びが舞い上がり、大地を震わせた。喉が裂けんとする程に声を上げ、拳を空に突き上げた姿は体全体を使って叫び声を生み出しているかの様だ。その世界の震えの最中に、エスもいる。

「ああ、そうだ!」

 空は晴れ上がり、今までにない程の光が彼らを照らし上げた。

「俺達の闘いはこれからだ!」

 溢れんばかりの期待を胸に飛び上がった飛行船。彼らの背後から吹いた風はまるで彼らを後押しするかの様であり、まるで世界から受けきれない程の祝福を受けているかの様でもある。

 しかしこの二日後、世界は一変した。

 進軍したマーナ兵の内、最終的な生存者は二名のみ。世界人口の約一割が死亡。オルト国全主要都市の壊滅と引き換えに、この戦いの末に遺された物は、復興不可能な程の壊滅的被害を受けた世界と一体の化物の胎動、二匹の怪物の覚醒。


 赫燭大戦記 焼失編・完


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